StudyMed医師国家試験

その標本は市の縮図か―「無作為」だけでは足りない対象者選びの落とし穴

第112回医師国家試験 F問題 第23問

国試問題にチャレンジ

第112回 F問題 第23問

人口10万人の市で,65歳以上の住民を対象に,運動習慣の実態を調査することになった。  市全体の実態を最も正確に反映する65歳以上の対象者の選び方はどれか。

  1. a.住民基本台帳を用いて住民から無作為抽出する。
  2. b.市内の運動施設をある時期に利用した住民全員を選択する。
  3. c.乱数によって発生させた電話番号で連絡できた住民を選択する。
  4. d.インターネット調査会社に登録された住民モニターを選択する。
  5. e.介護保険給付明細(レセプト)情報を用いて住民から無作為抽出する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、地域の高齢者の運動習慣を調べるとき、誰を対象に選べば市全体の実態を正しく映せるかという問題だ。疫学の基本である「標本の代表性」と「選択バイアス」がテーマになる。まず、全員を調べられないときはどうするんだったかな。
医学生医学生
一部を選んで調べる標本調査ですね。公衆衛生の講義で、全数調査と標本調査の違いを習いました。
ドクタードクター
そう。標本の結果から母集団、つまり市内の65歳以上の住民全員の姿を推し量るには、標本が母集団の縮図になっている必要がある。そのための条件は2つ。抽出のもとになる名簿、いわゆる抽出枠が母集団をもれなく含んでいること、そしてその名簿から全員が等しい確率で選ばれるよう無作為に抽出することだ。
医学生医学生
無作為抽出と書いてある選択肢を選べばいい、という単純な話ではないんですね。介護保険のレセプトからの無作為抽出も「無作為」とあるので少し迷いました。
ドクタードクター
そこがこの問題のひっかけだね。レセプトに記録があるのは、要介護・要支援の認定を受けて実際に介護サービスを使った人だけだ。身体機能が落ちた人に偏った名簿だから、その中でいくら無作為に選んでも、運動習慣のある人の割合は低く出てしまう。名簿そのものが偏っていたら、無作為抽出では救えないんだ。
医学生医学生
なるほど。では住民基本台帳はどうでしょう。市に住所がある人がほぼ全員載っているはずですよね。
ドクタードクター
その通り。住民基本台帳には氏名・生年月日・住所などが記載され、市の住民をほぼ網羅している。生年月日から65歳以上を特定でき、運動習慣や健康状態、電話やネットの利用状況とは無関係に抽出枠をつくれる。そこから無作為抽出するのが、市全体の実態を最も正確に反映する方法で、これが正解だ。実際、行政の統計調査でも公的名簿が抽出枠としてよく使われている。
医学生医学生
運動施設の利用者全員を調べるのは、人数が多ければ精度が上がりそうな気もしますが……。
ドクタードクター
そこは大事な誤解ポイントだ。施設の利用者は、もともと運動への関心が高く、外出して運動できる体力のある人たちだよね。調べたい項目そのものに沿って対象が偏っているから、運動習慣のある人の割合を過大に見積もってしまう。こうした対象者の選び方による系統的な偏りを選択バイアスといい、標本数を増やしても小さくならない。
医学生医学生
偶然誤差なら標本数を増やせば小さくなるけれど、バイアスは系統誤差だから減らない、ということですね。CBTの対策でも何度も出てきました。
ドクタードクター
よく整理できているね。次に、乱数で電話番号をつくって連絡がついた人を選ぶ方法はどうかな。
医学生医学生
番号はランダムなので、一見公平に見えます。でも電話に出られる人に限られるのが問題でしょうか。
ドクタードクター
その通り。RDD法と呼ばれて世論調査でも使われるけれど、対象は電話を持っていて、しかも応答できた人に限られる。日中家にいる人が多く含まれるかもしれないし、逆に活動的な人はつかまりにくいかもしれない。偏りの方向は一概に言えないけれど、連絡がつかなかった人や回答を断った人の特性が回答者と違う可能性もある。これを無回答バイアスというよ。
医学生医学生
インターネット調査会社のモニターは、高齢者だとネットを使う人自体が限られますし、自分から登録する人は健康への関心も高そうです。
ドクタードクター
まさにそう。ネット利用には年齢や学歴、所得による差があるうえ、自発的に登録した人は特定の傾向を持ちやすい。これを自己選択バイアス、あるいは志願者バイアスという。どちらの点からも、65歳以上の住民全体の代表とは言えないね。
医学生医学生
抽出枠が母集団を網羅しているか、調べたい特性で対象が絞られていないか、の2点でチェックすれば、住民基本台帳以外はどれも外れるわけですね。
ドクタードクター
完璧だ。発展として、抽出法の種類も押さえておこう。全員に番号をつけて乱数で選ぶ単純無作為抽出、一定間隔で選ぶ系統抽出、性別・年齢階級・地区などで層に分けて各層から選ぶ層化抽出、地区から世帯、世帯から個人と段階的に選ぶ多段抽出がある。国民健康・栄養調査のような大規模調査では多段抽出が使われるよ。
医学生医学生
逆に、集めやすい人を選ぶのは有意抽出、便宜的抽出でしたね。
ドクタードクター
そう。有意抽出は代表性が保証されないから、母集団の推定には向かない。選択バイアスには、職域集団が一般集団より健康である健康労働者効果や、医療機関や施設の利用者が一般住民と異なる受診者バイアスもある。将来、論文を読んだり臨床研究に関わったりするときは、まず「この対象者は誰の代表なのか」を問う習慣をつけておくといい。

