気分の薬が月経を止める?―ドパミン遮断と高プロラクチン血症の意外なつながり
第103回医師国家試験 H問題 第30問
国試問題にチャレンジ
31歳の女性。8か月間の無月経を主訴に来院した。1年前から不眠,気分の落ち込みと不安感のため,向精神薬を処方されている。身長158cm,体重54kg。内診で子宮は鶏卵大で可動性は良好である。経腟超音波検査で子宮と卵巣とに異常を認めない。 無月経の原因として最も考えられるのはどれか。
- a.妊娠
- b.体重減少
- c.早発閉経
- d.高プロラクチン血症
- e.多嚢胞性卵巣症候群
対話形式の解説
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ドクターまとめ
続発無月経では、まず妊娠を除外し、体格や超音波所見から体重減少性無月経や多嚢胞性卵巣症候群を除外していきます。向精神薬の服用開始後に無月経が生じた場合は、ドパミンD2受容体遮断によってプロラクチン分泌の抑制が外れ、GnRH分泌抑制を介してLH・FSHが低下し排卵が止まる、薬剤性高プロラクチン血症を考えます。原因薬としてはスルピリドなどの抗精神病薬のほか、メトクロプラミドやドンペリドン、レセルピンやメチルドパなども重要で、乳汁漏出の確認と血中プロラクチン測定が診断の手がかりになります。治療では精神科主治医と相談のうえ薬剤の変更やドパミン作動薬を検討し、改善しなければプロラクチノーマなどの検索を行います。服薬歴という一見目立たない情報から副作用を見抜く視点は、診療科をまたいで役立つ臨床推論の基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・31歳の女性、8か月間の無月経(それまで月経があったと考えられるので続発無月経) ・1年前から不眠・抑うつ気分・不安感に対して向精神薬を服用中 ・身長158cm、体重54kgで、BMI(体重kg÷身長mの2乗)は約21.6と標準範囲(やせではない) ・内診で子宮は鶏卵大(非妊娠時の正常な大きさ)、可動性良好 ・経腟超音波検査で子宮・卵巣に異常なし
診断へのプロセス
続発無月経(それまであった月経が3か月以上停止した状態)をみたら、性成熟期の女性ではまず妊娠を除外する。本例は無月経が8か月続いているが、妊娠していれば子宮は胎児を含んで著しく大きくなり、経腟超音波でも胎児がみられるはずである。子宮が鶏卵大で超音波に異常がないことから、妊娠は否定できる。 次に、やせ(体重減少性無月経)はBMIから否定的であり、超音波で卵巣に多数の小卵胞がみられないことから多嚢胞性卵巣症候群も考えにくい。 ここで注目すべきは、向精神薬の服用開始(1年前)のあとに無月経が始まっている(8か月前)という時間的関係である。抗精神病薬や、わが国で抑うつにも用いられるスルピリドなど、ドパミンD2受容体を遮断する薬剤は下垂体からのプロラクチン分泌を増やし、高プロラクチン血症を介して無月経をきたす。したがって薬剤性の高プロラクチン血症が最も考えられる。
設問の考え方
選択肢のうち、与えられた情報と矛盾するもの(妊娠、体重減少、多嚢胞性卵巣症候群)を除外し、病歴上の手がかり(向精神薬の服用)と結びつく原因を選ぶ。確定には血中プロラクチン値の測定を行い、乳汁漏出の有無も確認する。
選択肢考察
- ×a. 妊娠
続発無月経で最初に除外すべき原因ではあるが、8か月間の無月経がすべて妊娠によるものなら、子宮は妊娠末期に近い大きさ(子宮底が上腹部に達する程度)となり、経腟超音波でも胎児を容易に確認できる。子宮が鶏卵大で超音波に異常がない本例では否定できる。実際の診療では尿中hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)検査で確認する。
- ×b. 体重減少
体重減少性無月経は、短期間での大幅な体重減少(元の体重の10〜15%以上など)やBMIの著しい低下により、視床下部からのゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)分泌が抑制されて起こる。本例は身長158cm、体重54kgでBMI約21.6と標準的であり、体重減少の記載もないため考えにくい。
