寝返りできない赤ちゃんがソファーから落ちた?―虐待を疑ったら「帰さない」が鉄則
第105回医師国家試験 E問題 第53問
国試問題にチャレンジ
2か月の乳児。自宅の高さ40 cmのソファーから転落したことを主訴に,両親に伴われて救急外来を受診した。在胎38週,2,850 gで出生した。体重3,890 g,体温36.2℃。呼吸数40/分。心拍数140/分,整。後頭部に皮下血腫がみられ,左大腿外側に小円形の熱傷瘢痕が3個みられる。 対応として適切でないのはどれか。
- a.頭部CTを行う。
- b.眼底検査を行う。
- c.児童相談所へ連絡する。
- d.両親の態度・言動を観察する。
- e.再診予約をした上で帰宅させる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
寝返りができない2か月児の「自力での転落」のように発達段階と合わない受傷機転、タバコ熱傷を思わせる複数の小円形熱傷瘢痕、体重増加不良がそろえば、身体的虐待とネグレクトを強く疑います。医学的評価として頭部CT(必要に応じMRI)、揺さぶられ症候群を探す眼底検査、2歳未満では全身骨撮影を行い、保護者の言動は責めずに観察して客観的に記録します。児童虐待防止法では虐待が「疑われる」段階で児童相談所などへの通告義務があり、守秘義務違反にはあたりません。安全が確保されないまま帰宅させるのは最も避けるべき対応で、精査・治療を理由に入院させて保護者から分離します。乳児虐待は重症化・死亡につながりやすく、初診医が気づいて動けるかどうかが子どもの命を左右するため、確実に身につけておきたい知識です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・受傷の説明が発達段階と合わない:2か月児は、まだ自分で寝返りをうてない(寝返りは生後5~6か月ごろ)。ソファーから自力で落ちたという説明は不自然である。40 cm程度の高さからの転落で重い損傷が起こることも少ない。 ・不自然な外傷:左大腿外側に小さな円形の熱傷瘢痕が3個ある。複数の同じ形の小円形熱傷はタバコを押しつけた跡に典型的で、事故では生じにくい。瘢痕であるので、今回の受傷以前から繰り返し傷を負っていたことも示す。 ・体重増加不良:出生体重2,850 gから約2か月で3,890 gであり、1日あたりの増加は約17 gである。生後早期の乳児は通常1日25~30 g程度増えるので、増え方が明らかに少ない。ネグレクト(養育の放棄・怠慢)も疑われる。 ・後頭部の皮下血腫:頭部外傷があり、頭蓋内損傷の評価が必要である。
考え方
説明と合わない受傷機転、特徴的な熱傷痕、成長障害がそろっており、児童虐待(身体的虐待とネグレクト)を強く疑う状況である。乳児の虐待は重症化・死亡につながりやすく、医師は次の二つを並行して進める必要がある。 (1) 医学的評価:頭部外傷の精査(頭部CT)、揺さぶりによる頭部外傷を探す眼底検査、隠れた骨折を探す全身骨撮影など。 (2) 子どもの安全確保:児童相談所などへの通告、入院による保護者からの分離、保護者の言動の観察・記録。 児童虐待防止法では、虐待を受けたと「思われる」児童を見つけた者は、速やかに通告する義務がある。虐待を証明する必要はない。安全が確保されないまま帰宅させるのは、最も避けなければならない対応である。
選択肢考察
- ×a. 頭部CTを行う。
適切な対応である。後頭部に皮下血腫があり、頭蓋骨骨折や頭蓋内出血を調べる必要がある。乳児は症状がはっきり出にくく、虐待による頭部外傷では硬膜下血腫がよくみられる。頭部CTは急性の出血や骨折を短時間で評価でき、救急外来で最初に行う画像検査として妥当である。必要に応じてMRIを追加し、新しい病変と古い病変を見分ける。
- ×b. 眼底検査を行う。
