「腕が動かない!」の正体は肩ではなく肘―手を引っ張られた幼児の肘内障
第106回医師国家試験 I問題 第48問
国試問題にチャレンジ
3歳の男児。右腕が動かないことを心配した母親に伴われて来院した。母親がつないでいる児の右手を急に引っ張り上げた直後から,児は右上肢を下垂したまま動かさなくなったという。右手指の自動運動は可能である。歩行に異常を認めない。 障害されている部位として最も考えられるのはどれか。
- a.頸椎
- b.鎖骨
- c.肩関節
- d.肘関節
- e.手関節
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
1〜5歳前後の幼児が手を引っ張られた直後から上肢を下垂して動かさなくなった場合は、肘内障を第一に考え、障害部位は肘関節です。肘伸展・前腕回内位での牽引により、未発達な橈骨頭から輪状靱帯がずれて腕橈関節に挟まることが本態で、手指は動き、腫脹や変形はみられません。強い外力がないことから鎖骨骨折や肩関節脱臼は考えにくく、手指が動くことから頸椎や手関節の障害も否定的です。典型例はX線で異常を示さないため臨床的に診断し、回外屈曲法や過回内法で徒手整復すれば速やかに腕を使い始めますが、転倒歴や腫脹があれば骨折を疑って画像検査を行います。「腕が動かない」という訴えにとらわれず年齢と受傷機転から部位を絞る考え方は、小児外傷の初期診療で役立つ基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・年齢: 3歳の幼児。 ・受傷機転: 手をつないで歩いている最中に、母親が児の右手を急に上方へ引っ張り上げた。すなわち、肘を伸ばし前腕を回内した状態で上肢が長軸方向に牽引された。転倒や打撲などの直接外力はない。 ・症状: 直後から右上肢をだらりと下げたまま動かそうとしない(いわゆる偽性麻痺)。 ・右手指の自動運動は保たれている。 ・歩行は正常。
診断へのプロセス
幼児が「腕を引っ張られた直後から腕を動かさなくなった」という病歴は、肘内障(橈骨頭亜脱臼、pulled elbow / nursemaid's elbow)に極めて典型的である。肘伸展・前腕回内位で牽引されると、橈骨頭を取り巻く輪状靱帯が橈骨頭から滑り、腕橈関節の間に一部が挟み込まれる。これにより疼痛が生じ、児は肘をやや屈曲または伸展・前腕回内位に保ったまま上肢を下垂させて動かさなくなる。 手指の自動運動が可能であることから、末梢神経麻痺(腕神経叢損傷など)や手関節レベルの障害は否定的である。歩行異常がないことから、中枢神経系や全身性の問題も考えにくい。また、転倒などの強い外力が加わっていないため、鎖骨骨折や肩関節脱臼のような骨・関節の重い外傷を起こすほどのエネルギーは働いていない。
設問への考え方
以上より本症例は肘内障であり、障害されている部位は肘関節(腕橈関節および近位橈尺関節の周囲にある輪状靱帯)である。「腕を動かさない」という訴えから肩の異常と誤認されやすいが、受傷機転と年齢から肘関節を想起することが要点となる。
選択肢考察
- ×a. 頸椎
頸椎の障害(頸髄損傷や神経根障害)であれば、上肢の筋力低下やしびれが髄節・神経根の支配域に沿って現れ、手指の運動障害も伴いやすい。本例では手指の自動運動は保たれ、腕を引っ張られる程度の牽引で頸椎が損傷されることも通常ない。発症前は正常に手をつないで歩いていた点からも考えにくい。
- ×b. 鎖骨
