なぜ左足ばかり?―解剖の非対称性で読み解く妊婦の深部静脈血栓症
第108回医師国家試験 E問題 第24問
国試問題にチャレンジ
妊婦の合併症で左側に多く発生するのはどれか。
- a.腎盂拡張
- b.尿管結石症
- c.卵管膨大部妊娠
- d.Bartholin腺嚢胞
- e.下肢深部静脈血栓症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妊婦の合併症の左右差は、骨盤内の解剖学的な非対称性で説明できます。下肢深部静脈血栓症は、左総腸骨静脈が右総腸骨動脈と腰椎にはさまれて圧迫される(May-Thurner症候群)ため左に多く、妊娠による凝固能亢進と増大子宮による静脈圧迫が加わるとリスクがさらに高まります。一方、生理的水腎症は子宮の右傾・右回旋、S状結腸による左尿管の保護、右卵巣静脈の圧迫により右に多く、尿管結石症、卵管膨大部妊娠、Bartholin腺嚢胞には明らかな左右差はありません。妊娠・産褥期の静脈血栓塞栓症は母体死亡につながりうるため、診断は下肢静脈超音波、抗凝固はヘパリンという原則とともに押さえておくことが重要です。
解答・解説
正解はeです
妊婦に起こる合併症のうち、発生部位に左右差が生じるものは、骨盤内の血管や臓器の位置関係(解剖学的な非対称性)によって説明できる。本問のテーマで押さえるべきなのは次の2つである。 ・左に多い:下肢深部静脈血栓症(DVT) 左総腸骨静脈は、その前方を右総腸骨動脈が横切って走り、後方からは腰椎(第5腰椎)で押されるため、両者の間にはさまれて圧迫されやすい。さらに前方にS状結腸が位置する。このため左下肢の静脈還流は右よりも滞りやすく、妊娠による凝固能亢進と増大子宮による骨盤静脈の圧迫が加わると、左側に血栓が生じやすい。 ・右に多い:腎盂拡張(生理的水腎症) 妊娠子宮は右に傾き右回旋しやすく、また左側はS状結腸がクッションとなって尿管への圧迫が和らぐ。右卵巣静脈が拡張して右尿管と交差する部位で圧迫することも加わり、右側優位になる。 それ以外の選択肢(尿管結石症、卵管膨大部妊娠、Bartholin腺嚢胞)には、妊婦で明らかな左右差は知られていない。
選択肢考察
- ×a. 腎盂拡張
誤り。妊娠中は黄体ホルモン(プロゲステロン)による尿管平滑筋の弛緩と、増大子宮による尿管の機械的圧迫によって、腎盂・尿管が拡張する(生理的水腎症)。拡張は妊娠中期(20週台前半ごろ)に目立つようになり、分娩後数週で元に戻る。発生は右側に多い。その理由は、①子宮が右に傾き右回旋しやすいこと、②左尿管はS状結腸によって子宮の圧迫から守られること、③妊娠中に拡張した右卵巣静脈が右尿管と交差する部位で尿管を圧迫すること、である。右優位の尿停滞は、妊婦の急性腎盂腎炎が右側に多いことにもつながる。
- ×b. 尿管結石症
誤り。妊娠中は尿路の拡張・尿流停滞や尿中カルシウム排泄の増加が起こるが、妊婦の尿管結石症に明らかな左右差があるとは言えない。なお、妊婦の尿管結石の画像検査では、被曝を避けるため超音波検査が第一選択となる。
- ×c. 卵管膨大部妊娠
誤り。卵管膨大部は異所性妊娠(子宮外妊娠)が最も起こりやすい部位である(異所性妊娠の大部分は卵管妊娠で、その中でも膨大部が最多)。しかし、左右どちらの卵管に起こりやすいかについて明らかな差はない。発生のしやすさは、クラミジア感染などによる卵管炎、骨盤内手術の既往、過去の異所性妊娠などの危険因子に左右される。
- ×d. Bartholin腺嚢胞
誤り。Bartholin腺(大前庭腺)は腟口の左右後方(4時・8時方向)にある分泌腺で、その導管が閉塞すると分泌物がたまって嚢胞となる。感染を起こすと膿瘍となり強い痛みを伴う。左右どちらにも生じ、妊婦で左側に多いという特徴はない。
- ○e. 下肢深部静脈血栓症
正しい。下肢深部静脈血栓症(DVT: deep vein thrombosis)は左側に多く、妊婦ではその傾向が特に強い。左総腸骨静脈は前方を右総腸骨動脈に横切られ、後方の腰椎との間ではさまれて圧迫されるうえ、前方にS状結腸もあるため、血流がうっ滞しやすい(この圧迫を腸骨静脈圧迫症候群、May-Thurner症候群という)。妊娠中はこれに、エストロゲンによる凝固因子の増加・線溶の低下(血液凝固能の亢進)と、増大子宮による骨盤静脈の圧迫が重なり、Virchowの3要素(血流うっ滞・血管内皮障害・凝固能亢進)がそろいやすい。DVTは肺血栓塞栓症の原因となり、母体死亡の重要な原因の一つである。
妊娠・産褥期の静脈血栓塞栓症(VTE)
・妊娠中は非妊時に比べて静脈血栓塞栓症のリスクが数倍に高まり、産褥期、特に帝王切開後はさらに高い。 ・危険因子:帝王切開、高年妊娠、肥満、長期臥床、多胎妊娠、妊娠高血圧症候群、血栓症の既往、血栓性素因(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC・S欠乏症、抗リン脂質抗体症候群など) ・症状:片側下肢の腫脹・疼痛・色調変化、Homans徴候(足関節の背屈で腓腹部痛)など。 ・診断:下肢静脈超音波検査(圧迫法で静脈がつぶれないことを確認)が第一選択。Dダイマーは除外に有用だが、妊娠中は生理的に上昇するため解釈に注意する。 ・予防:早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じて抗凝固療法。 ・治療:妊娠中の抗凝固療法にはヘパリン(未分画ヘパリンなど)を用いる。ワルファリンは胎盤を通過し催奇形性(ワルファリン胎芽病)があるため、妊娠中は原則として使用しない。
妊娠に伴う左右差のまとめ
・左に多い:下肢DVT(左総腸骨静脈が右総腸骨動脈と腰椎にはさまれる) ・右に多い:生理的水腎症、妊婦の急性腎盂腎炎(子宮の右傾・右回旋、左はS状結腸がクッション、右卵巣静脈による尿管圧迫)
POINT
・下肢深部静脈血栓症は左に多い:左総腸骨静脈が右総腸骨動脈と腰椎の間で圧迫される(May-Thurner症候群)。 ・妊娠中の腎盂拡張(生理的水腎症)は右に多い:子宮の右傾・右回旋、S状結腸による左尿管の保護、右卵巣静脈の圧迫。 ・妊娠・産褥期は凝固能亢進でVTEのリスクが高く、帝王切開後は特に注意。診断は下肢静脈超音波、妊娠中の抗凝固はヘパリン。
