StudyMed医師国家試験

肺の「壁」が壊れるとき―透過性亢進から読み解くARDSの病態

第112回医師国家試験 B問題 第8問

国試問題にチャレンジ

第112回 B問題 第8問

急性呼吸窮迫症候群〈ARDS〉の病態について正しいのはどれか。

  1. a.肺死腔減少
  2. b.肺内シャント減少
  3. c.肺血管透過性亢進
  4. d.肺サーファクタント増加
  5. e.肺コンプライアンス増加

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は急性呼吸窮迫症候群、ARDSの病態生理を問う問題だ。選択肢には死腔、シャント、透過性、サーファクタント、コンプライアンスと、呼吸生理のキーワードが並んでいる。それぞれが「増えるのか、減るのか」を、ひとつの流れとして説明できるかがポイントだよ。まず、ARDSとはどんな状態か説明できるかな。
医学生医学生
敗血症や肺炎のあとに急に起こる、重い呼吸不全というイメージです。肺水腫の一種でしたよね。
ドクタードクター
そう、ARDSは非心原性の肺水腫だ。原因には肺炎や誤嚥のように肺を直接傷つけるものと、敗血症や重症外傷、急性膵炎のように全身の炎症を介して間接的に肺を傷つけるものがある。では、心不全による肺水腫と何が違うと思う?
医学生医学生
心不全だと左房圧が上がって、水が押し出されるんですよね。ARDSは圧が上がっていないのに水が漏れる……ということは、血管の壁そのものが壊れているんでしょうか。
ドクタードクター
その通り。炎症性サイトカインや活性化した好中球が、肺胞と毛細血管の間にある壁、つまり血管内皮と肺胞上皮を傷つける。するとバリアが壊れて血管の透過性が亢進し、静水圧が上がっていなくても、蛋白を多く含む液体が間質や肺胞にしみ出してくる。だから正解は肺血管透過性亢進だ。心原性肺水腫の水腫液は蛋白が少ないので、ここが両者を分けるポイントになる。
医学生医学生
生理学の講義でStarlingの式を習ったときの、静水圧の上昇と透過性の亢進の違いですね。ここがスタート地点だとすると、ほかの選択肢はその結果として起こる変化ということですか。
ドクタードクター
いい整理だね。順番に追っていこう。肺胞に水がたまると、サーファクタントはどうなるかな。
医学生医学生
サーファクタントは表面張力を下げる物質なので……ARDSでは肺胞がつぶれやすいと聞いたので、むしろ減っているはずです。
ドクタードクター
正解。サーファクタントはII型肺胞上皮細胞がつくるけれど、ARDSではその細胞自体が傷つくから量が減る。さらに、しみ出した血漿蛋白がサーファクタントの働きを邪魔する。量も機能も落ちるから、肺胞は虚脱しやすくなるんだ。だから増加は誤り。
医学生医学生
新生児の呼吸窮迫症候群もサーファクタント不足でしたよね。名前が似ているのはそういうことか、と今つながりました。
ドクタードクター
病態の一部が共通しているね。次はシャントだ。水で満たされた肺胞やつぶれた肺胞には、換気はあるかな、血流はあるかな。
医学生医学生
換気はないけれど、血流は残っています。換気血流比がゼロの部分なので、シャントは増えるはずです。
ドクタードクター
その通り。そこを通った血液は酸素を受け取れないまま動脈側に戻る。シャントの部分の血液は吸入した酸素に触れないから、酸素濃度を上げても低酸素血症がなかなか改善しない。これがARDSの低酸素血症の大きな特徴だ。だからシャント減少は誤り。
医学生医学生
逆に、死腔はどうなんでしょう。シャントが増えるなら、死腔は減りそうな気もしてしまいます。
ドクタードクター
そこは引っかかりやすいところだね。シャントと死腔はシーソーの関係ではなく、ARDSでは両方とも増える。肺の微小血管に血栓ができたり内皮が障害されたりして血流が途絶える部分があるし、人工呼吸で一部の肺胞が過膨張すると毛細血管が押しつぶされる。換気はあるのに血流がない部分、つまり死腔が増えるんだ。死腔の割合が大きいことは予後不良因子としても知られている。
医学生医学生
最後のコンプライアンスは、肺水腫で肺が重く硬くなるので低下ですね。増加するのは肺気腫のほうでした。
ドクタードクター
完璧だ。水腫、肺胞の虚脱、サーファクタントの機能不全が重なって肺は硬くなる。しかも換気に使える部分が小さくなっていて、これを「baby lung」と呼ぶ。線維化期に進むと、コンプライアンスはさらに下がる。
医学生医学生
透過性亢進が出発点で、増えるのは透過性・シャント・死腔、減るのはサーファクタント・コンプライアンス、という整理でいいでしょうか。
ドクタードクター
それで大丈夫。ここからは臨床の話をしよう。診断にはBerlin定義が使われていて、誘因から1週間以内の発症、両側の浸潤影、心不全や輸液過剰だけでは説明できない肺水腫、そしてPEEP 5cmH2O以上でのPaO2/FiO2比で重症度を分ける。300以下が軽症、200以下が中等症、100以下が重症だ。2023年にはGlobal definitionとして、高流量鼻カニュラ使用中の患者やSpO2/FiO2比も含める形に拡張されている。
医学生医学生
臨床実習でICUを回ったとき、人工呼吸器の1回換気量をかなり少なく設定していたのが印象的でした。あれもbaby lungと関係がありますか。
ドクタードクター
まさにそうだ。小さくなった肺に普通の量を送り込むと、膨らみすぎてさらに肺を傷つけてしまう。だから1回換気量を予測体重あたり6mL/kg前後に抑え、プラトー圧を30cmH2O以下にする肺保護換気が基本になる。そして適切なPEEPで、つぶれた肺胞を開いたままにしてシャントを減らす。中等症から重症では腹臥位療法、さらに重症ならECMOも検討する。
医学生医学生
病態で学んだ「シャントが増える」「コンプライアンスが下がる」が、そのまま治療の理屈になっているんですね。
ドクタードクター
その通り。病態を一つの流れで理解しておけば、診断も治療も自然と説明できるようになる。原因疾患の治療を並行して行うことも忘れないでね。

