上を向くと二重に見える―野球ボールが教える眼窩吹き抜け骨折と下直筋の「引っかかり」
第116回医師国家試験 F問題 第57問
国試問題にチャレンジ
18歳の男子。複視を主訴に来院した。10日前,野球の試合中にボールが左眼部に当たった。左眼瞼の腫脹と皮下出血は軽快したが,物が二重に見えるという。視力は両眼とも良好であり,眼内に異常を認めない。左方視,右方視,下方視で異常を認めない。上方視時に複視を訴える。 左眼の障害部位はどれか。2つ選べ。
- a.上直筋
- b.下直筋
- c.下斜筋
- d.眼窩上壁
- e.眼窩下壁
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
ボールや拳など眼窩の入口とほぼ同じ大きさの物体による鈍的外傷では、眼窩内圧の上昇により薄い骨壁が折れる眼窩吹き抜け骨折が起こり、好発部位は上顎洞に接する眼窩下壁、次いで内壁です。下壁骨折では下直筋が骨折部に嵌頓して伸展できなくなり、作用と反対方向の上転が制限されるため、上方視でのみ複視が生じます。筋が麻痺すれば作用方向に、挟まって伸びなければ反対方向に動かなくなるという考え方を押さえれば、上直筋や下斜筋、厚く折れにくい眼窩上壁との鑑別は容易です。眼球陥凹や眼窩下神経領域の知覚低下を伴うことがあり、診断はCT冠状断、眼球運動の評価はHess赤緑試験で行い、小児のトラップドア型骨折では眼心臓反射に注意して早期手術を検討します。外眼筋の解剖と作用を臨床所見に結びつける思考は、眼球運動障害全般の評価の基礎になります。
解答・解説
正解はb, eです
所見の整理
・18歳男子、10日前に野球ボールが左眼部に当たった(眼部の鈍的外傷)。 ・眼瞼腫脹と皮下出血は軽快したが、複視(物が二重に見える)が残っている。 ・視力良好で眼内(眼球内部)に異常はない。 ・左方視・右方視・下方視では複視がなく、上方視のときだけ複視が出る。
診断へのプロセス
視力が良く眼内に異常がないので、片眼だけで見ても二重に見える単眼複視(角膜・水晶体の異常などで起こる)ではなく、左右の眼の向きがずれて起こる両眼複視と考えられる。若年で基礎疾患がなく、外傷直後から生じているため、脳神経麻痺や重症筋無力症、甲状腺眼症などよりも外傷による機械的な眼球運動制限をまず考える。 こぶし大程度の物体(ボール・拳など)が眼窩の入口にぶつかると、眼窩内の圧が急上昇し、眼窩を囲む骨壁のうち薄い部分が副鼻腔側へ吹き抜けるように折れる。これが眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)であり、最も多いのは上顎洞に接する眼窩下壁(眼窩底)、次いで篩骨洞に接する内壁である。
上方視でだけ複視が出る理由
下壁が骨折すると、下直筋やその周囲の脂肪・結合組織が骨折部に引き込まれて挟まれる(嵌頓、嵌入)。下直筋は眼球を下へ向ける筋であるが、挟まれて引き伸ばせなくなると、反対方向である上方へ眼球を動かせなくなる(伸展障害による上転制限)。そのため上方視で左眼だけが上がらず、両眼の視線がずれて複視が生じる。左右や下方への運動は保たれるので、その方向では複視は出ない。 以上から、障害部位は左眼の眼窩下壁と下直筋である。
選択肢考察
- ×a. 上直筋
上直筋は眼球を上転させる主な筋で、その麻痺でも上方視で複視は生じうる。しかし鈍的外傷で上直筋が障害されることはまれで、眼窩上壁は厚く骨折しにくいため、上直筋が挟み込まれる状況も考えにくい。本例の上転障害は、上直筋の収縮不良ではなく、拮抗筋である下直筋が骨折部に引っかかって伸びないことによると考えるのが自然である。
- ○b. 下直筋
