手術までの2日間をどう過ごすか―大腿骨頸部骨折の術前は「健側を鍛える」が正解
第106回医師国家試験 E問題 第54問
国試問題にチャレンジ
78歳の女性。自宅内の段差につまずいて転倒し,歩行不能となったため搬入された。全身状態は良好である。精査の結果,右大腿骨頸部骨折(内側骨折)と診断され,2日後に人工骨頭置換術を予定した。 手術までの対応として適切なのはどれか。
- a.右股関節ギプス固定
- b.右大腿骨直達牽引
- c.左下肢の運動療法
- d.自己導尿の指導
- e.車椅子の処方
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高齢者の大腿骨頸部骨折は骨粗鬆症を背景に転倒で起こる代表的な骨折で、治療の基本は早期手術と早期離床です。手術までの待機中も、健側下肢や上肢の運動療法で筋力を維持しておくことが、術後のリハビリを円滑にし、廃用症候群や深部静脈血栓症の予防にもつながります。早期手術を予定している場合、術前のギプス固定や牽引(特に侵襲的な直達牽引)は有効性がなく、自己導尿の指導や車椅子の処方もこの時期には不要です。頸部(内側)骨折は関節包内骨折のため骨頭壊死や偽関節を起こしやすく、転位型では人工骨頭置換術が選ばれることが多い点も合わせて押さえておきましょう。「局所の固定」より「全身の機能維持」を優先する考え方は、高齢者医療全般に通じる重要な視点です。
解答・解説
正解はcです
状況の整理
高齢女性が自宅内の段差で転倒し、歩行不能となった。精査で右大腿骨頸部骨折(内側骨折)と診断され、2日後に人工骨頭置換術を行う予定である。全身状態は良好である。設問は、診断から手術までの短い待機期間に何をすべきかを問うている。
考え方
大腿骨頸部(内側)骨折は、骨粗鬆症を背景とする高齢者の転倒で起こる代表的な骨折である。関節包内の骨折であるため骨膜による骨癒合が期待しにくく、大腿骨頭への血流も障害されやすいため、転位のある骨折では偽関節や大腿骨頭壊死を避ける目的で人工骨頭置換術が選ばれることが多い。高齢者は臥床が長引くと、筋萎縮・筋力低下、関節拘縮、褥瘡、深部静脈血栓症(DVT)・肺血栓塞栓症、肺炎、尿路感染症、せん妄・認知機能低下などの廃用症候群や合併症を起こしやすい。このため、治療の基本は早期手術・早期離床であり、手術待機中から術後を見据えたリハビリテーションを始めておくことが重要である。 手術前の患肢は疼痛が強いため動かしにくいが、健側(本例では左下肢)や上肢は積極的に動かせる。健側下肢の筋力を保っておくことは、術後の起立・移乗・歩行訓練を円滑に進めるうえで役立ち、下肢の筋ポンプ作用によってDVTの予防にもつながる。一方、患部の外固定や牽引は早期に手術する場合には有効性が示されておらず、術前の短期間に自己導尿や車椅子の準備をする必要もない。
選択肢考察
- ×a. 右股関節ギプス固定
大腿骨頸部骨折は2日後に手術で治療する予定であり、術前にギプスで股関節を固定する意義はない。股関節のギプス固定は骨盤から下肢まで広範囲に及ぶため、高齢者では体動をさらに制限し、褥瘡、皮膚障害、神経圧迫、DVTなどの合併症を招きやすい。手術室での処置や術前管理の妨げにもなるため、行わない。
- ×b. 右大腿骨直達牽引
直達牽引は骨にキルシュナー鋼線などを刺入して牽引する方法で、侵襲があり、刺入部感染のリスクも伴う。かつては疼痛軽減や整復位保持の目的で大腿骨頸部骨折の術前に牽引(主に介達牽引)が行われていたが、早期手術を行う場合には疼痛軽減や術後成績の改善効果が認められず、現在は術前にルーチンで行うことは勧められていない。まして侵襲的な直達牽引を行う理由はない。
- ○c. 左下肢の運動療法
