StudyMed医師国家試験

「桜、猫、電車」のあとに聞き忘れたこと―高齢者総合機能評価で見落とされた“気分”

第108回医師国家試験 E問題 第50問

国試問題にチャレンジ

第108回 E問題 第50問

78歳の男性。かかりつけ医からの紹介で総合病院の初診外来を受診した。担当医は高齢者総合機能評価〈CGA〉を意識した面接を行った。自己紹介や患者確認など導入部分を終えた後の医師と患者の会話を以下に示す。 医師「では,少し質問させてください。これから言う言葉を繰り返してください。後でまた聞きますから覚えておいてください。桜,猫,電車」 患者「桜,猫,電車」 医師「今日はどうやって病院まで来られましたか」 患者「タクシーで来ました」 医師「ご自宅ではどなたとお住まいですか」 患者「妻と息子夫婦の4人暮らしです」 医師「お風呂はどうしていますか,おひとりで入っておられますか」 患者「いや1人では湯船から上がるのは大変なので,ちょっと手伝ってもらっています」 医師「先ほど覚えていただいた言葉をもう一度言ってみてください」 患者「桜,猫,電車」  医師が聴取していない項目はどれか。

  1. a.気分
  2. b.生活環境
  3. c.認知機能
  4. d.基本的日常生活動作
  5. e.手段的日常生活動作

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、医師と患者の何気ない会話が、高齢者総合機能評価(CGA)のどの領域を評価しているのかを読み解く問題だ。一つひとつの質問の意図を確かめて、会話の中で「触れられていない領域」を探そう。そもそもCGAとは何か、説明できるかな。
医学生医学生
高齢者を病気だけでなく、生活の面も含めて評価する方法……くらいの理解です。
ドクタードクター
出発点としては十分だよ。CGAは、身体機能(基本的日常生活動作と手段的日常生活動作)、精神心理機能(認知機能・気分・意欲)、社会的環境を総合的に評価して、治療やケア、社会資源の利用計画に役立てる手法なんだ。では、最初の3つの言葉を繰り返してもらう質問は何を見ている?
医学生医学生
長谷川式やMMSEにも出てくる課題なので、認知機能ですね。精神科の実習で改訂長谷川式を取らせてもらったときにやりました。
ドクタードクター
その通り。最初に復唱させるのが即時再生、別の話をはさんで最後にもう一度言わせるのが遅延再生だ。遅延再生はアルツハイマー型認知症で早期から障害されやすい。この方は3語とも思い出せているね。では「どうやって病院まで来たか」という質問は?
医学生医学生
ただの世間話かと思っていました。歩けるかどうか、移動能力の確認ですか。
ドクタードクター
惜しい。ポイントは、交通機関を使って自分で外出できるかどうか。これは手段的日常生活動作(IADL)の評価にあたる。IADLには、買い物、食事の準備、家事、洗濯、服薬管理、金銭管理、電話の使用なども含まれるよ。
医学生医学生
なるほど。同居家族を聞くのは生活環境、お風呂のことは基本的日常生活動作の評価ですね。
ドクタードクター
そう。同居者や介護力の確認は社会的側面の評価で、入浴は食事・排泄・更衣・整容・移乗などと並ぶ基本的日常生活動作(BADL)だ。この方は湯船から上がるときに手伝いが必要だから、入浴は一部介助の状態とわかる。
医学生医学生
そうすると、残るのは気分ですね。たしかに落ち込みや意欲の低下については何も聞いていません。
ドクタードクター
正解。この面接には気分・情緒を評価する質問が抜けている。外来での簡易スクリーニングでは「自分が無力だと思うか」と尋ね、詳しく評価するときは高齢者用うつ尺度の短縮版(GDS-15)を使う。5点以上でうつ傾向を疑うんだ。
医学生医学生
その簡易スクリーニングには、ほかにどんな項目があるんですか。
ドクタードクター
CGA7と呼ばれる7項目だ。意欲(自分から進んで挨拶するかを観察)、3語の即時再生、外来までの移動手段、3語の遅延再生、入浴、排泄(失禁の有無)、そして気分。今回の面接はほぼこの流れに沿っていて、気分の質問だけが抜けているんだね。
医学生医学生
意欲は質問しなくても、診察室に入ってきたときの様子で評価するんですね。OSCEの医療面接でも挨拶は気にしていましたが、評価の視点になるとは思いませんでした。
ドクタードクター
面接の最初から評価は始まっている、ということだね。意欲を詳しくみるときはVitality Indexを使う。そして気分の評価が特に大事なのは、高齢者のうつは頻度が高いのに、身体症状を前面に訴えたり物忘れが目立ったりして、見逃されやすいからなんだ。
医学生医学生
物忘れが心配で受診した人が、実はうつ病だったということもあり得るんですね。
ドクタードクター
その通り。うつ病による認知機能低下は認知症と紛らわしく、両者が合併することもある。だからCGAでは気分を必ず評価する。領域ごとの代表的な評価法として、BADLはBarthel Index、IADLはLawtonの尺度、認知機能はHDS-RやMMSE、介護負担はZarit介護負担尺度をセットで覚えておこう。
医学生医学生
総合診療科の実習で、退院前カンファレンスに独居かどうかや主な介護者の情報が欠かせなかったのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにCGAが活きる場面だね。評価結果は退院支援や介護サービスの計画、多職種連携の共通言語になる。病気を治すだけでなく、その人の生活全体を見る姿勢こそがCGAの本質なんだ。