適切な対応である。乳児を強く揺さぶると起こる頭部外傷(乳幼児揺さぶられ症候群、虐待による頭部外傷〔abusive head trauma:AHT〕)では、硬膜下血腫、網膜出血、脳実質の損傷がみられる。網膜出血、特に多発性で網膜の周辺部まで広がるものは、虐待を強く示す所見である。そのため、虐待を疑う乳児では眼科医による眼底検査を行う。
- ×c. 児童相談所へ連絡する。
適切な対応である。児童虐待防止法は、虐待を受けたと思われる児童を見つけた者に、市町村・都道府県の福祉事務所・児童相談所への通告を義務づけている。確証は必要なく、疑いの段階で通告してよい。通告は医師の守秘義務違反にあたらないことも法律で明記されている。通告を受けた児童相談所は、必要に応じて一時保護などを行い、子どもの安全を確保する。
- ×d. 両親の態度・言動を観察する。
適切な対応である。受傷状況の説明が不自然だったり、話がたびたび変わったり、受診が遅れたり、子どもへの関心が乏しかったりすることは、虐待を疑う手がかりになる。保護者を責めたり問い詰めたりはせず、落ち着いて話を聞きながら観察する。説明の内容は保護者の言葉どおり客観的に記録しておく。こうした記録は、後の児童相談所の判断や法的な手続きにとって重要な資料になる。
- ○e. 再診予約をした上で帰宅させる。
適切でない。虐待が強く疑われる乳児を、安全を確保しないまま加害者かもしれない保護者のもとへ帰すと、虐待が続いて命にかかわる損傷を受ける危険がある。再診予約をしても、保護者が受診させない可能性が高い。頭部外傷や体重増加不良の精査と治療が必要であることを理由に入院させ、保護者から分離して安全を確保しつつ、児童相談所へ通告して対応を任せるべきである。
児童虐待の4類型(児童虐待防止法)
身体的虐待、性的虐待、ネグレクト(養育の放棄・怠慢)、心理的虐待の4つである。子どもの前で家族に暴力をふるう面前DVは心理的虐待に含まれる。児童相談所の対応件数では、心理的虐待が最も多い。
身体的虐待を疑う所見
・受傷機転の説明が不自然、発達段階と合わない、または説明がたびたび変わる。 ・受診が遅れている。 ・新旧さまざまな時期の外傷が混在している。 ・タバコによる熱傷(直径数mmの円形熱傷が多発)、アイロン熱傷のように形がはっきりした熱傷、手足を熱湯に浸けたことによる手袋・靴下状の熱傷。 ・耳介、頸部、体幹、臀部など、普通の生活ではぶつけにくい部位のあざ。 ・歩けない乳児の骨折。特に肋骨後部の骨折や長管骨の骨幹端骨折(corner fracture、bucket-handle fracture)は虐待に特徴的とされる。 ・乳幼児揺さぶられ症候群:硬膜下血腫、網膜出血、脳浮腫・脳実質の損傷。外表に傷がないことも多い。
虐待を疑ったときの医療機関の対応
1. 医学的評価:全身の診察と写真での記録。頭部CT・MRI、眼底検査、2歳未満では全身骨撮影(骨折が隠れていないかを見る)。出血しやすい病気(凝固異常)など、ほかの病気の除外。 2. 安全の確保:精査・治療のための入院を勧め、保護者から分離する。 3. 通告:児童相談所または市町村へ通告する。疑いでよく、守秘義務より優先される。児童相談所は必要なら一時保護を行う。児童相談所虐待対応ダイヤルは「189」。 4. 院内の連携:一人で判断せず、多職種で構成する院内の虐待対応チーム(CAPS〔child abuse prevention system〕など)で対応する。 5. 保護者への接し方:責めたり問い詰めたりせず、支援が必要な家庭としてかかわる。
POINT
・発達段階と合わない受傷機転(寝返りできない2か月児の自力での転落など)、タバコによる熱傷痕、体重増加不良は虐待を疑う手がかりである。 ・虐待を疑ったら、確証がなくても児童相談所などへ通告する。これは法律上の義務であり、守秘義務違反にはならない。 ・安全が確保できないまま帰宅させてはいけない。入院させて保護者から分離する。 ・乳児の頭部外傷では、頭部CT・MRIと眼底検査(網膜出血)を行い、揺さぶられ症候群を評価する。 ・2歳未満では全身骨撮影で隠れた骨折を探す。