下直筋は眼窩下壁のすぐ上を走るため、下壁骨折で骨折部に嵌頓しやすい。嵌頓した下直筋は伸展できず、眼球を上へ向けようとしても引き止められるため上転が制限され、上方視時の複視が生じる。眼窩下壁骨折で最も障害されやすい外眼筋であり、本例の障害部位である。
- ×c. 下斜筋
下斜筋は眼窩下壁の前内側から起こり、眼球を外旋させるとともに、内転位で上転させる作用をもつ。障害されると内上方視での上転が不良になるが、鈍的外傷で単独に障害されることはまれであり、吹き抜け骨折で嵌頓して上転制限の原因となる代表は下直筋である。
- ×d. 眼窩上壁
眼窩上壁は前頭骨からなる比較的厚い骨で、吹き抜け骨折は起こりにくい。また上壁に接するのは上直筋・上眼瞼挙筋であり、上壁骨折で上方視のみの複視を説明するのは難しい。眼窩上壁の骨折は前頭蓋底骨折を伴うような強い外力で生じることが多い。
- ○e. 眼窩下壁
眼窩下壁(眼窩底)は上顎洞の天井にあたり、非常に薄い骨であるうえ、眼窩下神経の通る眼窩下溝・眼窩下管がありさらに弱い。眼窩内圧が急に高まると上顎洞側へ骨折しやすく、吹き抜け骨折の好発部位である。ここに下直筋が嵌頓して上転制限が生じたと考えられ、本例の障害部位である。
眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)
・原因:ボール、拳、肘など、眼窩の入口とほぼ同じ大きさの鈍的物体による外傷。眼窩内圧の上昇が薄い骨壁を破る。 ・好発部位:下壁(上顎洞側)>内壁(篩骨洞側、篩骨紙様板)。上壁・外壁は厚く骨折しにくい。 ・症状と所見: - 眼球運動障害と複視:下壁骨折では下直筋嵌頓による上転障害(上方視での複視)が典型。内壁骨折では内直筋嵌頓により外転障害が生じうる。 - 眼球陥凹:眼窩内容が副鼻腔へ脱出して眼窩容積が増えるため。受傷直後は腫脹で目立たず、腫れが引いてから明らかになることがある。 - 眼窩下神経領域(頰部・上口唇・鼻翼付近)の知覚低下:下壁骨折で眼窩下神経が障害されるため。 - 鼻をかんだ後の眼瞼の腫れ(眼窩気腫):副鼻腔との交通による。 ・検査:CT(冠状断が有用)で骨折部位、眼窩内容の脱出、筋の嵌頓を評価する。上顎洞上部に眼窩内容が垂れ下がる像(いわゆるハンギングドロップ様)がみられることがある。Hess赤緑試験で眼球運動制限を定量的に評価する。 ・治療:軽度の運動障害で正面視の複視がなければ、腫脹の改善を待ちつつ経過観察とすることも多い。複視が改善しない場合、眼球陥凹が目立つ場合、筋が嵌頓している場合は、骨折部を整復し眼窩内容を戻す手術を行う。 ・小児で注意すべき型:骨が柔らかい小児では、骨折部が一度開いてすぐ閉じる「閉鎖型(トラップドア型)骨折」が起こりやすい。外見上の腫脹が軽いのに強い上転障害があり、筋の絞扼による眼心臓反射(徐脈、悪心・嘔吐)を伴うことがある。筋の虚血・壊死を防ぐため早期手術が必要である。
外眼筋の主な作用(第一眼位からの主作用と副作用)
・上直筋:上転、内旋、内転(動眼神経) ・下直筋:下転、外旋、内転(動眼神経) ・内直筋:内転(動眼神経) ・外直筋:外転(外転神経) ・上斜筋:内旋、下転、外転(滑車神経) ・下斜筋:外旋、上転、外転(動眼神経) 筋が麻痺すれば「その筋の作用方向」へ動かなくなり、筋が挟まって伸びなければ「その筋の作用と反対方向」へ動かなくなる、という考え方が重要である。
POINT
・眼窩吹き抜け骨折の好発部位は眼窩下壁と内壁(骨が薄い)。 ・下壁骨折 → 下直筋嵌頓 → 伸展障害 → 上転障害 → 上方視で複視。 ・ほかに眼球陥凹、眼窩下神経領域の知覚低下を伴うことがある。 ・診断はCT(冠状断)、眼球運動評価はHess赤緑試験。 ・小児の閉鎖型(トラップドア型)骨折で強い上転障害・眼心臓反射があれば早期手術。