鎖骨骨折も小児に多く、患肢を動かさなくなるという点は似ている。しかし鎖骨骨折の多くは転倒して肩や手をついたときなどの介達・直達外力で起こり、骨折部の腫脹・圧痛・変形を伴う。本例には転倒や打撲の既往がなく、手を引き上げられただけでは骨折を起こすほどの外力は加わっていないため否定的である。
- ×c. 肩関節
上肢を下垂させて動かさない様子は一見肩の障害を思わせる。しかし肩関節は腱板をはじめ多くの筋・靱帯に支持されており、幼児が手を引き上げられた程度の牽引で脱臼などを起こすことはまれである。外傷性肩関節脱臼は主に青年期以降にみられ、3歳児でこの受傷機転から考えるべき部位ではない。
- ○d. 肘関節
幼児が肘伸展・前腕回内位で手を急に引っ張られた直後から上肢を下垂して動かさなくなった経過は、肘内障の典型である。幼児では橈骨頭が未発達で輪状靱帯による固定が緩いため、牽引によって輪状靱帯が橈骨頭から外れかけ、腕橈関節に嵌頓する。障害部位は肘関節であり、徒手整復(前腕回外・肘屈曲、または前腕過回内)で輪状靱帯を戻すと、多くは数分以内に上肢を使い始める。
- ×e. 手関節
手関節の骨折や捻挫であれば手関節周囲の腫脹・圧痛がみられ、痛みのため手指や手関節の運動も制限されることが多い。本例は手指の自動運動が可能で、手関節への直接外力も加わっていないため考えにくい。
肘内障(橈骨頭亜脱臼)の概要
・好発年齢: 1〜5歳前後の幼児(特に2〜3歳)に多い。橈骨頭が小さく輪状靱帯の支持が弱いことが素因であり、成長とともに起こりにくくなる。左右差では左側にやや多いとされる(利き手でない側を大人がつなぐことが多いため)。 ・機序: 肘伸展・前腕回内位で上肢が長軸方向に牽引されると、輪状靱帯の一部が橈骨頭を乗り越えて近位へずれ、腕橈関節内に挟まる。厳密には骨の脱臼ではなく、輪状靱帯の亜脱臼・嵌頓である。 ・受傷機転: 手をつないで歩いていて転びそうになったときに引き上げる、腕を持って持ち上げる、着替えで袖を引っ張る、寝返り時に腕が体の下に入る、など。 ・症状: 上肢を下垂し、前腕を軽く回内した肢位で動かさない(偽性麻痺)。腫脹・変形・皮下出血は通常みられない。肘の外側(橈骨頭付近)に圧痛を認めることがある。手指は動かせる。 ・診断: 年齢と典型的な受傷機転から臨床的に診断する。単純X線では異常を認めないため、X線は骨折を疑う場合(転倒・腫脹・変形・強い圧痛がある場合など)に撮影する。 ・治療: 徒手整復。母指を橈骨頭に当て、前腕を回外しながら肘を屈曲する方法(回外屈曲法)や、前腕を強く回内する方法(過回内法)がある。整復時にクリック(コクッという感触)を触れることが多く、整復後は数分〜十数分で上肢を普通に使い始める。固定は通常不要である。 ・再発予防: 再発しやすいため、手や前腕を急に強く引っ張らないよう保護者に指導する。
鑑別の要点
・鎖骨骨折: 転倒などの外力、局所の腫脹・圧痛・変形。 ・上腕骨顆上骨折: 転倒して手をついた後の肘の著明な腫脹・変形。血管・神経損傷やフォルクマン拘縮に注意。 ・分娩麻痺(腕神経叢損傷): 新生児期の上肢麻痺で、手指の運動障害を伴うことがある。 ・整復しても改善しない場合や腫脹がある場合は、骨折など他疾患を考えてX線検査を行う。
POINT
・幼児(1〜5歳前後)が手を引っ張られた直後から腕を下垂して動かさない → 肘内障(橈骨頭の輪状靱帯亜脱臼)。障害部位は肘関節。 ・腫脹・変形がなく、手指は動く。X線では異常なし。 ・治療は徒手整復(回外屈曲法または過回内法)。整復後すぐに腕を使い始め、固定は不要。 ・再発しやすいので、腕を急に引っ張らないよう保護者に指導する。
