糖尿病患者の空洞性結節に潜む「莢膜をまとった酵母」―肺クリプトコックス症と病原体別の治療薬
第109回医師国家試験 D問題 第52問
国試問題にチャレンジ
80歳の女性。咳嗽を主訴に来院した。2か月前から咳嗽が出現し,増強してきたため受診した。10年前から糖尿病で経口血糖降下薬を服用中である。意識は清明。体温36.8℃。脈拍72/分,整。血圧146/82 mmHg。呼吸数18/分。心音と呼吸音とに異常を認めない。胸部エックス線写真で左中肺野に結節影を認める。胸部CT(A)と経気管支肺生検組織のPAS染色標本(B)とを別に示す。 治療薬として適切なのはどれか。

- a.ST合剤
- b.リファンピシン
- c.フルコナゾール
- d.ガンシクロビル
- e.プラジカンテル
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
糖尿病などで細胞性免疫が低下した人に、亜急性〜慢性の咳嗽と胸膜近傍の空洞を伴う結節がみられ、生検でPAS陽性の円形酵母様菌体を厚い莢膜が取り巻いていれば、肺クリプトコックス症と診断できます。中枢神経病変のない軽症〜中等症の肺病変ではアゾール系のフルコナゾール内服が第一選択であり、髄膜炎や重症例ではアムホテリシンBとフルシトシンの併用で導入します。診断補助には血清クリプトコックス抗原が有用で、β-D-グルカンは上がりにくく、キャンディン系は無効という点も重要です。ST合剤はニューモシスチス、リファンピシンは結核、ガンシクロビルはサイトメガロウイルス、プラジカンテルは吸虫と、病原体と治療薬の対応を整理しておくことが、感染症診療で適切な薬を選ぶ土台になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・80歳女性。2か月にわたり徐々に増強する咳嗽(亜急性〜慢性の経過)。 ・10年来の糖尿病で経口血糖降下薬を服用中。高齢と糖尿病はいずれも細胞性免疫を低下させ、易感染性の背景となる。 ・発熱はなく、バイタルサインはほぼ正常で、聴診所見にも異常がない。全身状態は保たれている。 ・胸部エックス線写真で左中肺野に結節影。 ・胸部CT(A): 左下葉上区(S6)の胸膜に近い部位に、内部に空洞を伴う結節影を認める。周囲に広範な浸潤影やすりガラス影はみられない。 ・経気管支肺生検のPAS染色(B): PAS(過ヨウ素酸シッフ)染色で赤紫色に染まる円形の酵母様真菌が多数みられ、菌体の周囲には染色されない透明な厚い層(莢膜)が暈(かさ)のように取り巻いている。
診断へのプロセス
慢性の経過で空洞を伴う肺結節をきたす疾患として、肺結核、非結核性抗酸菌症、肺真菌症(クリプトコックス症、アスペルギルス症)、肺化膿症、肺癌、肺吸虫症などが鑑別に挙がる。生検でPAS陽性の円形酵母様菌体と、それを囲む厚い莢膜が確認されたことから、Cryptococcus neoformans などによる肺クリプトコックス症と診断できる。アスペルギルスは隔壁のある菌糸が鋭角(約45度)に分岐する像を、抗酸菌はPASではなく抗酸菌染色(Ziehl-Neelsen染色)で陽性となる桿菌を示し、本例の組織像とは異なる。 肺クリプトコックス症は健常者にも発症し、胸膜直下の単発〜多発結節として健診で偶然見つかることも多いが、糖尿病、ステロイド投与、悪性腫瘍、HIV感染症などの免疫低下状態で発症しやすく、重症化や髄膜炎への進展の危険が高まる。
設問の考え方
治療薬を問う問題であり、クリプトコックスは真菌であるから抗真菌薬を選ぶ。中枢神経病変のない、軽症〜中等症の肺クリプトコックス症の第一選択はアゾール系抗真菌薬のフルコナゾールである。他の選択肢は、それぞれ別の病原体(ニューモシスチス、結核菌、サイトメガロウイルス、吸虫)に対する薬であり、病原体と治療薬の対応を整理しておくことが解答の鍵となる。
選択肢考察
- ×a. ST合剤
ST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)は葉酸合成を2段階で阻害する抗菌薬である。ニューモシスチス肺炎(Pneumocystis jirovecii、真菌に分類されるがアゾール系は無効)の治療・予防の第一選択であり、ほかに尿路感染症やノカルジア症などにも用いられる。ニューモシスチス肺炎は両側びまん性のすりガラス影を呈するのが典型で、本例のような単発の空洞性結節とは異なる。クリプトコックスには無効である。