まとめ

標本調査で母集団の実態を正しく推定するには、母集団をもれなく網羅する抽出枠から、全員が等しい確率で選ばれるよう無作為抽出することが必要です。市の65歳以上の住民全体が対象なら、住民をほぼ網羅する住民基本台帳からの無作為抽出が最も適切です。運動施設の利用者、電話に応答できた人、インターネットのモニター、介護保険サービスの利用者は、いずれも運動習慣や健康状態と関連する特性で絞られた集団であり、選択バイアス(受診者バイアス、無回答バイアス、自己選択バイアスなど)を生みます。選択バイアスは系統誤差であり、標本数を増やしても解消しない点が重要です。単純無作為・系統・層化・多段抽出などの抽出法とあわせて理解しておくと、疫学研究や論文の結果を批判的に読む力につながります。

解答・解説

正解はaです

問われていること

標本調査において、母集団(ここでは市内に住む65歳以上の住民全員)の実態を正しく推定するための対象者(標本)の選び方を問う問題である。

考え方

母集団全員を調べる全数調査が難しい場合、一部を選び出して調べる標本調査を行う。標本の結果から母集団の姿を正確に推定するには、標本が母集団の縮図になっている(代表性がある)必要がある。そのための条件は次の2つである。 ①抽出のもととなる名簿(抽出枠、サンプリングフレーム)が母集団をもれなく網羅していること。 ②その名簿から、すべての人が等しい確率で選ばれるように無作為抽出(ランダムサンプリング)すること。 名簿自体が母集団の一部しか含まない場合や、調査の目的である運動習慣と関連する特性をもつ人だけが選ばれやすい場合には、無作為に抽出したとしても結果に偏りが生じる。このような対象者の選び方による系統的な偏りを選択バイアスという。標本の数を増やしても選択バイアスは解消しない点が重要である。 各選択肢について、「抽出枠が65歳以上の住民全体を網羅しているか」「運動習慣と関連する特性で対象が絞られていないか」を確認すると、住民基本台帳からの無作為抽出だけが両方の条件を満たす。

選択肢考察

  1. ○a.  住民基本台帳を用いて住民から無作為抽出する。

    住民基本台帳は、市町村が住民票を世帯ごとに編成したもので、氏名・生年月日・性別・住所などが記載され、その市に住所をもつ住民をほぼすべて網羅している。生年月日から65歳以上の住民を特定でき、運動習慣の有無や健康状態、電話・インターネットの利用状況などとは無関係に抽出枠を設定できる。そこから無作為抽出すれば、全員が等しい確率で選ばれるため選択バイアスが最も小さく、市全体の実態を最も正確に反映する。実際に行政が行う多くの統計調査でも、住民基本台帳などの公的名簿が抽出枠として用いられている。

