真夏の校庭で目がチカチカ―光化学オキシダントは「空でつくられる」汚染物質
第105回医師国家試験 G問題 第55問
国試問題にチャレンジ
8月上旬のある日。午後3時過ぎに,都市部にある中学校の生徒8人が相次いで,頭痛,咽頭痛,咳,目がチカチカするなどの訴えで来院した。いずれの生徒も校庭でクラブ活動をしていたという。天気は快晴。気温35.2℃,湿度60%。風向および風速は南南西の風1.2メートル/秒であった。 この現象の原因物質の生成に関与するのはどれか。2つ選べ。
- a.硫化水素
- b.アンモニア
- c.二酸化窒素
- d.ダイオキシン類
- e.揮発性有機化合物
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
夏の晴れた日の午後、風が弱い都市部の屋外で、眼のチカチカ感・咽頭痛・咳・頭痛といった粘膜刺激症状が集団発生したときは、光化学オキシダントによる健康被害を考えます。光化学オキシダントは主成分をオゾンとする二次汚染物質で、窒素酸化物(二酸化窒素など)と揮発性有機化合物が太陽の紫外線により光化学反応を起こして大気中で生成されます。硫化水素は閉鎖空間での中毒、アンモニアは刺激臭をもつ漏出事故の原因、ダイオキシン類は不完全燃焼で生じる慢性毒性の物質であり、いずれも前駆物質ではありません。環境基準は1時間値0.06 ppm以下で達成率はほぼ0%、0.12 ppm以上で注意報が発令され、対応は屋内退避・洗眼・うがい・安静が基本です。一次汚染物質と二次汚染物質を区別し、気象条件と症状から原因を推定する考え方は、環境保健や学校保健の実践に直結します。
解答・解説
正解はc, eです
所見の整理
・時期と時間帯: 8月上旬、午後3時過ぎ(夏の日中、日射が最も強い時間帯の直後) ・場所: 都市部の中学校の校庭(屋外) ・発症様式: 同じ場所にいた生徒8人が相次いで発症した集団発生 ・症状: 頭痛、咽頭痛、咳、目がチカチカする(眼・気道の粘膜刺激症状が中心) ・気象条件: 快晴、気温35.2℃、湿度60%、風速1.2 m/秒の弱い南南西の風
診断へのプロセス
同じ時間帯に同じ屋外環境にいた複数人が同時に似た症状を訴えていることから、個人の疾患ではなく、共通の環境要因(大気中の物質)による健康被害をまず考える。 高温環境なので熱中症も思い浮かぶが、熱中症であれば倦怠感、めまい、筋けいれん、意識障害などが中心となり、眼の刺激感や咽頭痛・咳といった粘膜刺激症状が主体となることはない。花粉症などのアレルギーも粘膜症状を起こすが、8人がほぼ同時刻に一斉に発症する説明にはならない。 「夏」「強い日射(快晴)」「気温が高い」「風が弱く汚染物質が拡散しにくい」「自動車交通の多い都市部」「午後の時間帯」という条件は、光化学オキシダントの濃度が上昇する典型的な状況である。さらに、眼のチカチカ感、咽頭痛、咳、頭痛は光化学オキシダントによる健康被害(いわゆる光化学スモッグ被害)の代表的な症状であり、本例は光化学オキシダントによる障害と判断できる。
設問の考え方
問われているのは「原因物質(光化学オキシダント)の生成に関与する物質」、すなわち前駆物質(一次汚染物質)である。光化学オキシダントは工場や自動車から直接排出されるのではなく、窒素酸化物(NOx)と揮発性有機化合物(VOC)が大気中で太陽の紫外線を受けて光化学反応を起こし、二次的に生成される二次汚染物質である。したがって、窒素酸化物の一つである二酸化窒素と、揮発性有機化合物の2つを選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 硫化水素
硫化水素(H2S)は腐った卵のような臭いをもつ有毒ガスで、火山ガスや温泉、下水道・汚泥槽・マンホール内などで有機物が嫌気的に分解されて発生する。低濃度でも眼や気道の粘膜を刺激し、高濃度では細胞呼吸(シトクロム酸化酵素)を阻害して意識消失や呼吸停止を起こす。酸欠・硫化水素中毒は閉鎖空間での労働災害として問題となるが、光化学オキシダントの生成には関与しない。また、晴天の都市部の校庭で集団発生するという本例の状況にも合わない。
- ×b. アンモニア
アンモニア(NH3)は常温常圧で強い刺激臭をもつ気体で、水に溶けやすく、吸入すると眼や上気道の粘膜を強く刺激する。畜産施設や化学工場、冷凍設備からの漏出事故などで問題となる。悪臭防止法の規制対象物質(特定悪臭物質)ではあるが、光化学オキシダントの前駆物質ではない。本例の気象条件と発生状況から考えられる原因とも結びつかない。
