白く抜けた細胞が告げる手術の適応―印環細胞癌と内視鏡治療の境界線
第103回医師国家試験 I問題 第64問
国試問題にチャレンジ
52歳の男性。上腹部の不快感を主訴に来院した。色素散布後の上部消化管内視鏡写真(A)と生検組織のH-E染色標本(B)とを別に示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.胃粘膜保護薬投与
- b.プロトンポンプ阻害薬投与
- c.Helicobacter pylori除菌療法
- d.内視鏡的粘膜切除術
- e.胃切除術
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
色素散布内視鏡で辺縁がギザギザした不整な陥凹と潰瘍、周囲の不整隆起を認めた場合は、良性潰瘍と決めつけず胃癌を疑って生検を行います。H-E染色で粘液により核が端へ押しやられた細胞がばらばらに浸潤していれば印環細胞癌で、低分化腺癌と並ぶ未分化型胃癌に分類されます。未分化型が内視鏡治療の対象となるのは粘膜内癌・潰瘍なし・2cm以下に限られ、潰瘍を伴う本例ではリンパ節郭清を伴う胃切除術(前庭部なら幽門側胃切除術)が適切です。粘膜保護薬やプロトンポンプ阻害薬、H. pylori除菌は癌そのものの治療にはならず、潰瘍の一時的な治癒に惑わされないことも重要です。組織型・潰瘍の有無・深達度から治療法を選ぶ考え方は、早期胃癌の診療全般の基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・52歳男性。上腹部の不快感を訴えている。胃癌が増えてくる年代である。 ・内視鏡写真(A):インジゴカルミン(凹凸を強調する青色の色素)を散布した像で、幽門に近い前庭部に不整形の陥凹性病変を認める。陥凹の底には白苔(潰瘍の表面を覆う白い付着物)がついて潰瘍を形成しており、辺縁は不規則でギザギザしている。周囲の粘膜は不整に盛り上がり、島状の隆起も伴う。単純な良性潰瘍にみられる、整った円形の辺縁や中心へなめらかに集まるひだとは異なり、癌を強く疑わせる所見である。 ・生検組織(B):H-E染色で、細胞質に粘液をたっぷり蓄えて明るく抜け、核が細胞の端に押しやられて三日月状になった細胞が、腺管をつくらずにばらばらに(びまん性に)増殖している。これが印環細胞(signet ring cell)であり、印環細胞癌と診断できる。
診断
潰瘍を伴う陥凹型の胃癌(組織型は印環細胞癌、すなわち未分化型癌)。
治療選択の考え方
胃癌の治療は、深達度(癌が胃壁のどの層まで及んでいるか)、組織型(分化型か未分化型か)、潰瘍(UL)の有無、大きさ、リンパ節転移の可能性によって決まる。 内視鏡治療(EMR:内視鏡的粘膜切除術、ESD:内視鏡的粘膜下層剥離術)は胃の局所だけを切除し、リンパ節は取らない治療である。したがって、リンパ節転移の可能性がきわめて低い病変に限って行われる。現在の胃癌治療ガイドラインでは、未分化型癌が内視鏡治療の対象となるのは「粘膜内癌(cT1a)で、潰瘍を伴わず(UL0)、長径2cm以下」の場合に限られる。 本例は未分化型である印環細胞癌で、しかも潰瘍を伴っているため、この条件を満たさない。未分化型癌は浸潤範囲が見かけより広がりやすく、リンパ節転移の危険も高い。したがって、リンパ節郭清を伴う外科的な胃切除術が適切である。病変は前庭部(胃の下部)にあるため、幽門側胃切除術が基本となる。
選択肢考察
- ×a. 胃粘膜保護薬投与
胃粘膜保護薬は、粘膜表面を覆って保護したり、粘液分泌や粘膜血流を増やしたりして粘膜を守る薬で、胃炎や胃・十二指腸潰瘍の治療補助に用いる。癌組織を除去する作用はなく、胃癌の治療にはならない。癌に伴う潰瘍は薬物で一時的に縮小・治癒したようにみえることがあり(悪性サイクル)、それで治療を終えると発見・治療の機会を逃すことになる。
- ×b. プロトンポンプ阻害薬投与
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は胃の壁細胞にあるプロトンポンプ(H+/K+-ATPase)を阻害して胃酸分泌を強く抑える薬で、胃・十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、H. pylori除菌療法の一部として用いる。胃癌の潰瘍部分の症状を一時的に和らげることはあっても、癌そのものを治す治療ではない。
- ×c. Helicobacter pylori除菌療法
