診断名ではなく「何が飛んでくるか」で選ぶ―標準予防策の本当の考え方
第117回医師国家試験 E問題 第24問
国試問題にチャレンジ
標準予防策〈standard precautions〉について正しいのはどれか。
- a.滅菌手袋を着用する。
- b.感染症と診断してから実施する。
- c.次亜塩素酸ナトリウムで手指衛生を行う。
- d.患者が嘔吐している場合は撥水性ガウンを着用して診察する。
- e.患者の唾液が付着した木製舌圧子は一般廃棄物として処理する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
標準予防策は、汗を除く血液・体液・分泌物・排泄物、粘膜、傷のある皮膚を感染性ありとみなし、診断の有無にかかわらず全患者に実施する感染対策の基本です。防護具は病名ではなく予想される曝露で選び、嘔吐している患者の診察では撥水性ガウンに加えマスクやゴーグルも用います。手袋は未滅菌で十分で、手指衛生はアルコール擦式製剤が基本、目に見える汚れやノロウイルス・C. difficileでは石けんと流水で行い、次亜塩素酸ナトリウムは環境・物品の消毒に用います。体液が付着した器材は感染性廃棄物として処理し、感染症が判明・疑われれば接触・飛沫・空気の感染経路別予防策を追加します。この考え方は、患者と医療者自身、そして周囲の人々を守るために臨床の初日から求められる基本動作です。
解答・解説
正解はdです
標準予防策とは
標準予防策(standard precautions、スタンダードプリコーション)は、米国疾病予防管理センター(CDC)が提唱した感染対策の基本となる考え方である。「すべての患者の血液、汗を除くすべての体液・分泌物・排泄物、傷のある皮膚、粘膜は、感染性病原体を含む可能性があるものとして扱う」という原則に基づき、感染症の診断の有無にかかわらず、すべての患者のケアにおいて共通して実施する。
主な構成要素
・手指衛生 ・個人防護具(PPE:personal protective equipment)の適切な使用:手袋、ガウン・エプロン、マスク、ゴーグル・フェイスシールドなど ・呼吸器衛生/咳エチケット ・患者に使用した器材・リネンの適切な取り扱い ・環境整備(高頻度接触面の清掃・消毒) ・鋭利器材の安全な取り扱い(リキャップ禁止など) ・患者配置への配慮 ・安全な注射手技、腰椎穿刺時のマスク着用など
考え方
標準予防策では、どの防護具を使うかを「患者の診断名」ではなく「これから行う処置で、何に、どの程度曝露しそうか」で判断する。体液に触れる可能性があれば手袋、衣服が汚染されそうならガウン(またはエプロン)、飛沫が顔に飛びそうならマスクと眼の防護を用いる。この原則に照らして各選択肢を検討すると、嘔吐している患者の診察で撥水性ガウンを着用するという対応が、標準予防策に合致する。
選択肢考察
- ×a. 滅菌手袋を着用する。
標準予防策で手袋を着用する目的は、医療従事者の手が血液・体液・排泄物・粘膜・傷のある皮膚に触れないようにし、また手を介した病原体の伝播を防ぐことである。この目的には未滅菌(清潔)の使い捨て手袋で十分である。滅菌手袋が必要になるのは、手術、中心静脈カテーテル挿入、尿道カテーテル留置など、無菌操作を要する場面に限られる。したがって標準予防策として一律に滅菌手袋を着用するわけではなく、誤りである。なお手袋を着用していても手指衛生の代わりにはならず、手袋を外した後にも手指衛生を行う。
- ×b. 感染症と診断してから実施する。
標準予防策は、感染症の有無や診断の確定を問わず、すべての患者に対して最初から実施するものである。病原体は目に見えず、無症状の保菌者や診断前・潜伏期の患者からも感染は起こりうるため、「感染していることが分かってから対策する」のでは間に合わない。誤りである。なお、特定の感染症が診断または疑われた場合には、標準予防策に加えて、その感染経路に応じた感染経路別予防策(接触予防策・飛沫予防策・空気予防策)を追加する。
- ×c. 次亜塩素酸ナトリウムで手指衛生を行う。
