焼肉に惑わされるな―「食後3時間の嘔吐」が指し示す毒素型食中毒
第106回医師国家試験 I問題 第52問
国試問題にチャレンジ
30歳の男性。吐き気と下痢とを主訴に来院した。午後10時に焼肉とおにぎりとを食べた。午前1時から嘔吐し始め,水様下痢を伴うようになり次第に増悪したため午前3時ころ受診した。体温36.2℃。脈拍80/分,整。 原因菌として最も考えられるのはどれか。
- a.サルモネラ
- b.腸炎ビブリオ
- c.黄色ブドウ球菌
- d.腸管出血性大腸菌
- e.カンピロバクター
対話形式の解説
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ドクターまとめ
食中毒の原因菌は、潜伏期、原因食品、症状(嘔吐主体か下痢主体か、発熱・血便の有無)の3点から推定します。食後数時間で嘔吐が前面に出て発熱がなければ、食品中であらかじめ産生された毒素による毒素型を考え、おにぎりや弁当が原因なら黄色ブドウ球菌が最も疑われます。黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンは耐熱性のため加熱しても防げず、手指の化膿巣からの汚染防止と食品の室温放置を避けることが予防の基本です。一方、腸管出血性大腸菌やカンピロバクターは潜伏期が数日と長く、サルモネラや腸炎ビブリオも半日以上を要し、発熱や血便を伴いやすい点で区別できます。目立つ食品名に惑わされず潜伏期から感染型か毒素型かを見極める考え方は、救急外来や集団食中毒の初期対応でも役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・30歳男性。午後10時に焼肉とおにぎりを摂取。 ・摂取から約3時間後の午前1時に嘔吐が始まり、その後に水様下痢が加わって増悪した。 ・体温36.2℃で発熱はない。脈拍80/分で頻脈もない。血便の記載もない。
診断へのプロセス
食後まもなく発症した急性の消化器症状であり、食中毒(細菌性胃腸炎)をまず考える。細菌性食中毒の原因菌を推定する手がかりは、主に次の3点である。 1. 潜伏期(食べてから症状が出るまでの時間) 2. 原因となりやすい食品 3. 症状の特徴(嘔吐が主体か下痢が主体か、発熱・血便の有無) 本例は潜伏期が約3時間と非常に短い。細菌が腸管内で増殖して症状を起こす「感染型」では、菌が増えるまでに少なくとも半日前後から数日を要するため、3時間での発症は説明しにくい。これに対して、食品中ですでに菌が産生した毒素を食べることで発症する「毒素型(食品内毒素型)」では、摂取後数時間で症状が出る。代表が黄色ブドウ球菌(潜伏期はおよそ1〜6時間、平均約3時間)であり、嘔吐が前面に出て、発熱を伴わないことが多い。原因食品としては、調理者の手指の傷(化膿巣)などから菌が付着しやすいおにぎり・弁当・サンドイッチなど、手で扱う食品が典型的である。 焼肉(加熱不十分な肉)からは腸管出血性大腸菌やカンピロバクターも想起されるが、これらは潜伏期が数日単位と長く、本例の経過に合わない。以上から、おにぎりを介した黄色ブドウ球菌による毒素型食中毒が最も考えられる。
設問の考え方
「食品」だけで判断すると焼肉に引っ張られやすいが、最も決め手になるのは潜伏期である。潜伏期3時間・嘔吐主体・無熱という組み合わせから毒素型を選ぶことがポイントとなる。
選択肢考察
- ×a. サルモネラ
サルモネラは感染型食中毒の原因菌で、潜伏期はおよそ6〜72時間(多くは12〜48時間)である。鶏卵やその加工品、鶏肉などが主な原因食品となる。38℃以上の発熱、腹痛、下痢が目立ち、粘血便を伴うこともある。本例は摂取後約3時間で発症しており、発熱もないため合わない。
- ×b. 腸炎ビブリオ
