補うべきか、避けるべきか―「エストロゲンで悪化するもの」から解くHRTの禁忌
第109回医師国家試験 I問題 第39問
国試問題にチャレンジ
更年期障害に対するホルモン補充療法の禁忌はどれか。2つ選べ。
- a.乳癌
- b.うつ病
- c.骨粗鬆症
- d.脂質異常症
- e.深部静脈血栓症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
ホルモン補充療法は、閉経に伴うエストロゲン欠乏による症状や病態をエストロゲン(子宮のある女性では黄体ホルモンを併用)で補う治療です。禁忌は「エストロゲンで悪化するもの」と整理でき、乳癌・子宮内膜癌などのエストロゲン依存性腫瘍と、凝固能亢進によって悪化する深部静脈血栓症などの静脈血栓塞栓症が代表で、心筋梗塞・脳卒中の既往、重度の活動性肝疾患、原因不明の不正性器出血、妊娠も含まれます。一方、更年期の抑うつ、骨粗鬆症、脂質異常症(LDL上昇)はエストロゲン欠乏が関与する病態で、HRTの効果が期待できる側に入ります。経口エストロゲンは肝臓での初回通過効果により凝固因子や中性脂肪への影響が大きく、経皮製剤ではその影響が少ないとされます。エストロゲンの作用から禁忌と適応を論理的に導く考え方は、経口避妊薬や乳癌のホルモン療法の理解にもつながります。
解答・解説
正解はa, eです
ホルモン補充療法(hormone replacement therapy:HRT)は、閉経前後に卵巣機能が低下してエストロゲンが不足することで生じる症状や病態を、エストロゲン製剤(子宮のある女性では子宮内膜癌予防のため黄体ホルモン製剤を併用)で補って改善する治療である。 禁忌を考えるときは、「エストロゲンを投与すると悪化・発症しやすくなる病態は何か」という視点で整理するとよい。エストロゲンには主に二つの好ましくない作用がある。 1. ホルモン依存性腫瘍の増殖促進:乳癌や子宮内膜癌はエストロゲン受容体を介して増殖が促されるため、これらの患者や既往のある人への投与は避ける。 2. 血液凝固能の亢進:特に経口エストロゲンは肝臓での初回通過効果により凝固因子の産生を増やし、静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症・肺塞栓症)のリスクを高める。 反対に、エストロゲン欠乏そのものが原因となって生じる病態(更年期のうつ症状、骨量減少、LDLコレステロール上昇など)は、HRTの効果が期待できる側に入る。したがって、本問では乳癌と深部静脈血栓症が禁忌として選ばれる。
選択肢考察
- ○a. 乳癌
乳癌の多くはエストロゲン受容体陽性で、エストロゲンが腫瘍の増殖を促す。また大規模臨床試験(WHI試験)では、エストロゲンと黄体ホルモンの併用療法を長期間続けると乳癌の発症リスクがわずかに上がることが示された。このため、現在乳癌がある人、乳癌の既往がある人へのHRTは禁忌とされている。乳癌治療ではむしろ抗エストロゲン薬(タモキシフェン)やアロマターゼ阻害薬でエストロゲンの作用を抑える方向の治療が行われることからも、エストロゲン補充が逆効果であることが理解できる。
- ×b. うつ病
うつ病はHRTの禁忌ではない。エストロゲンはセロトニンなど脳内の神経伝達物質の働きに影響しており、閉経期のエストロゲン低下は抑うつ気分、不安、意欲低下、不眠などの精神症状に関与する。更年期の抑うつ症状に対してはHRTで改善がみられることがあり、症状によっては抗うつ薬などと併用されることもある。ただし重症のうつ病の主たる治療は抗うつ薬や精神科的治療であり、HRTだけで治療するわけではない。
- ×c. 骨粗鬆症