健側である左下肢の筋力を術前から維持しておくことは、術後早期の起立・移乗・歩行訓練をスムーズに進め、早期離床と機能回復を助ける。下肢の筋肉は量が多く、使わないと急速に萎縮するため、高齢者では数日の臥床でも筋力低下が目立ちやすい。また、足関節の底背屈運動などで下肢の筋ポンプを働かせることは、静脈うっ滞を減らしDVTの予防にもつながる。上肢の運動や呼吸訓練も併せて行うとよい。
- ×d. 自己導尿の指導
自己導尿(清潔間欠自己導尿)は、神経因性膀胱などで長期にわたって自力排尿が困難な患者に指導するものである。本例は排尿機能そのものに障害はなく、術前は疼痛のため体動が困難なので、おむつ、便器、あるいは医療者による導尿・尿道カテーテル留置で一時的に管理すればよい。手術と離床によって解消する一時的な問題であり、自己導尿を指導する必要はない(患肢の疼痛で姿勢をとることも難しい)。
- ×e. 車椅子の処方
術前の大腿骨頸部骨折(転位型)では、股関節を動かすと強い疼痛が生じるため、車椅子への移乗や座位保持は困難なことが多い。2日後に手術を控えた段階で車椅子を用意する必要はない。車椅子は、術後に離床を進める過程で、歩行が安定するまでの移動手段として必要に応じて使用するものである。
大腿骨近位部骨折の分類
・大腿骨頸部骨折(内側骨折):関節包内の骨折。骨膜性の仮骨形成が乏しく、骨頭への血流(主に内側大腿回旋動脈の枝)が途絶えやすいため、偽関節や大腿骨頭壊死を起こしやすい。 ・大腿骨転子部骨折(外側骨折):関節包外の骨折。血流が豊富で骨癒合は得られやすいが、出血量が多くなりやすい。
Garden分類(頸部骨折の転位の程度)
・StageⅠ:不完全骨折(外反嵌入型を含む) ・StageⅡ:転位のない完全骨折 ・StageⅢ:部分的に転位した完全骨折 ・StageⅣ:完全に転位した完全骨折 一般にⅠ・Ⅱ(非転位型)は骨接合術(ハンソンピン、キャニュレイテッドスクリューなど)、Ⅲ・Ⅳ(転位型)の高齢者では人工骨頭置換術(活動性の高い例などでは人工股関節全置換術)が選択される。転子部骨折ではγネイルなどの髄内釘やCHS(compression hip screw)による骨接合術を行う。嵌入型骨折では疼痛が軽く、歩行できることもあるので見逃しに注意する。
治療の原則
・保存療法は長期臥床となり、廃用や合併症で生命予後・機能予後が悪化するため、全身状態が許せば手術療法を選択する。 ・可能な限り早期(受傷後早期、できれば48時間以内が望ましいとされる)に手術し、術後翌日などから早期離床・荷重歩行訓練を行う。欧米では受傷後24〜48時間以内の手術が一般的だが、日本では術前評価などのため待機期間が長くなる傾向があり、早期手術の推進が課題とされている。 ・術前から、健側下肢・上肢の筋力訓練、呼吸訓練、DVT予防(弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、足関節運動など)、褥瘡予防、せん妄予防を行う。 ・術前の牽引(介達・直達)はルーチンには推奨されない。
臥床に伴う主な合併症
筋萎縮・筋力低下、関節拘縮、骨萎縮、褥瘡、DVT・肺血栓塞栓症、誤嚥性肺炎・沈下性肺炎、尿路感染症、便秘、せん妄、認知機能低下、起立性低血圧、心肺機能の低下。
POINT
・高齢者の大腿骨頸部骨折は、早期手術・早期離床が原則である。 ・術前待機中は、健側下肢や上肢の運動療法で筋力を維持し、術後リハビリと廃用予防・DVT予防に備える。 ・早期手術を予定する場合、術前のギプス固定や牽引(特に侵襲的な直達牽引)は有効性がなく行わない。 ・術前は疼痛で体動困難なため、排尿は一時的な導尿・おむつなどで管理し、自己導尿指導や車椅子移動は不要である。 ・頸部(内側)骨折は関節包内で骨頭壊死・偽関節を起こしやすく、転位型では人工骨頭置換術が選ばれる。