腸炎ビブリオは好塩性の菌で、刺身・寿司などの生の魚介類が主な原因食品となり、夏季に多い。潜伏期はおよそ8〜24時間(平均約12時間)で、上腹部の強い腹痛と水様下痢が主体であり、発熱を伴うこともある。血便はみられないこともある。本例は魚介類の摂取歴がなく、潜伏期も3時間と短すぎるため考えにくい。
- ○c. 黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌は食品中で増殖する際に耐熱性の腸管毒(エンテロトキシン)を産生し、これを摂取することで発症する毒素型食中毒の原因菌である。毒素がすでに食品中に存在するため潜伏期は約1〜6時間(平均約3時間)と短い。悪心・嘔吐が急激に始まり、腹痛・下痢を伴い、通常は発熱しない。手指の化膿巣などから菌が付着したおにぎりや弁当が典型的な原因食品である。本例の潜伏期約3時間、嘔吐先行、無熱、おにぎり摂取はいずれもこれに合致する。
- ×d. 腸管出血性大腸菌
腸管出血性大腸菌(EHEC、O157など)は、加熱不十分な牛肉(焼肉・ハンバーグ)や生野菜などを介して感染し、ベロ毒素(志賀毒素)を産生する。潜伏期はおよそ3〜8日と長い。激しい腹痛と水様下痢に続いて血便がみられるのが特徴で、溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併することがある。焼肉の摂取歴はあるが、3時間での発症は潜伏期の点で合わない。
- ×e. カンピロバクター
カンピロバクターは鶏肉(鶏刺し、加熱不十分な焼き鳥・焼肉など)が主な原因食品で、わが国の細菌性食中毒で事件数が最も多い菌の一つである。潜伏期はおよそ2〜7日と長く、発熱、腹痛、下痢が主症状で、血便を伴うこともある。感染後にギラン・バレー症候群を起こすことがある点も重要である。本例は発症までが短すぎ、発熱もないため合わない。
細菌性食中毒の分類
・感染型:摂取した菌が腸管内で増殖して発症する。潜伏期は半日〜数日と長めで、発熱を伴うことが多い。例:サルモネラ、腸炎ビブリオ、カンピロバクター。 ・毒素型(食品内毒素型):食品中で菌が産生した毒素を摂取して発症する。潜伏期が短い(数時間)。毒素が作られていれば菌が死滅していても発症しうる。例:黄色ブドウ球菌、セレウス菌(嘔吐型)、ボツリヌス菌。 ・生体内毒素型:摂取した菌が腸管内で増殖・毒素を産生して発症する。例:腸管出血性大腸菌、ウェルシュ菌、セレウス菌(下痢型)、コレラ菌。
主な原因菌と潜伏期・原因食品の目安
・黄色ブドウ球菌:1〜6時間(平均約3時間)。おにぎり、弁当、サンドイッチ。嘔吐主体・無熱。 ・セレウス菌(嘔吐型):1〜5時間程度。チャーハン、ピラフなどの米飯類。 ・腸炎ビブリオ:8〜24時間。生の魚介類。 ・サルモネラ:6〜72時間。鶏卵、鶏肉。発熱が目立つ。 ・ウェルシュ菌:6〜18時間。カレー・シチューなど大量調理した煮込み料理。 ・カンピロバクター:2〜7日。鶏肉。ギラン・バレー症候群との関連。 ・腸管出血性大腸菌:3〜8日。牛肉、生野菜。血便、HUS。
黄色ブドウ球菌エンテロトキシンの特徴
エンテロトキシンは耐熱性で、100℃・30分程度の加熱でも失活しにくい。そのため、菌が増殖した後に加熱しても食中毒は防げない。予防の基本は、手指に傷や化膿巣のある人が素手で食品を扱わないこと、調理後の食品を室温で長く放置しないことである。治療は補液などの対症療法が中心で、通常1日程度で回復し、抗菌薬は一般に不要である。
POINT
・食中毒の原因菌は「潜伏期」「原因食品」「症状(嘔吐主体か、発熱・血便の有無)」から推定する。 ・潜伏期が数時間と短く、嘔吐が主体で発熱がなければ毒素型(黄色ブドウ球菌、セレウス菌嘔吐型)を考える。 ・黄色ブドウ球菌:潜伏期約3時間、おにぎり・弁当、耐熱性エンテロトキシン、無熱。 ・腸管出血性大腸菌・カンピロバクターは潜伏期が数日単位で、血便や発熱を伴いやすい。