  2. ×b.  市内の運動施設をある時期に利用した住民全員を選択する。

    運動施設の利用者は、もともと運動への関心が高く、外出して運動できる身体機能をもつ人たちである。施設を利用しない住民とは運動習慣が明らかに異なるため、調べたい項目そのものに沿って対象が偏り、運動習慣のある人の割合を過大に見積もることになる。利用者全員を調べても、抽出枠自体が偏っているため市全体の代表にはならない。

  3. ×c.  乱数によって発生させた電話番号で連絡できた住民を選択する。

    乱数で番号を発生させる方法(RDD法:random digit dialing)は世論調査で用いられるが、対象は電話をもち、かつ電話に応答できた人に限られる。日中に在宅して電話に出られる人、例えば外出が少ない人や、逆に応答しにくい活動的な人の偏りが生じうる。また連絡がつかなかった人や回答を拒否した人の特性が回答者と異なる可能性(無回答バイアス)もあり、住民基本台帳からの無作為抽出に比べて代表性が劣る。

  4. ×d.  インターネット調査会社に登録された住民モニターを選択する。

    対象はインターネットを利用し、かつ自ら調査会社にモニター登録した人に限られる。高齢者ではインターネット利用率に年齢・学歴・所得などによる差があり、さらに自発的に登録する人は健康意識や関心が高いなど特定の傾向をもちやすい(自己選択バイアス)。65歳以上の住民全体を代表する集団とはいえない。

  5. ×e.  介護保険給付明細(レセプト)情報を用いて住民から無作為抽出する。

    介護保険の給付明細(レセプト)に記録があるのは、要介護・要支援の認定を受けて実際に介護サービスを利用した人だけである。この集団は身体機能や健康状態が低下している人に偏っており、運動習慣のある人の割合を過小に見積もる。抽出枠そのものが母集団の一部に限られるため、その中で無作為抽出を行っても、市全体の65歳以上の実態は反映できない。

主な標本抽出法

・単純無作為抽出法:抽出枠の全員に番号をつけ、乱数などで等確率に選ぶ。 ・系統抽出法:最初の1人を無作為に決め、以後は一定間隔ごとに選ぶ。 ・層化抽出法:性別・年齢階級・地区などで母集団を層に分け、各層から無作為抽出する。少ない標本で精度を高められる。 ・多段抽出法:地区を選び、その中から世帯や個人を選ぶというように段階的に抽出する。国民健康・栄養調査などの大規模調査で用いられる。 ・有意抽出(便宜的抽出):調査者の判断や集めやすさで対象を選ぶ方法。代表性が保証されず、母集団の推定には適さない。

誤差の種類

・偶然誤差(標本誤差):無作為抽出でも偶然により生じるばらつき。標本数を増やすと小さくなり、信頼区間で評価できる。 ・系統誤差(バイアス):一定方向への偏り。選択バイアス、情報バイアス(思い出しバイアスなど)、交絡がある。標本数を増やしても小さくならないため、研究デザインの段階で防ぐ必要がある。

選択バイアスの例

・自己選択バイアス(志願者バイアス):自発的な参加者は健康意識が高い傾向がある。 ・無回答バイアス:回答しなかった人の特性が回答者と異なる。 ・健康労働者効果:職域集団は一般集団より健康な人が多い。 ・受診者バイアス:医療機関や施設の利用者は一般住民と特性が異なる。

POINT

・母集団を正しく反映させるには、母集団を網羅する抽出枠から無作為抽出する。 ・市の住民全体の調査では住民基本台帳が適切な抽出枠となる。 ・施設利用者、電話・インターネット利用者、介護保険サービス利用者など、特定の特性で絞られた集団からの抽出は選択バイアスを生む。 ・選択バイアスなどの系統誤差は標本数を増やしても解消しない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。