まとめ

高齢者総合機能評価(CGA)は、基本的日常生活動作、手段的日常生活動作、認知機能、気分・意欲、社会的環境を多角的に評価し、治療やケアの計画に生かす手法です。3語の即時再生と遅延再生は認知機能、「どうやって来院したか」は交通機関を使った外出というIADL、入浴の自立度はBADL、同居者の確認は生活環境の評価にあたり、本問の面接では気分を尋ねる質問だけが行われていません。気分は「自分が無力だと思うか」などで簡便に評価し、詳しくはGDS-15を用いますが、高齢者のうつは身体症状や物忘れの陰に隠れて見逃されやすいため特に注意が必要です。外来でも短時間で行えるCGA7の流れと各領域の代表的な評価法を押さえておくことは、高齢者診療や退院支援、多職種連携の基礎となります。

解答・解説

正解はaです

問われていること

高齢者総合機能評価(comprehensive geriatric assessment:CGA)は、高齢者を病気の有無だけでなく、身体機能・精神心理機能・社会的状況の面から多角的に評価する手法である。本問では、提示された医師と患者の会話の一つ一つが、CGAのどの評価領域に対応するかを読み取り、会話の中で触れられていない領域を選ぶ。

会話の各部分が何を評価しているか

1. 「桜、猫、電車」を繰り返させる(即時再生)→ 途中で別の話題をはさむ → 最後にもう一度言わせる(遅延再生):記憶を中心とした認知機能の評価である。この患者は遅延再生で3語とも正答している。 2. 「どうやって病院まで来られましたか」:交通機関を使って外出できるかを確認しており、手段的日常生活動作(IADL)の評価にあたる。 3. 「どなたとお住まいですか」:同居家族や介護力など生活環境(社会的状況)の評価である。 4. 「お風呂はおひとりで入っておられますか」:入浴という基本的日常生活動作(BADL)の評価である。浴槽から上がるときに介助を要しており、入浴動作が一部介助の状態と分かる。 以上から、会話には気分(抑うつなどの情緒面)を尋ねる質問が含まれていない。CGAでは「自分が無力だと思うか」などの質問で気分・情緒を評価するが、本面接ではその部分が行われていない。

選択肢考察

  1. ○a.  気分

    聴取していない項目であり、これが正解である。気分・情緒の評価では、抑うつ傾向の有無をみるため「自分が無力だと感じることがあるか」「毎日の生活に満足しているか」「以前楽しめていたことに興味を失っていないか」などを尋ねる。詳しい評価には高齢者用うつ尺度(Geriatric Depression Scale:GDS、短縮版は15項目)が用いられる。本問の会話にはこうした質問が一つもない。高齢者のうつは頻度が高く、認知症と紛らわしいこともあり、見逃されやすいため、CGAでは必ず評価すべき領域である。