H. pylori感染は慢性胃炎・萎縮性胃炎を介して胃癌の発生に関与し、除菌には胃癌発生のリスクを下げる効果がある。また、早期胃癌を内視鏡で切除した後の患者では、新たな胃癌(異時性多発癌)の発生を減らす目的で除菌が勧められる。しかし、すでにできてしまった癌を除菌で消すことはできず、本例の胃癌そのものに対する治療にはならない。除菌は胃・十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫などで治療として行われる。
- ×d. 内視鏡的粘膜切除術
内視鏡的切除(EMRやESD)はリンパ節を郭清しない局所治療のため、リンパ節転移の可能性がきわめて低い病変に限られる。現行のガイドラインでは、分化型の粘膜内癌では潰瘍がなければ大きさを問わず(潰瘍があれば3cm以下で)対象となりうるが、未分化型の粘膜内癌では潰瘍がなく2cm以下の場合に限られる。さらにEMRは一括切除できる大きさに限界があり、主に小さい病変に用いられ、それ以外はESDが用いられる。本例は未分化型の印環細胞癌で潰瘍を伴っているため、内視鏡治療の適応にはならない。
- ○e. 胃切除術
未分化型(印環細胞癌)で潰瘍を伴う胃癌は、内視鏡治療の適応外であり、リンパ節転移の危険もあるため、リンパ節郭清を伴う胃切除術が標準治療となる。病変は胃の下部(前庭部)にあり、口側に十分な切除範囲を確保できるため、幽門側胃切除術を行うのが基本である。深達度が粘膜下層までにとどまる早期癌であればD1+郭清、それ以上に深い、あるいはリンパ節転移が疑われる場合はD2郭清を行う。早期癌であれば腹腔鏡下手術も選択肢となる。
胃癌の組織型
・分化型:乳頭腺癌(pap)、高分化・中分化管状腺癌(tub1、tub2)。腺管をつくって増殖する。高齢者に多く、腸上皮化生を背景に発生し、血行性(肝)転移をきたしやすい。 ・未分化型:低分化腺癌(por)、印環細胞癌(sig)。腺管をつくらずばらばらに浸潤する。比較的若年や女性にも多く、胃底腺領域から発生しやすい。周囲へ広く浸潤しやすく、腹膜播種やスキルス胃癌(4型)の形をとることがある。 ・印環細胞癌では、細胞質内の粘液が核を細胞の端へ押しやり、指輪(印環)のような形に見える。卵巣に転移したものをKrukenberg腫瘍という。
早期胃癌の肉眼型
0-I型(隆起型)、0-IIa型(表面隆起型)、0-IIb型(表面平坦型)、0-IIc型(表面陥凹型)、0-III型(陥凹型:潰瘍が主体)。本例のように陥凹と潰瘍が混じるものは0-IIc+IIIなどと組み合わせて記載する。
内視鏡で癌を疑う所見
陥凹の辺縁が不整でギザギザしている(蚕食像)、白苔が不均一、陥凹の辺縁が盛り上がる・島状の隆起を残す、陥凹に集まるひだの先端がやせる・途切れる・棍棒状に太くなる・融合する、など。潰瘍が良性にみえても、胃潰瘍では生検で癌を否定することが重要である。
内視鏡的切除の適応(胃癌治療ガイドライン第6版の要点)
絶対適応: ・分化型、cT1a(粘膜内)、UL0(潰瘍なし):大きさを問わない(2cm以下はEMRも可、それを超えるものはESD) ・分化型、cT1a、UL1(潰瘍あり):長径3cm以下(ESD) ・未分化型、cT1a、UL0:長径2cm以下(ESD) それ以外(未分化型でUL1、2cmを超える未分化型、粘膜下層浸潤など)は原則として外科的切除を行う。かつては未分化型は適応拡大病変という位置づけであったが、現在は上記の条件で絶対適応とされている。
胃切除術式の選び方
・幽門側胃切除術:胃の中部〜下部の癌 ・胃全摘術:胃の上部の進行癌や、広い範囲に及ぶ癌 ・噴門側胃切除術:胃の上部の早期癌で、胃の半分以上を残せる場合 ・幽門保存胃切除術:胃の中部の早期癌で、病変の下端が幽門から十分離れている場合
H. pylori除菌
日本での一次除菌は、酸分泌抑制薬(PPIまたはボノプラザン)+アモキシシリン+クラリスロマイシンの3剤を7日間投与する。二次除菌ではクラリスロマイシンをメトロニダゾールに替える。
POINT
・印環細胞癌は未分化型胃癌であり、細胞質内の粘液によって核が端へ押しやられた細胞が、腺管をつくらずばらばらに浸潤する。 ・未分化型癌が内視鏡治療の対象となるのは「粘膜内癌・潰瘍なし・2cm以下」に限られる。 ・未分化型で潰瘍を伴う胃癌は、リンパ節郭清を伴う胃切除術を行う。前庭部の病変なら幽門側胃切除術。 ・粘膜保護薬、PPI、H. pylori除菌は胃癌そのものの治療にはならない。
