海の小さな毒が人を襲うまで―食物連鎖で読み解く水俣病と生物濃縮
第103回医師国家試験 G問題 第20問
国試問題にチャレンジ
食物連鎖による生物濃縮の関与があるのはどれか。
- a.水俣病
- b.つつが虫病
- c.四日市ぜんそく
- d.日本住血吸虫症
- e.イタイイタイ病
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
生物濃縮とは、脂溶性が高く分解・排泄されにくい物質が生物体内に蓄積し、食物連鎖の上位の生物ほど高濃度になる現象です。工場排水中のメチル水銀が魚介類に濃縮され、それを食べた住民に中枢神経障害(Hunter-Russell症候群)や胎児性水俣病を起こした水俣病は、その典型例です。イタイイタイ病はカドミウムで汚染された米の摂取、四日市ぜんそくは硫黄酸化物の吸入によるもので、つつが虫病や日本住血吸虫症は感染症であり、いずれも食物連鎖による生物濃縮には当たりません。大型魚のメチル水銀に関する妊婦への摂取目安など、生物濃縮の考え方は現在の保健指導にも生きています。公害病は原因物質と曝露経路をセットで整理することが、環境保健を理解する土台になります。
解答・解説
正解はaです
環境中の有害物質が生物の体内に取り込まれ、健康被害を起こす経路を問う一般問題である。 生物濃縮とは、分解・排泄されにくい物質が生物の体内に蓄積し、環境中よりも高い濃度になる現象である。特に食物連鎖を通じる場合は、水中の微量の物質を植物プランクトンが取り込み、それを動物プランクトン、小魚、大型の魚がそれぞれ大量に食べるため、食物連鎖の段階を上がるごとに体内濃度が数倍〜数千倍と増していく(生物学的拡大〈biomagnification〉ともいう)。濃縮されやすい物質は、脂溶性が高く、代謝・排泄されにくい性質をもつ。代表例はメチル水銀、PCB(ポリ塩化ビフェニル)、DDTなどの有機塩素系農薬である。 選択肢のうち、感染症(つつが虫病・日本住血吸虫症)はそもそも化学物質の蓄積とは無関係であり、四日市ぜんそくは大気汚染物質を吸入したことによる。イタイイタイ病は農作物にカドミウムが蓄積したことによるが、魚介類の食物連鎖を段階的にたどる濃縮ではない。工場排水中のメチル水銀が魚介類に濃縮され、それを食べた住民に発症した水俣病が、食物連鎖による生物濃縮の典型例である。
選択肢考察
- ○a. 水俣病
正しい。水俣病は、熊本県水俣市の化学工場がアセトアルデヒドを製造する過程で副生したメチル水銀(有機水銀の一種)が工場排水として水俣湾に流され、プランクトン→小魚→大型の魚介類という食物連鎖で濃縮された結果、それを日常的に多く食べた住民に発症したメチル水銀中毒症である。メチル水銀は脂溶性で血液脳関門を通過し、中枢神経を障害する。症状は四肢末端優位の感覚障害、小脳性運動失調、求心性視野狭窄、構音障害、難聴などで、これらはHunter-Russell症候群と呼ばれる。メチル水銀は胎盤も通過するため、母親に症状がなくても胎児が障害される胎児性水俣病も生じた。新潟県阿賀野川流域でも同様の機序で新潟水俣病(第二水俣病)が発生している。
- ×b. つつが虫病
誤り。つつが虫病は、リケッチアの一種であるOrientia tsutsugamushiをもつツツガムシ(ダニの一種)の幼虫に刺されて感染する感染症である。病原体はツツガムシの体内で卵を介して次世代に受け継がれ、幼虫が野ネズミやヒトを吸着するときに感染が起こる。発熱、刺し口(黒色の痂皮)、発疹が三主徴で、治療にはテトラサイクリン系抗菌薬を用いる。かつてはアカツツガムシが媒介し、新潟・秋田・山形などの河川流域の風土病として知られたが、現在はタテツツガムシやフトゲツツガムシが媒介する新型が全国でみられる。化学物質の蓄積とは関係なく、生物濃縮は関与しない。
