静かに進む「血管の腎臓病」―腎硬化症が透析導入で存在感を増す理由
第117回医師国家試験 D問題 第4問
国試問題にチャレンジ
腎硬化症について正しいのはどれか。
- a.初期から尿に赤血球円柱が出現する。
- b.しばしばネフローゼ症候群を呈する。
- c.140/90mmHg以下の降圧は推奨されない。
- d.レニン・アンジオテンシン系抑制薬は禁忌である。
- e.新規に透析を導入する原因疾患として患者数が増加傾向である。
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
腎硬化症は、長期の高血圧や加齢による腎内細動脈の硬化で糸球体が虚血に陥り、ゆっくりと腎機能が低下する疾患です。糸球体の炎症ではないため尿所見は乏しく、赤血球円柱やネフローゼ症候群は通常みられず、これらがあれば糸球体腎炎など他の疾患を疑います。治療の柱は十分な降圧で、CKDの降圧目標は蛋白尿陰性で140/90mmHg未満、陽性で130/80mmHg未満とし、腎保護作用をもつRA系抑制薬は禁忌ではなく有用な選択肢ですが、高齢者では過度な降圧に注意します。新規透析導入の原疾患では、糖尿病性腎症に次いで腎硬化症が第2位となり、高齢化を背景に増加を続けています。病変の主座から尿所見・治療・疫学を一貫して説明できるようになることが、CKD診療全体の理解につながります。
解答・解説
正解はeです
腎硬化症(nephrosclerosis)は、長期間の高血圧や加齢に伴う動脈硬化によって腎内の細い動脈が狭くなり、その下流の糸球体や尿細管が虚血に陥って徐々に荒廃していく疾患である。本来は病理学的な名称であるが、臨床では「長い高血圧歴があり、尿所見に乏しく、ゆっくり腎機能が低下していく慢性腎臓病(CKD)」に対して臨床診断として用いられることが多い。 本問は、腎硬化症の臨床像を糸球体腎炎やネフローゼ症候群と対比して理解しているか、そして治療(降圧目標と降圧薬の選び方)と疫学(透析導入原疾患の動向)を知っているかを問うている。 考え方の軸は次の3点である。 1. 病変の主座は血管であり、糸球体に炎症が起きるわけではない。したがって血尿・赤血球円柱・大量の蛋白尿といった「糸球体腎炎やネフローゼの所見」は乏しい。 2. 病気の本体が高血圧なので、治療の中心は十分な降圧である。CKDの降圧療法ではレニン・アンジオテンシン(RA)系抑制薬が重要な選択肢であり、禁忌ではない。 3. 人口の高齢化を背景に、腎硬化症による末期腎不全は増え続けており、新規透析導入の原疾患として糖尿病性腎症に次ぐ第2位を占めるに至っている。 この3点に照らすと、正しい記述はeのみである。
選択肢考察
- ×a. 初期から尿に赤血球円柱が出現する。
誤り。赤血球円柱は、糸球体の毛細血管壁が炎症で傷つき、漏れ出た赤血球が尿細管内で円柱に固められてできるもので、糸球体腎炎(IgA腎症、急速進行性糸球体腎炎など)を示す重要な所見である。腎硬化症の病変は細動脈・小動脈の硬化と、それによる糸球体の虚血性硬化であり、糸球体に炎症は起こらない。このため尿所見は乏しく、尿沈渣はほぼ正常か、あっても軽微な異常にとどまる。初期から赤血球円柱が出る腎疾患をみたら、腎硬化症ではなく糸球体腎炎を考えるべきである。
- ×b. しばしばネフローゼ症候群を呈する。
誤り。良性腎硬化症の蛋白尿は陰性~軽度(多くは1日1g未満)であり、ネフローゼ症候群(蛋白尿3.5g/日以上かつ低アルブミン血症3.0g/dL以下)を呈することは通常ない。高血圧の既往がある患者に大量の蛋白尿やネフローゼ症候群がみられた場合には、糖尿病性腎症、膜性腎症などの一次性・二次性糸球体疾患の合併を疑い、腎生検を含めた精査を検討する。なお、悪性高血圧に伴う悪性腎硬化症では蛋白尿や血尿が目立つことがあるが、これは急激な血圧上昇による別の病態であり、「しばしばネフローゼを呈する」という記述にはあてはまらない。
- ×c. 140/90mmHg以下の降圧は推奨されない。
誤り。腎硬化症は高血圧によって腎障害が進む疾患であり、腎機能低下を遅らせるには十分な降圧が不可欠である。わが国の高血圧治療ガイドライン2019やCKD診療ガイドラインでは、CKD患者の降圧目標を蛋白尿陰性で140/90mmHg未満、蛋白尿陽性で130/80mmHg未満としている。つまり140/90mmHgは「下げてはいけない値」ではなく「少なくとも達成すべき上限」である。ただし腎硬化症は高齢者に多く、脳・心臓・下肢の動脈硬化を合併していることも多いため、急激で過度な降圧による臓器虚血や急性腎障害、起立性低血圧に注意し、年齢や合併症に応じて慎重に目標を設定する(75歳以上の高齢者では150/90mmHg未満から始め、忍容性があれば140/90mmHg未満を目指す)。
