アルコールが効かないウイルス―吐物処理に塩素系消毒薬を選ぶ理由
第111回医師国家試験 I問題 第24問
国試問題にチャレンジ
嘔吐と下痢を伴うウイルス性胃腸炎が強く疑われる児の汚物を処理する際に用いる消毒薬として適切なのはどれか。
- a.エタノール
- b.ポビドンヨード
- c.塩化ベンザルコニウム
- d.次亜塩素酸ナトリウム
- e.グルコン酸クロルヘキシジン
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
小児のウイルス性胃腸炎の主な原因であるノロウイルスやロタウイルスは、脂質のエンベロープをもたないノンエンベロープウイルスで、アルコールや低水準消毒薬に抵抗性を示します。そのため吐物や便の処理には、ウイルスの構造を問わず不活化できる次亜塩素酸ナトリウムを用い、汚物そのものには約0.1%、周囲の環境には約0.02%を目安に希釈します。エタノールはノンエンベロープウイルスへの効果が不十分、ポビドンヨードやクロルヘキシジンは主に皮膚・粘膜用、塩化ベンザルコニウムは低水準消毒薬であり、いずれも汚物処理には適しません。手袋・マスク・ガウンの着用、乾燥前の速やかな処理と換気、石けんと流水による手洗いまでを含めて理解しておくことが、医療現場や保育施設での集団感染予防に直結します。
解答・解説
正解はdです
問われていること
小児の嘔吐・下痢を伴うウイルス性胃腸炎で、吐物や便(汚物)を処理するときにどの消毒薬を使うべきかを問う問題である。
考え方
小児のウイルス性胃腸炎の主な原因はノロウイルスとロタウイルスであり、ほかにアデノウイルス(40・41型)、サポウイルス、アストロウイルスなどがある。これらはいずれも脂質二重膜のエンベロープ(外被)をもたない「ノンエンベロープウイルス」である。 消毒薬の多くは、エンベロープの脂質を壊すことでウイルスを不活化する。そのため、エンベロープをもたないウイルスは、アルコールや第四級アンモニウム塩などの低~中水準消毒薬に抵抗性を示す。さらにノロウイルスは10~100個程度というごく少量で感染が成立し、吐物・便には大量のウイルスが含まれるため、汚物処理は集団感染防止のうえで特に重要である。 したがって、汚物処理には、ノンエンベロープウイルスにも確実に効果があり、床や衣類など環境の消毒に使える塩素系消毒薬、すなわち次亜塩素酸ナトリウムを用いる。
選択肢考察
- ×a. エタノール
不適切。エタノールは手指消毒や医療器具表面の消毒に広く用いられ、細菌やインフルエンザウイルスなどのエンベロープウイルスには有効である。しかし、ノロウイルスのようなエンベロープをもたないウイルスに対する効果は不十分である。また、吐物などの有機物が多い環境では効果がさらに落ち、速やかに揮発するため、汚物処理の消毒には適さない。
- ×b. ポビドンヨード
不適切。ポビドンヨードは細菌・真菌・ウイルスなどに比較的広い抗微生物スペクトルをもつ中水準消毒薬であるが、主な用途は手術野の皮膚や粘膜、創部の消毒である。有機物の存在で効力が低下し、着色するうえ、床や衣類など広い環境表面に用いる薬剤ではないため、汚物処理には適さない。
- ×c. 塩化ベンザルコニウム
不適切。塩化ベンザルコニウムは陽イオン界面活性剤(逆性石けん)に属する低水準消毒薬である。一般細菌や一部の真菌には有効だが、結核菌や芽胞には無効で、エンベロープをもたないウイルスにはほとんど効果がない。また有機物や石けんで効力が低下するため、ウイルス性胃腸炎の汚物処理には使えない。
- ○d. 次亜塩素酸ナトリウム
適切。次亜塩素酸ナトリウムは、ウイルスの種類(エンベロープの有無)を問わず広く不活化できる塩素系消毒薬であり、ノロウイルスやロタウイルスにも有効である。吐物や便が付着した床・衣類・物品の消毒に用いる。家庭用塩素系漂白剤(濃度約5~6%)を水で希釈して使用でき、吐物・便そのものの処理には約0.1%(1,000ppm)、それらが付着した可能性のある物品や環境の拭き取りには約0.02%(200ppm)が目安である。金属を腐食させ、布を脱色する点、酸性の洗剤と混ぜると有毒な塩素ガスが発生する点に注意する。
- ×e. グルコン酸クロルヘキシジン
不適切。グルコン酸クロルヘキシジンはビグアナイド系の低水準消毒薬で、皮膚への刺激が少なく持続効果があるため、手指や手術野の皮膚消毒に用いられる。一般細菌には有効だが、ウイルスに対する効果は限られ、特にノンエンベロープウイルスにはほとんど効かない。したがって汚物処理には適さない。
消毒薬の水準と抗微生物スペクトル
高水準消毒薬:グルタラール、フタラール、過酢酸。大量の芽胞を除き、すべての微生物を殺滅する。内視鏡など器具の消毒に用いる。 中水準消毒薬:次亜塩素酸ナトリウム(塩素系)、ポビドンヨード(ヨウ素系)、エタノール(アルコール系)など。結核菌を含む細菌、多くのウイルス・真菌に有効だが、芽胞には基本的に無効である。ただし同じ中水準でも、ノンエンベロープウイルスへの効果は次亜塩素酸ナトリウムが最も確実で、エタノールは劣る。 低水準消毒薬:塩化ベンザルコニウム(第四級アンモニウム塩)、グルコン酸クロルヘキシジン(ビグアナイド系)、両性界面活性剤など。一般細菌と一部の真菌に有効で、結核菌・芽胞・ノンエンベロープウイルスには効果が乏しい。
エンベロープの有無と消毒薬感受性
エンベロープウイルス(インフルエンザウイルス、コロナウイルス、HIV、ヘルペスウイルスなど)は脂質の膜をもつため、アルコールや界面活性剤で比較的容易に不活化される。ノンエンベロープウイルス(ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルスなど)は抵抗性が強く、次亜塩素酸ナトリウムや加熱(85~90℃で90秒以上)が確実な方法である。
ノロウイルス感染症の汚物処理の要点
・処理する人は使い捨ての手袋・マスク・ガウン(エプロン)を着用する。 ・吐物はペーパータオルなどで外側から内側に向けて静かに拭き取り、ビニール袋に密閉して廃棄する。 ・拭き取った後の床などを次亜塩素酸ナトリウムで浸すように拭き、その後水拭きする。 ・吐物が乾燥すると、ウイルスが空中に舞い上がって経気道・経口感染の原因となるため、速やかに処理し、換気する。 ・処理後は石けんと流水で十分に手洗いする(アルコール手指消毒だけでは不十分である)。
POINT
・小児ウイルス性胃腸炎の主因(ノロウイルス、ロタウイルス)はエンベロープをもたず、アルコールや低水準消毒薬が効きにくい。 ・吐物・便など汚物の処理には次亜塩素酸ナトリウムを用いる(汚物そのものには約0.1%、周囲の環境・物品には約0.02%が目安)。 ・処理後の手指は石けんと流水で洗う。 ・ポビドンヨード、クロルヘキシジンは主に皮膚・粘膜や手術野の消毒、塩化ベンザルコニウムは低水準消毒薬である。