次亜塩素酸ナトリウムは塩素系の消毒薬で、ノロウイルスなどアルコールが効きにくい病原体にも有効だが、皮膚や粘膜への刺激性・腐食性が強いため、手指消毒には用いない。主に吐物・排泄物で汚染された床や便座、ドアノブなどの環境や物品の消毒に使用し、取り扱う際は手袋を着用する。手指衛生の基本は、目に見える汚れがなければアルコールを主成分とする擦式手指消毒薬、目に見える汚れがある場合や、アルコールが効きにくいノロウイルス・Clostridioides difficile(芽胞形成菌)などが問題となる場合には石けんと流水による手洗いである。誤りである。
- ○d. 患者が嘔吐している場合は撥水性ガウンを着用して診察する。
嘔吐している患者の診察では、吐物が飛散して医療従事者の衣服や皮膚に付着するおそれが高い。吐物は感染性をもちうる体液・排泄物であり、標準予防策では、処置中に衣服や露出した皮膚が血液・体液・分泌物・排泄物で汚染されることが予想される場合にガウンやエプロンを着用する。液体を通さない撥水性(防水性)のガウンを用いることで、吐物が衣服にしみ込み皮膚に達するのを防げる。さらに顔面への飛散が予想されるため、手袋に加えてサージカルマスクとゴーグル(またはフェイスシールド)も併用するのが望ましい。標準予防策に合致する対応であり、正しい。
- ×e. 患者の唾液が付着した木製舌圧子は一般廃棄物として処理する。
標準予防策では、汗を除く体液(唾液、鼻汁、喀痰、尿、便、胸水・腹水などの体腔液、母乳など)はすべて感染性の可能性があるものとして扱う。唾液が付着した舌圧子は使用済みの医療器材であり、医療機関内では感染性廃棄物として分別し、所定の容器(バイオハザードマークの付いた容器など)に廃棄して処理するのが原則である。一般廃棄物として通常のごみと同様に処理すると、清掃・収集に携わる人などへの感染の危険があるため、誤りである。
感染経路別予防策(標準予防策に追加して行う)
・接触予防策:MRSAなどの多剤耐性菌、Clostridioides difficile、ノロウイルス、疥癬など。個室管理または集団隔離、入室時の手袋・ガウン着用、聴診器などの器具の患者専用化。 ・飛沫予防策:インフルエンザ、風疹、流行性耳下腺炎、百日咳、マイコプラズマなど。飛沫は粒径が大きく1〜2m程度で落下するため、患者に近づく際にサージカルマスクを着用し、個室管理またはベッド間隔を空ける。 ・空気予防策:結核、麻疹、水痘(播種性帯状疱疹を含む)。飛沫核が空気中を長く漂うため、陰圧個室に収容し、医療従事者はN95マスクを着用する。
手指衛生の5つのタイミング(WHO)
①患者に触れる前、②清潔・無菌操作の前、③体液に曝露した可能性がある後、④患者に触れた後、⑤患者周辺の環境・物品に触れた後
ノロウイルス対策と次亜塩素酸ナトリウム
ノロウイルスはエンベロープをもたないためアルコールが効きにくい。吐物や便の処理では、手袋・マスク・ガウン(エプロン)を着用し、吐物をペーパータオル等で覆って外側から内側へ静かに拭き取ったうえで、次亜塩素酸ナトリウムで床などを消毒する(吐物・便の消毒には約0.1%、トイレの便座・ドアノブなどの環境には約0.02%が目安とされる)。乾燥した吐物からウイルスが舞い上がることがあるため、速やかな処理と換気が重要である。手指は石けんと流水で十分に洗う。
感染性廃棄物
医療機関から出る廃棄物のうち、感染性病原体が含まれる、または付着しているおそれのあるものは、廃棄物処理法に基づく特別管理廃棄物として扱われる。容器にはバイオハザードマークを付け、性状によって色分けされる(液状・泥状は赤、固形状は橙、注射針などの鋭利なものは黄)。
POINT
・標準予防策は感染症の有無にかかわらず全患者に実施する。 ・汗を除くすべての血液・体液・分泌物・排泄物、粘膜、傷のある皮膚を感染性ありとみなす。 ・防護具は「予想される曝露」で選ぶ:体液に触れる→手袋、衣服汚染→撥水性ガウン、顔への飛散→マスク・ゴーグル。 ・手袋は未滅菌で可(滅菌手袋は無菌操作時)。 ・手指衛生は擦式アルコール製剤が基本、目に見える汚れ・ノロウイルス・C. difficileでは石けんと流水。 ・次亜塩素酸ナトリウムは環境・物品用で、手指には用いない。 ・バイオハザードマーク:赤=液状・泥状、橙=固形状、黄=鋭利なもの。
