術後6時間、じわじわ上がる心拍数―頻脈を「止める」前に「読む」
第108回医師国家試験 H問題 第21問
国試問題にチャレンジ
50歳の男性。上行結腸癌のため入院し,右半結腸切除術当日である。不整脈の既往はない。術中経過は特に問題なかった。術後,患者は回復室に入室し,6時間を経過したところで痛みは我慢できる程度であるという。心電図モニターの画面上,心拍数は110/分,整で,SpO2 100%(マスク3 L/分酸素投与下)である。心拍数の記録を確認したところ,回復室に入室後は80台/分で経過していたが,30分前から次第に増加し現在の値に達している。 現時点での対応として適切なのはどれか。
- a.血圧記録の確認
- b.早期離床の推奨
- c.細胞外液の急速投与
- d.カルシウム拮抗薬の投与
- e.自動体外式除細動器〈AED〉の装着
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
術後に徐々に進行する整の頻脈は洞性頻脈であり、生体の代償反応として現れていると考えます。術当日に最も警戒すべき原因は術後出血やサードスペースへの体液移行による循環血液量減少で、頻脈は血圧低下に先行する早期のサインとなりえます。そのため最初に行うべきは血圧の推移の確認であり、血圧低下や脈圧の狭小化があればドレーン排液・尿量・ヘモグロビン値を確認して輸液・輸血や再手術を検討します。評価前の急速輸液や早期離床、洞性頻脈をカルシウム拮抗薬で抑えること、心停止でない患者へのAED装着はいずれも不適切です。「頻脈を止める前に原因を読む」という姿勢は、周術期管理に限らずあらゆる急性期診療の基本になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・50歳男性、上行結腸癌に対する右半結腸切除術(開腹手術)の当日、術後6時間 ・術中経過に問題なし、不整脈の既往なし ・疼痛は「我慢できる程度」→ 強い痛みによる交感神経緊張だけで頻脈を説明するのは難しい ・心拍数110/分、整 → 規則正しいリズムで、洞性頻脈がまず考えられる ・SpO2 100%(マスク3 L/分)→ 酸素投与下ではあるが、低酸素血症は現時点で認めない ・回復室入室後は80台/分で安定していたが、30分前から徐々に上昇 → 突然始まって突然止まる発作性の頻拍(発作性上室頻拍など)とは経過が異なる
鑑別の考え方
術後に徐々に進行する洞性頻脈の原因として、次のようなものを考える。 ・循環血液量の減少:術後出血(腹腔内出血)、術中輸液の不足、開腹手術に伴う水分の血管外移動(腸管・腸間膜の浮腫や腹腔内への滲出、いわゆるサードスペースへの移行)や腹膜面からの不感蒸泄 ・疼痛・不安・シバリング(術後の震え)などによる交感神経の緊張 ・発熱、低酸素血症・高二酸化炭素血症、貧血 ・頻度は低いが見逃してはならないもの:肺血栓塞栓症、心筋虚血、敗血症など 中でも術当日に最も警戒すべきは術後出血による循環血液量減少であり、進行すれば出血性ショックに至る。
現時点で何をすべきか
頻脈は、循環が破綻しかけていることを知らせる早期のサインであることが多い。原因を絞り込むにはまず、頻脈に伴って血圧がどう推移しているかを把握することが欠かせない。血圧が保たれている、あるいは上昇していれば疼痛や交感神経緊張による反応を考えやすい。一方、血圧が低下傾向にあれば、あるいは脈圧が狭くなっていれば、循環血液量減少(特に術後出血)を強く疑い、ドレーン排液の量と性状、尿量、ヘモグロビン値などを直ちに確認し、輸液・輸血や再手術の判断へ進む。したがって、現時点の最初の対応は「血圧記録の確認」であり、治療はその評価結果に基づいて選ぶべきである。
選択肢考察
- ○a. 血圧記録の確認