まとめ

急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は、肺炎や誤嚥などの直接損傷、敗血症や外傷、急性膵炎などの間接損傷をきっかけに、血管内皮と肺胞上皮のバリアが壊れて肺血管透過性が亢進し、蛋白に富む液体が漏れ出す非心原性肺水腫です。その結果、II型肺胞上皮の障害と滲出液による阻害でサーファクタントが減少・機能低下し、肺胞が虚脱して肺内シャントが増え、酸素投与だけでは改善しにくい低酸素血症をきたします。微小血栓や過膨張により死腔も増加し、肺コンプライアンスは低下して換気できる肺が小さい「baby lung」となります。診断にはBerlin定義(PaO2/FiO2比で重症度分類)が用いられ、治療は原因疾患の治療に加え、低1回換気量とPEEPを用いた肺保護換気や腹臥位療法などが柱です。透過性亢進を起点に各指標の増減を一連の流れとして理解することが、呼吸管理の考え方の土台になります。

解答・解説

正解はcです

急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)は、肺炎・誤嚥・敗血症・重症外傷・急性膵炎などをきっかけに急に起こる、非心原性の肺水腫である。肺への直接の障害と、全身の炎症による間接的な障害のどちらからも起こりうる。

病態の流れ

(1) 炎症性サイトカインや活性化した好中球が、肺胞と毛細血管の間の壁(血管内皮と肺胞上皮)を傷つける。 (2) 傷ついた壁は物質を通しやすくなり、蛋白質を多く含む液体が間質や肺胞の中にしみ出す。これが透過性亢進型の肺水腫である。 (3) 肺胞に水がたまると、II型肺胞上皮細胞が傷ついてサーファクタントが減り、さらに滲出液がサーファクタントの働きを妨げる。その結果、肺胞がつぶれやすくなる(無気肺)。 (4) 水がたまった肺胞やつぶれた肺胞には換気がないが、血流は残っている。この部分を流れた血液は酸素を受け取れないまま動脈側へ戻る。これが肺内シャントで、酸素を投与しても改善しにくい低酸素血症の主な原因になる。 (5) 肺は硬くなる(コンプライアンスが低下する)。さらに、肺の微小血管に血栓ができたり、換気される肺胞が過剰に膨らんだりして、死腔も増える。 このように、ARDSの出発点は肺血管の透過性亢進である。シャント・死腔・サーファクタント・コンプライアンスがそれぞれどちらの方向へ変化するかを、この一連の流れの中で理解することが問われている。