- ×b. リファンピシン
リファンピシンは細菌のRNAポリメラーゼを阻害する抗菌薬で、肺結核の標準治療(イソニアジド、ピラジナミド、エタンブトールなどとの併用)の中心となる薬剤であり、非結核性抗酸菌症にも用いられる。空洞性病変という点では結核も鑑別に挙がるが、本例の生検で認められたのは莢膜をもつ酵母様真菌であり、抗酸菌ではない。真菌に対する治療効果はなく適切でない。
- ○c. フルコナゾール
フルコナゾールはアゾール系抗真菌薬で、真菌の細胞膜成分であるエルゴステロールの合成酵素(ラノステロール14α-脱メチル化酵素)を阻害する。クリプトコックスに対して有効で、経口での吸収が良好であり、髄液移行性にも優れる。中枢神経病変がなく全身状態が保たれた軽症〜中等症の肺クリプトコックス症では、フルコナゾール内服(通常6〜12か月程度)が第一選択である。本例は発熱もなく全身状態が良好で、単発の結節性病変であることから、フルコナゾールが適切である。
- ×d. ガンシクロビル
ガンシクロビルは抗ウイルス薬で、サイトメガロウイルス(CMV)感染症(臓器移植後、HIV感染症などでのCMV肺炎・網膜炎・腸炎など)の治療に用いる。骨髄抑制が主な副作用である。真菌であるクリプトコックスには効果がない。
- ×e. プラジカンテル
プラジカンテルは吸虫・条虫に対する駆虫薬である。肺吸虫症(ウェステルマン肺吸虫、宮崎肺吸虫。サワガニ・モクズガニやイノシシ肉の生食で感染)、肝吸虫症、日本住血吸虫症などに用いる。肺吸虫症も空洞や結節を形成し、胸水や末梢血好酸球増多を伴いやすいため鑑別に挙がるが、本例は生検で真菌が証明されており、プラジカンテルは適応とならない。
クリプトコックス症の概要
・病原体: 主にCryptococcus neoformans(酵母様真菌)。ハトなど鳥類の糞に汚染された土壌に存在し、経気道的に吸入されて肺に初感染巣をつくる。ヒトからヒトへは感染しない。 ・好発: 健常者にも起こるが、HIV感染症(CD4陽性T細胞数低下)、ステロイド・免疫抑制薬の使用、糖尿病、悪性腫瘍、腎不全、臓器移植後などの細胞性免疫低下状態で発症しやすく重症化しやすい。 ・病型: 肺クリプトコックス症と、血行性に播種して起こるクリプトコックス髄膜炎(脳髄膜炎)が代表的である。
肺クリプトコックス症の特徴
・症状は咳嗽、喀痰、胸痛などが軽度であることが多く、無症状で健診発見されることも多い。 ・画像: 胸膜直下の単発〜多発結節影が多く、空洞を伴うこともある。肺癌との鑑別が問題となる。 ・診断: 血清クリプトコックス抗原(莢膜多糖であるグルクロノキシロマンナン抗原)が有用。β-D-グルカンは上昇しにくい点が特徴である。確定は生検での菌体証明。組織ではPAS染色、Grocott染色で菌体が、ムチカルミン染色やアルシアンブルー染色で莢膜が染まる。髄液では墨汁染色で透明な莢膜を伴う菌体がみえる。 ・免疫低下者では、髄膜炎の合併を除外するため髄液検査を検討する。
治療
・中枢神経病変のない軽症〜中等症の肺病変: フルコナゾール内服(代替としてイトラコナゾール、ボリコナゾールなど)。 ・重症肺病変やクリプトコックス髄膜炎: アムホテリシンB(リポソーム製剤)とフルシトシンの併用で導入し、その後フルコナゾールによる地固め・維持療法へ移行する。 ・キャンディン系抗真菌薬(ミカファンギン、カスポファンギン)はクリプトコックスに無効である。
病原体と治療薬の対応(本問の選択肢)
・ニューモシスチス → ST合剤 ・結核菌 → リファンピシン(多剤併用) ・クリプトコックス → フルコナゾール ・サイトメガロウイルス → ガンシクロビル ・肺吸虫 → プラジカンテル
POINT
・糖尿病など免疫低下者の慢性咳嗽+空洞を伴う肺結節+PAS陽性で厚い莢膜をもつ円形の酵母様菌体 → 肺クリプトコックス症。 ・診断補助に血清クリプトコックス抗原(グルクロノキシロマンナン抗原)。β-D-グルカンは上がりにくい。 ・軽症〜中等症の肺病変はフルコナゾール、髄膜炎や重症例はアムホテリシンB+フルシトシン。 ・キャンディン系はクリプトコックスに無効。