頻脈の意味づけには、血圧が高いのか、正常なのか、低いのか、また頻脈に伴ってどう推移してきたのかを知ることが最も重要である。血圧の低下や脈圧の狭小化を伴っていれば、術後出血などによる循環血液量減少を疑って精査・治療を急ぐ必要がある。血圧が保たれていれば、疼痛・発熱・不安など他の原因の検索へ進む。患者はすでにモニター管理下にあり、記録をすぐに確認できる。侵襲がなく、次の対応を決めるうえで最初に行うべき評価である。
- ×b. 早期離床の推奨
術後の早期離床は、深部静脈血栓症・肺合併症・腸管麻痺の予防に有用であり、術後回復強化(ERAS)の考え方でも重視されている。しかし、原因不明の頻脈が進行している状態で離床を促すのは適切でない。循環血液量が不足していれば、起立によって血圧が低下し、失神や転倒を招くおそれもある。まず頻脈の原因評価を優先すべきである。
- ×c. 細胞外液の急速投与
頻脈の原因が出血や輸液不足による循環血液量減少であれば、細胞外液の急速投与は妥当な治療となる。しかし現時点では血圧などの循環動態が把握されておらず、急速輸液が必要かどうか判断できない。循環血液量が十分な状態で漫然と大量輸液を行うと、肺水腫や腸管浮腫、吻合部への悪影響を招きうる。血圧などを確認してから適応を判断する。
- ×d. カルシウム拮抗薬の投与
ベラパミルやジルチアゼムなどの非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬は、発作性上室頻拍の停止や心房細動の心拍数調節に用いられる。本例は徐々に心拍数が増加した整の頻脈で、洞性頻脈と考えられる。洞性頻脈は何らかの原因に対する生体の代償反応であり、薬で心拍数だけを下げるのは適切でない。さらに、カルシウム拮抗薬には血管拡張や心収縮力を抑える作用があり、循環血液量減少がある場合には血圧を急激に下げて病態を悪化させる危険がある。
- ×e. 自動体外式除細動器〈AED〉の装着
AEDは、心停止の傷病者で心室細動や無脈性心室頻拍を自動で判別し、電気ショックを行う機器である。本例は会話可能で、心拍数110/分、整の洞性頻脈と考えられ、心停止でも致死的不整脈でもない。すでに心電図モニターで監視されており、AEDを装着する意味はない。
術後頻脈の主な原因
・循環血液量減少:術後出血、術中・術後の輸液不足、サードスペースへの体液移行、腸閉塞に伴う体液喪失 ・交感神経の緊張:疼痛、不安・興奮、せん妄、シバリング、尿閉(膀胱の充満) ・発熱・感染:術後の吸収熱、縫合不全や腹腔内膿瘍、敗血症 ・呼吸の問題:低酸素血症、高二酸化炭素血症(呼吸抑制・無気肺など) ・心血管系:頻脈性不整脈(心房細動など)、心筋虚血、肺血栓塞栓症 ・その他:貧血、甲状腺クリーゼ、薬剤(β刺激薬など)やアルコール離脱
術後出血を疑うときの評価
・バイタルサイン:頻脈は血圧低下より先に現れることが多い。脈圧の狭小化、四肢の冷感、毛細血管再充満時間(CRT)の延長なども循環不全の手がかりとなる。 ・ショック指数(shock index)=心拍数÷収縮期血圧。1.0前後で約1 L(循環血液量の20%程度)、1.5前後で約1.5 Lの出血が目安とされる。 ・ドレーン排液の量と性状(血性か、増えていないか)、尿量(成人で0.5 mL/kg/時以上が目安)、ヘモグロビン値の推移、腹部の膨満、超音波検査での腹腔内液体貯留などを確認する。
洞性頻脈への考え方
洞性頻脈は原因に対する生理的な反応であり、治療の対象は頻脈そのものではなく原因である。原因を放置してβ遮断薬やカルシウム拮抗薬で心拍数だけを下げると、心拍出量を維持するための代償機構を奪い、ショックを悪化させることがある。
POINT
・術後に徐々に進行する整の頻脈は洞性頻脈であり、まず原因(特に術後出血などの循環血液量減少)を考える。 ・頻脈を認めたら、まず血圧の推移を確認して循環動態を評価する。 ・治療(輸液、薬物投与など)は評価に基づいて選び、評価前に行わない。 ・洞性頻脈を抗不整脈薬で抑えるのは誤りで、AEDは心停止時に用いる機器である。