選択肢考察

  1. ×a.  肺死腔減少

    死腔とは、換気はあるが血流がなくガス交換に役立たない部分である。ARDSでは、肺の微小血管の血栓や内皮の障害で血流が途絶えたり、陽圧換気で一部の肺胞が膨らみすぎて毛細血管が圧迫されたりするため、死腔は増加する。死腔の割合が大きいことは、ARDSの予後不良因子として知られている。減少はしない。

  2. ×b.  肺内シャント減少

    肺胞が液体で満たされたりつぶれたりすると、換気のない部分を血液が流れることになり、肺内シャントは増加する。シャントの部分を流れる血液は高濃度酸素に触れないため、吸入酸素濃度(FiO2)を上げても低酸素血症が改善しにくい。これがARDSの低酸素血症の特徴である。つぶれた肺胞を呼気終末陽圧(PEEP)で開いておくことは、このシャントを減らす目的で行われる。

  3. ○c.  肺血管透過性亢進

    ARDSの病態の中心である。炎症で血管内皮と肺胞上皮のバリアが壊れ、静水圧が上がっていなくても蛋白を多く含む液体が肺胞に漏れ出す(非心原性肺水腫)。左心不全による心原性肺水腫は、肺毛細血管の静水圧が上がることで起こり、水腫液に含まれる蛋白は少ない。この点で両者は区別される。

  4. ×d.  肺サーファクタント増加

    サーファクタントは、II型肺胞上皮細胞がつくる物質で、肺胞の表面張力を下げてつぶれにくくする。ARDSでは、II型上皮細胞の障害によって量が減る。さらに、しみ出した血漿蛋白がサーファクタントの働きを妨げる。量と機能の両方が低下するため、肺胞はつぶれやすくなる。増加はしない。

  5. ×e.  肺コンプライアンス増加

    コンプライアンスは肺の膨らみやすさを表す指標である。ARDSでは、肺水腫、肺胞の虚脱、サーファクタントの機能不全が重なるため低下し、肺は硬くなる。さらに、換気に使える肺の容量が減って「baby lung(小さくなった肺)」と呼ばれる状態になる。この状態で通常の量を換気すると、膨らみすぎによる肺損傷を起こす。病期が進んで線維化が起こると、コンプライアンスはさらに下がる。コンプライアンスが増加する代表的な疾患は肺気腫である。

診断基準(Berlin定義、2012年)

・発症時期:既知の誘因や、呼吸器症状の新たな出現・悪化から1週間以内 ・胸部画像:両側の浸潤影があり、胸水・無気肺・結節では説明できない ・肺水腫の原因:心不全や輸液過剰だけでは説明できない(必要なら心エコーなどで静水圧性の肺水腫を除外する) ・酸素化:PEEPまたはCPAPが5cmH2O以上の条件で、PaO2/FiO2比によって重症度を分類する。軽症は200より大きく300以下、中等症は100より大きく200以下、重症は100以下。 2023年に提唱されたGlobal definitionでは、高流量鼻カニュラ(30L/min以上)を使用中の患者や、SpO2/FiO2比による評価も含めるよう拡張された。

病期

滲出期(発症から約1週間。びまん性肺胞傷害による硝子膜形成)→ 増殖期 → 線維化期

主な原因

・直接損傷:肺炎、誤嚥、肺挫傷、溺水、有毒ガスの吸入 ・間接損傷:敗血症(最も多い)、重症外傷、急性膵炎、大量輸血(TRALI)、熱傷

治療の要点

原因疾患の治療に加えて、肺を守る換気(肺保護換気)を行う。具体的には、1回換気量を予測体重あたり6mL/kg前後とし、プラトー圧を30cmH2O以下に抑え、適切なPEEPをかける。中等症〜重症では腹臥位療法も行う。重症例では、体外式膜型人工肺(ECMO)を検討する。

POINT

・ARDSの本態は、肺胞と毛細血管の間の壁の透過性が亢進して起こる、非心原性の肺水腫である。 ・ARDSで増えるもの:肺血管透過性、肺内シャント、死腔。 ・ARDSで減るもの:サーファクタント、肺コンプライアンス、機能的残気量。 ・シャントが主体のため、酸素投与だけでは低酸素血症が改善しにくく、PEEPが有効である。 ・重症度はPaO2/FiO2比で判定する(300以下・200以下・100以下で、軽症・中等症・重症)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。