- ×c. 早発閉経
早発閉経(早発卵巣不全)は40歳未満で卵巣機能が低下し無月経となる状態で、卵巣からのエストロゲン分泌低下とネガティブフィードバックの消失によりFSH(卵胞刺激ホルモン)が高値となる。31歳で起こりえないわけではないが、頻度は低く、本例ではほてりなどの更年期様症状の記載もない。一方で、無月経に先行する向精神薬の服用という明らかな手がかりがあるため、最も考えられる原因とはいえない。鑑別にはFSH、エストラジオールの測定が必要である。
- ○d. 高プロラクチン血症
プロラクチンの分泌は、視床下部から下垂体門脈を通って届くドパミンによって常に抑制されている。抗精神病薬(スルピリド、ハロペリドール、リスペリドンなど)はドパミンD2受容体を遮断してこの抑制を外し、プロラクチン分泌を増やす。三環系抗うつ薬などでも上昇することがある。増えたプロラクチンは視床下部のGnRHの律動的な分泌を抑え、LH(黄体形成ホルモン)・FSHの分泌が低下して排卵が起こらなくなり、無月経となる。向精神薬開始後に無月経が生じた経過に合致し、最も考えられる原因である。
- ×e. 多嚢胞性卵巣症候群
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は月経異常に加え、超音波で卵巣に多数の小卵胞が並ぶ所見(ネックレスサイン)や卵巣腫大、LH高値、男性ホルモン高値(多毛・にきび)を特徴とし、肥満を伴うことも多い。本例では経腟超音波で卵巣に異常を認めないため否定的である。
無月経の分類
・原発無月経:満18歳になっても初経がないもの ・続発無月経:それまであった月経が3か月以上停止したもの ・障害部位による分類:視床下部性、下垂体性、卵巣性、子宮性。頻度が高いのは、ストレスや体重減少による視床下部性無月経である
続発無月経の診断の進め方
1. 妊娠の除外(尿中hCG) 2. 血中ホルモン測定:LH、FSH、プロラクチン、エストラジオール、甲状腺機能(TSH、FT4)など ・プロラクチン高値→高プロラクチン血症(薬剤性、下垂体腫瘍、甲状腺機能低下症など) ・FSH高値→卵巣性(早発卵巣不全など) ・LH高値でLH/FSH比上昇→多嚢胞性卵巣症候群 3. ゲスターゲン(黄体ホルモン)試験・エストロゲン・ゲスターゲン試験で、第1度無月経(エストロゲン分泌が保たれる)か第2度無月経(エストロゲン分泌も低下)かを判定する
高プロラクチン血症の原因
・薬剤性:ドパミン受容体遮断薬(スルピリド、ハロペリドール、クロルプロマジン、リスペリドンなどの抗精神病薬、メトクロプラミド・ドンペリドンなどの制吐薬・消化管運動改善薬)、ドパミンを枯渇させる薬(レセルピン)やメチルドパなどの降圧薬、三環系抗うつ薬、エストロゲン製剤など ・プロラクチン産生下垂体腺腫(プロラクチノーマ) ・視床下部・下垂体茎の障害(腫瘍などでドパミンが下垂体に届かなくなる) ・原発性甲状腺機能低下症(TRHの増加がプロラクチン分泌を刺激する) ・慢性腎不全、胸壁の刺激など
症状
女性では無月経・月経不順、乳汁漏出(無月経乳汁漏出症候群)、不妊。男性では性欲低下、勃起障害、女性化乳房。下垂体腺腫が大きければ頭痛や両耳側半盲などの視野障害を伴う。
治療
・薬剤性では、原因薬の中止や、プロラクチンを上げにくい薬剤(アリピプラゾールなど)への変更を精神科主治医と相談する。原疾患の悪化に注意し、自己判断で中止させない ・原因薬を中止できない場合や腺腫では、ドパミン作動薬(カベルゴリン、ブロモクリプチン)を用いる ・薬剤を中止してもプロラクチンが下がらない場合は、頭部MRIで下垂体腺腫を検索する
POINT
・続発無月経ではまず妊娠を除外する ・向精神薬(特にスルピリドなどの抗精神病薬)服用中の無月経では薬剤性高プロラクチン血症を考える ・機序:ドパミンD2受容体遮断→プロラクチン上昇→GnRH分泌抑制→LH・FSH低下→排卵停止・無月経 ・高プロラクチン血症を起こす薬として、抗精神病薬、制吐薬(メトクロプラミド、ドンペリドン)、降圧薬(レセルピン、メチルドパ)を押さえる ・BMIや超音波所見は、体重減少性無月経や多嚢胞性卵巣症候群の除外に使う