- ○c. 二酸化窒素
二酸化窒素(NO2)は窒素酸化物(NOx)の代表で、自動車の排気ガスや工場・発電所のボイラーなど、ものを高温で燃焼させる過程で生じる。NO2は太陽の紫外線を受けると一酸化窒素(NO)と酸素原子に分解し、この酸素原子が酸素分子と結合してオゾン(O3)ができる。揮発性有機化合物が共存すると、NOがO3を消費する逆反応が妨げられるためO3が蓄積し、光化学オキシダントとなる。このようにNO2は光化学オキシダント生成の中心的な前駆物質であり、正しい。なお、NO2自体も環境基準が定められた大気汚染物質で、気道を刺激して呼吸器疾患の悪化に関与し、硫黄酸化物とともに酸性雨の原因にもなる。
- ×d. ダイオキシン類
ダイオキシン類は、塩素を含む物質を比較的低温で不完全燃焼させたとき(かつてのごみ焼却施設など)に生じる有機塩素化合物の総称で、ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)、コプラナーPCBが含まれる。脂溶性で分解されにくく、食物連鎖を通じて体内に蓄積し、発がん性、生殖・発生への影響、免疫への影響などが懸念され、ダイオキシン類対策特別措置法で規制されている。問題となるのは長期的・慢性的な曝露による毒性であり、急性の粘膜刺激症状の原因ではなく、光化学オキシダントの生成にも関与しない。
- ○e. 揮発性有機化合物
揮発性有機化合物(VOC: volatile organic compounds)は、常温で蒸発しやすい有機化合物の総称で、トルエン、キシレン、酢酸エチルなどが代表的である。塗料、印刷インク、接着剤、洗浄剤などの溶剤や、ガソリンの蒸発、自動車排気ガスなどから大気中に放出される。VOCは大気中で反応して過酸化ラジカルを生じ、これがNOをNO2へ再酸化するため、オゾンが分解されずに蓄積していく。つまりVOCは窒素酸化物とともに光化学オキシダントの前駆物質であり、正しい。VOCは浮遊粒子状物質(SPM)や微小粒子状物質(PM2.5)の二次生成にも関与するため、大気汚染防止法で排出規制が行われている。
光化学オキシダントとは
窒素酸化物(NOx)と揮発性有機化合物(VOC、かつては炭化水素として扱われた)が、太陽光中の紫外線によって光化学反応を起こして二次的に生成される酸化性物質の総称である。主成分はオゾン(O3)で、ほかにペルオキシアセチルナイトレート(PAN)などが含まれる。光化学オキシダントの濃度が高くなり、白くもやがかかったように見える状態を光化学スモッグという。
生成しやすい条件
・日射が強い(晴天) ・気温が高い(おおむね春から夏、とくに夏季) ・風が弱く、汚染物質が拡散しにくい ・前駆物質の排出源(自動車交通、工場)が多い都市部やその風下 ・日中、とくに正午から午後にかけて濃度が上がりやすい
健康影響
眼の刺激感(チカチカする、涙が出る)、咽頭痛、咳、息苦しさ、頭痛などの粘膜刺激症状が中心である。屋外で運動している児童・生徒に集団発生しやすく、重症例では呼吸困難、手足のしびれ、意識障害などをきたすこともある。対応としては屋内へ移動し、洗眼やうがいを行い、安静にさせる。
行政上の基準
・環境基準: 1時間値が0.06 ppm以下であること(環境基本法に基づく)。環境基準の達成率はほぼ0%ときわめて低い状態が続いている。 ・光化学スモッグ注意報: 1時間値0.12 ppm以上で、その状態が続くと認められる場合に都道府県知事等が発令する(大気汚染防止法に基づく)。発令時には屋外での運動を控えるよう呼びかけられる。
一次汚染物質と二次汚染物質
・一次汚染物質: 発生源から直接大気中に排出されるもの(NOx、VOC、硫黄酸化物、一酸化炭素など) ・二次汚染物質: 大気中での化学反応によって生成されるもの(光化学オキシダント、PM2.5の一部など)
POINT
・夏の晴れた日の午後、風が弱い都市部の屋外で、眼・咽頭の刺激症状や咳、頭痛が集団発生 → 光化学オキシダントを考える ・光化学オキシダントは、窒素酸化物(NOx)と揮発性有機化合物(VOC)が紫外線による光化学反応で生成する二次汚染物質で、主成分はオゾン ・環境基準は1時間値0.06 ppm以下、注意報の発令基準は1時間値0.12 ppm以上。環境基準の達成率はほぼ0% ・硫化水素(腐卵臭、閉鎖空間での中毒)、アンモニア(刺激臭)、ダイオキシン類(ごみ焼却、慢性毒性)は光化学オキシダントの前駆物質ではない