- ×d. レニン・アンジオテンシン系抑制薬は禁忌である。
誤り。アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)などのRA系抑制薬は、全身血圧を下げるだけでなく輸出細動脈を拡張させて糸球体内圧を下げ、蛋白尿を減らし腎機能低下を抑制する作用(腎保護作用)をもつ。CKDに伴う高血圧ではとくに蛋白尿がある場合に第一選択として推奨されており、腎硬化症でも有用な降圧薬である。蛋白尿がない場合はRA系抑制薬、カルシウム拮抗薬、サイアザイド系などの利尿薬のいずれも選択肢となり、虚血性心疾患や脳血管障害を合併している例ではカルシウム拮抗薬が選ばれることも多い。なお、両側腎動脈狭窄(または片腎での腎動脈狭窄)がある場合や妊娠中はRA系抑制薬を避ける必要があり、開始後は血清クレアチニンと血清カリウムの上昇に注意するが、腎硬化症そのものが禁忌となるわけではない。
- ○e. 新規に透析を導入する原因疾患として患者数が増加傾向である。
正しい。日本透析医学会の統計調査によると、新規透析導入患者の原疾患は、かつて首位であった慢性糸球体腎炎が減少し、1998年以降は糖尿病性腎症が第1位である。腎硬化症はこの間一貫して増加しており、2021年の調査では約18%を占めて慢性糸球体腎炎を上回り、糖尿病性腎症に次ぐ第2位となった。背景には、人口の高齢化と高血圧・動脈硬化を有する高齢者の増加、さらに高齢者では腎生検が行われずに臨床的に腎硬化症と診断される例が多いことがある。
病理と分類
腎硬化症は、腎内の血管病変によって糸球体が虚血に陥り、硬化・荒廃していく病態である。 ・良性腎硬化症:長年の本態性高血圧や加齢による。輸入細動脈の壁に血漿成分がしみ込んでできる硝子様細動脈硬化(細動脈の硝子化)と、小葉間動脈などの中膜平滑筋の障害を伴う内膜の線維性肥厚がみられる。いずれも血管内腔を狭め、その先の糸球体は虚血によって縮み、最終的に全節性硬化に至る。肉眼的には両側の腎が小さくなり、表面が細かい顆粒状になる(萎縮腎)。 ・悪性腎硬化症:悪性高血圧(拡張期血圧が120~130mmHg以上となり、乳頭浮腫などの網膜病変を伴う)によって起こる。細動脈のフィブリノイド壊死や、小葉間動脈の内膜が同心円状に増殖する「タマネギの皮様」病変が特徴で、急速に腎機能が悪化する。血尿・蛋白尿が目立ち、血栓性微小血管症を伴うこともある。
臨床像
・長期の高血圧歴をもつ中高年~高齢者に多い。 ・尿所見は乏しい(尿蛋白は陰性~軽度、血尿はほぼない)。 ・腎機能は年単位でゆっくり低下する。 ・高血圧性網膜症、左室肥大、脳血管障害、虚血性心疾患など、他臓器の動脈硬化性病変を伴うことが多い。 ・腎エコーでは両腎が左右対称に縮小し、皮質が薄くなる。 ・臨床診断は、高血圧歴・尿所見の乏しさ・他の腎疾患の除外に基づくことが多い。
治療
・生活習慣の改善(減塩:1日6g未満、適正体重の維持、禁煙など) ・降圧療法:CKDとしての降圧目標(蛋白尿陰性で140/90mmHg未満、陽性で130/80mmHg未満)を目指す。高齢者では過度な降圧に注意して緩徐に下げる。 ・降圧薬:RA系抑制薬、カルシウム拮抗薬、利尿薬を、蛋白尿の有無や合併症に応じて選ぶ。 ・脂質異常症、高尿酸血症、糖代謝異常などの動脈硬化危険因子の管理。
新規透析導入の原疾患(日本、近年)
1位:糖尿病性腎症(約40%) 2位:腎硬化症(約18%、増加傾向) 3位:慢性糸球体腎炎(約14%、減少傾向)
鑑別のポイント
・赤血球円柱、変形赤血球を伴う血尿 → 糸球体腎炎 ・高度の蛋白尿、浮腫、低アルブミン血症 → ネフローゼ症候群をきたす疾患(膜性腎症、微小変化型ネフローゼ症候群、糖尿病性腎症など) ・腎サイズに左右差があり、RA系抑制薬開始後に腎機能が急に悪化する → 腎動脈狭窄(腎血管性高血圧)
POINT
・腎硬化症は高血圧・加齢による腎内細動脈の硬化が原因で、尿所見に乏しく腎機能がゆっくり低下する。 ・赤血球円柱やネフローゼ症候群は通常みられず、みられたら他の糸球体疾患を疑う。 ・治療の中心は十分な降圧である(CKDの降圧目標:蛋白尿陰性で140/90mmHg未満、陽性で130/80mmHg未満)。ただし高齢者では過度な降圧に注意する。 ・RA系抑制薬は腎保護作用をもつ有用な薬であり、禁忌ではない。 ・新規透析導入の原疾患は、1位 糖尿病性腎症、2位 腎硬化症(増加中)、3位 慢性糸球体腎炎(減少中)である。