骨粗鬆症は禁忌ではなく、むしろHRTの効果が期待できる病態である。エストロゲンは破骨細胞による骨吸収を抑えているため、閉経後にエストロゲンが減ると骨吸収が亢進し、骨量が急速に低下する(閉経後骨粗鬆症)。HRTは骨密度を増加させ、椎体骨折や大腿骨近位部骨折を減らすことが示されており、閉経後骨粗鬆症の予防・治療の選択肢の一つである。
- ×d. 脂質異常症
脂質異常症は禁忌ではない。エストロゲンは肝臓のLDL受容体を増やしてLDLコレステロールを低下させ、HDLコレステロールを上昇させる作用をもつ。閉経後にLDLコレステロールが上昇しやすいのはこのエストロゲン作用が失われるためであり、HRTは脂質プロファイルを改善する方向に働く。なお、経口エストロゲンは中性脂肪(トリグリセリド)を上昇させるため、重症の高トリグリセリド血症では慎重投与とされ、経皮製剤が選ばれることがある。
- ○e. 深部静脈血栓症
エストロゲン、特に経口投与されたものは肝臓で凝固因子(フィブリノゲン、第VII因子など)の合成を増やし、一方でアンチトロンビンなどの抗凝固因子を減少させるため、血液が固まりやすい状態をつくる。HRTでは静脈血栓塞栓症のリスクが上昇することが知られており、現在の深部静脈血栓症・肺塞栓症やその既往がある人には禁忌である。同様の理由で、エストロゲンを含む経口避妊薬も血栓症の既往がある女性には使用できない。
更年期と更年期障害
閉経の前後5年間ずつ、合計約10年間を更年期という。日本人女性の閉経の平均年齢はおよそ50歳である。この時期に現れる、器質的な病気では説明できない多彩な症状を更年期症状といい、その中で日常生活に支障をきたすものを更年期障害と呼ぶ。代表的な症状は、のぼせ・ほてり・発汗(ホットフラッシュ)などの血管運動神経症状、抑うつ・不安・不眠などの精神症状、肩こり・関節痛などである。
HRTの主な効果
・血管運動神経症状(ホットフラッシュなど)の改善:最も効果が確実 ・泌尿生殖器の萎縮症状(腟乾燥、性交痛など)の改善 ・骨量減少の予防、骨折リスクの低下 ・脂質代謝の改善(LDLコレステロール低下、HDLコレステロール上昇) ・更年期の抑うつ気分などの精神症状の改善
HRTの禁忌(日本のHRTガイドラインに基づく主なもの)
・重度の活動性肝疾患 ・現在の乳癌とその既往 ・現在の子宮内膜癌、低悪性度子宮内膜間質肉腫 ・原因不明の不正性器出血 ・妊娠が疑われる場合 ・急性血栓性静脈炎、静脈血栓塞栓症とその既往 ・心筋梗塞および冠動脈の動脈硬化性病変の既往 ・脳卒中の既往
慎重投与の例
子宮内膜癌や卵巣癌の既往、肥満、60歳以上または閉経後10年以上経過してからの新規開始、血栓症のリスクが高い状態、慢性肝疾患、胆嚢炎・胆石症の既往、重症の高トリグリセリド血症、コントロール不良の糖尿病・高血圧、子宮筋腫・子宮内膜症の既往、片頭痛、てんかん、全身性エリテマトーデスなど。
黄体ホルモンを併用する理由
子宮のある女性にエストロゲンだけを投与すると、子宮内膜が増殖し続けて子宮内膜増殖症や子宮内膜癌のリスクが上がる。このため黄体ホルモン製剤を併用して内膜を保護する。子宮摘出後の女性ではエストロゲン単独でよい。
経口と経皮の違い
経口エストロゲンは肝臓を通過するため凝固因子や中性脂肪への影響が大きい。貼付剤やゲルなどの経皮エストロゲンは肝臓への初回通過効果が少なく、静脈血栓症のリスクや中性脂肪上昇が少ないとされる。
POINT
・HRTの禁忌は「エストロゲンで悪化するもの」:乳癌・子宮内膜癌などのエストロゲン依存性腫瘍、静脈血栓塞栓症、心筋梗塞・脳卒中の既往、重度の活動性肝疾患、原因不明の不正性器出血、妊娠。 ・「エストロゲン欠乏で生じるもの」はHRTの適応側:ホットフラッシュ、更年期の抑うつ、骨粗鬆症、脂質異常症(LDL上昇)。 ・子宮のある女性ではエストロゲンに黄体ホルモンを併用して子宮内膜癌を予防する。 ・経口エストロゲンは凝固能亢進と中性脂肪上昇をきたしやすく、経皮製剤はその影響が少ない。