- ×c. 四日市ぜんそく
誤り。四日市ぜんそくは、三重県四日市市の石油化学コンビナートで硫黄分を含む重油などを燃やした際に発生した硫黄酸化物(主に二酸化硫黄〈SO2〉)による大気汚染が原因の公害病である。周辺住民に気管支喘息、慢性気管支炎、喘息性気管支炎、肺気腫などの閉塞性呼吸器疾患が多発した。汚染物質を呼吸で直接吸い込んだことによる健康被害であり、食物連鎖や生物濃縮は関与しない。
- ×d. 日本住血吸虫症
誤り。日本住血吸虫症は寄生虫感染症である。虫卵から孵化した幼虫(ミラシジウム)が淡水に住む小型の巻貝ミヤイリガイ(中間宿主)に入り、そこで増えたセルカリアが水田や用水路などに入ったヒトの皮膚から侵入する(経皮感染)。成虫は門脈系に寄生し、産み出された虫卵が肝臓の門脈枝に詰まって周囲に肉芽腫と線維化を起こし、門脈圧亢進症や肝硬変様の病変、さらに肝細胞癌の合併をもたらす。山梨県甲府盆地、広島県片山地方、筑後川流域などの地方病として知られたが、ミヤイリガイ対策などにより国内での新たな感染はみられなくなった。化学物質の蓄積とは関係がない。
- ×e. イタイイタイ病
誤り。イタイイタイ病は、富山県神通川上流の鉱山から排出されたカドミウムが下流の水田土壌を汚染し、そこで作られた米などを長期間摂取した住民に発症した慢性カドミウム中毒である。カドミウムは腎臓の近位尿細管を障害してリン・カルシウムの再吸収を低下させ(Fanconi症候群様の状態)、骨軟化症と骨粗鬆症を引き起こす。骨がもろくなって多発骨折を起こし、激しい痛みを訴えることが病名の由来である。出産を繰り返した閉経後の中高年女性に多かった。カドミウムは体内に蓄積しやすく、稲が土壌から吸収して米に蓄積するが、プランクトン→魚→ヒトのように食物連鎖の段階を上がるごとに濃縮されていく経路ではない。本問で問われる「食物連鎖による生物濃縮」には当たらない。
四大公害病の整理
・水俣病(熊本県水俣湾周辺):メチル水銀。汚染された魚介類の摂取。食物連鎖による生物濃縮。中枢神経障害(Hunter-Russell症候群)。 ・新潟水俣病(新潟県阿賀野川流域):メチル水銀。機序は水俣病と同じ。 ・イタイイタイ病(富山県神通川流域):カドミウム。汚染された米などの摂取。腎尿細管障害と骨軟化症。 ・四日市ぜんそく(三重県四日市市):硫黄酸化物による大気汚染。閉塞性呼吸器疾患。
生物濃縮を起こしやすい物質の特徴
・脂溶性が高く、脂肪組織などに蓄積しやすい ・生体内で分解・代謝されにくい ・排泄されにくく、生物学的半減期が長い 例:メチル水銀、PCB(カネミ油症の原因物質の一つ)、DDTなどの有機塩素系農薬、ダイオキシン類
濃縮係数
生物体内の濃度と環境(水)中の濃度の比を濃縮係数という。食物連鎖の上位にいる大型魚類や海産哺乳類ほど、体内濃度が高くなる。このため、妊婦に対しては、メチル水銀を多く含みうるマグロ類やキンメダイなど一部の魚の摂取量に目安が示されている。
POINT
・生物濃縮は、脂溶性で分解・排泄されにくい物質が、食物連鎖の上位の生物ほど高濃度に蓄積する現象である。 ・水俣病:メチル水銀が魚介類に濃縮され、それを食べたヒトに発症した(食物連鎖による生物濃縮の典型例)。 ・イタイイタイ病:カドミウムで汚染された米の摂取による(食物連鎖の段階を経る濃縮ではない)。 ・四日市ぜんそく:硫黄酸化物による大気汚染。 ・つつが虫病、日本住血吸虫症:感染症であり、生物濃縮とは無関係。