  2. ×b.  生活環境

    聴取している。「ご自宅ではどなたとお住まいですか」という質問で、妻と息子夫婦との4人暮らしであることを確認しており、同居者の有無や家庭内の介護力といった生活環境(社会的環境)の評価にあたる。独居か否か、主な介護者は誰かは、退院支援や介護サービスの計画に直結する情報である。

  3. ×c.  認知機能

    聴取している。3つの単語(桜、猫、電車)を復唱させ、別の会話を挟んだ後に再度想起させる手順は、即時再生と遅延再生による記憶の評価である。改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMini-Mental State Examination(MMSE)にも含まれる課題で、特に遅延再生はアルツハイマー型認知症で早期から障害されやすい。本例は3語とも想起できている。

  4. ×d.  基本的日常生活動作

    聴取している。基本的日常生活動作(basic activities of daily living:BADL)は、食事、排泄、入浴、更衣、整容、移乗・移動など、身の回りの基本的な動作をいう。「お風呂はおひとりで入っておられますか」は入浴の自立度を尋ねており、BADLの評価である。本例は浴槽から出るときに介助を要している。

  5. ×e.  手段的日常生活動作

    聴取している。手段的日常生活動作(instrumental activities of daily living:IADL)は、買い物、食事の準備、家事、洗濯、交通機関を使った外出、服薬管理、金銭管理、電話の使用など、自立した社会生活に必要なより複雑な動作をいう。「どうやって病院まで来られましたか」は交通手段を使って外出できるかを確認しており、IADLの評価である。本例はタクシーを利用して来院できている。

高齢者総合機能評価(CGA)とは

高齢者の問題を医学的な疾患の診断だけでなく、日常生活機能、認知機能、気分・意欲などの精神心理面、家族構成・介護力・経済状況・住環境などの社会的側面から総合的に評価し、治療やケア、社会資源の利用計画に役立てる手法である。CGAに基づく介入は、生活機能の維持や施設入所の減少などに有用とされる。

主な評価領域と代表的な評価法

・基本的日常生活動作(BADL):Barthel Index(食事、移乗、整容、トイレ動作、入浴、歩行、階段昇降、更衣、排便・排尿コントロールの10項目、100点満点)、Katz Index ・手段的日常生活動作(IADL):Lawtonの尺度(電話、買い物、食事の準備、家事、洗濯、移動・外出、服薬管理、金銭管理) ・認知機能:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R、30点満点で20点以下は認知症の疑い)、MMSE(30点満点で23点以下は認知症の疑い) ・気分・情緒:高齢者用うつ尺度短縮版(GDS-15、5点以上でうつ傾向の疑い) ・意欲:Vitality Index ・社会的側面:家族構成、介護者の有無と介護負担(Zarit介護負担尺度など)、住環境、経済状況

CGA7(外来などで行う簡易スクリーニング)

7項目の簡単な質問・観察で各領域を短時間にふるい分ける方法で、本問の面接はこの流れに近い。 1. 意欲:外来では患者が自分から進んで挨拶するかを観察する 2. 認知機能:3つの単語の復唱(即時再生) 3. 手段的ADL:外来では「ここまでどうやって来たか」を尋ねる 4. 認知機能:先ほどの3単語の遅延再生 5. 基本的ADL:入浴を一人でできるか 6. 基本的ADL:排泄(失禁の有無) 7. 情緒・気分:「自分が無力だと思うか」 問題があった項目については、上記の詳しい評価法で精査する。本問の面接では、7の情緒・気分に相当する質問が行われていない。

POINT

・CGAは、身体機能(BADL・IADL)、精神心理機能(認知機能・気分・意欲)、社会的環境を総合的に評価する。 ・3単語の即時再生と遅延再生 → 認知機能。 ・「ここまでどうやって来たか」(交通機関の利用・外出)→ IADL。 ・入浴・排泄・食事・更衣など身の回りの動作 → BADL。 ・同居者・介護者の確認 → 生活環境(社会的側面)。 ・気分は「自分が無力だと思うか」などで評価し、詳しくはGDSを用いる。高齢者のうつは見逃されやすい。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。