心臓の「関所」はどこにある?―房室結節の0.1秒が心臓のポンプを支える
第103回医師国家試験 E問題 第34問
国試問題にチャレンジ
刺激伝導に最も時間がかかるのはどれか。
- a.心房
- b.His束
- c.Kent束
- d.房室結節
- e.Purkinje束
対話形式の解説
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ドクターまとめ
心臓の興奮は洞結節から心房、房室結節、His束、左右脚、Purkinje線維を経て心室筋へ伝わり、このうち最も伝導に時間がかかるのは房室結節です。房室結節はギャップ結合が少なく遅いCa2+チャネルに依存するため伝導が極めて遅く、約0.1秒の遅延がPQ時間の大部分を占めます。この遅延は心房収縮による心室充満の時間を確保し、心房細動時には心室への過剰な興奮を防ぐ「関所」として働きます。一方、Purkinje線維系は最も速く心室を一斉に興奮させ、Kent束はこの関所を迂回してWPW症候群のPQ短縮・デルタ波や心房細動合併時の危険な頻拍を生じます。伝導速度の大小と生理的意義を結びつけて理解することは、心電図判読や不整脈診療の基礎となります。
解答・解説
正解はdです
本問は、心臓の興奮が伝わる経路のうち、どこで最も時間を要するかを問う生理学の問題である。
正常な刺激伝導の順序
洞結節(洞房結節)で発生した興奮は、心房筋を伝わって房室結節に達し、His束 → 右脚・左脚 → Purkinje線維 → 心室筋へと伝わる。
考え方
房室結節は伝導速度が非常に遅く(0.05 m/秒程度以下)、ここで興奮の伝達が約0.1秒遅れる(房室伝導遅延)。この遅れにより、心房が収縮して血液を心室へ送り込み終えてから心室が収縮するという、効率のよい順序が保たれる。また、心房細動などで心房から高頻度の興奮が来ても、房室結節が一部しか通さないため、心室の拍動が過剰に速くなるのを防ぐ「関所」の役割も果たしている。 一方、His束から脚、Purkinje線維までは伝導速度が速く(数m/秒)、心室全体をほぼ同時に興奮させて一斉に収縮させるのに適している。 心電図では、PQ(PR)時間(正常0.12〜0.20秒)が心房の興奮開始から心室の興奮開始までの時間であり、その大部分を房室結節での伝導遅延が占める。したがって、最も時間がかかるのは房室結節である。
選択肢考察
- ×a. 心房
誤り。心房筋の伝導速度はおよそ0.3〜1 m/秒で、房室結節よりはるかに速い。心房全体の興奮は心電図のP波に相当し、その幅は正常で0.11〜0.12秒未満である。心房の中でも洞結節から房室結節への伝導には比較的速い経路(結節間路)が関与するとされ、洞結節から房室結節に興奮が届くまでの時間は短い。
- ×b. His束
誤り。His束は房室結節に続いて心房と心室の間の線維性組織(線維輪)を貫く部分で、通常、心房から心室へ興奮を伝える唯一の経路である。伝導速度は1〜2 m/秒程度と速く、ここを通過する時間はごく短い(His束心電図でのHV時間は正常で約35〜55ミリ秒)。
- ×c. Kent束
誤り。Kent束は正常の刺激伝導系には含まれない副伝導路で、胎生期に消失すべき心房・心室間の筋性結合が残ったものである。WPW(Wolff-Parkinson-White)症候群の原因となり、頻度はおよそ1,000人に1〜2人とされる。Kent束は心筋に近い性質をもち、房室結節のような伝導遅延がないため、心房の興奮が房室結節を経由するより早く心室の一部に到達する。その結果、心電図ではPQ時間の短縮、デルタ波(QRS波の立ち上がりのなだらかな部分)、QRS幅の拡大がみられる。
- ○d. 房室結節
正しい。房室結節の細胞は細胞間の電気的結合(ギャップ結合)が少なく、活動電位の立ち上がりが速いNa+チャネルではなく遅いCa2+チャネルに依存しているため、伝導速度が極めて遅い(0.01〜0.05 m/秒程度)。このため房室結節を通過するのに約0.1秒を要し、刺激伝導系の中で最も時間がかかる。この遅延は心房収縮による心室充満を完了させるための生理的な仕組みであり、PQ時間の大部分を占める。房室結節は迷走神経で伝導が遅くなり、交感神経で速くなる。
- ×e. Purkinje束
誤り。Purkinje線維(本問ではPurkinje束と表記)は心内膜下に網目状に広がり、心室筋に興奮を伝える。太い線維でギャップ結合が豊富なため、伝導速度は2〜4 m/秒程度と心臓の中で最も速い部類に属する。これにより心室全体がほぼ同時に興奮し、心室の脱分極(QRS波)は正常で0.10秒程度以内に完了する。
各部位のおおよその伝導速度
・心房筋:0.3〜1 m/秒 ・房室結節:0.01〜0.05 m/秒(最も遅い) ・His束・脚:1〜2 m/秒以上 ・Purkinje線維:2〜4 m/秒(最も速い) ・心室筋:0.3〜0.5 m/秒 数値は文献により多少異なるが、「房室結節が最も遅く、Purkinje線維系が最も速い」という大小関係を押さえればよい。
心電図との対応
・P波:心房の脱分極(幅0.12秒未満) ・PQ(PR)時間:心房興奮の開始から心室興奮の開始まで(0.12〜0.20秒)。房室結節の遅延が大部分を占める。0.20秒を超えれば1度房室ブロック。 ・QRS波:心室の脱分極(幅0.10〜0.12秒未満)。脚ブロックなどで幅が広がる。
房室結節の遅延が破綻・短絡するとき
・房室ブロック:房室結節やHis束以下の伝導障害でPQ延長やQRSの脱落を生じる。 ・WPW症候群:Kent束を介して房室結節を迂回するため、PQ短縮とデルタ波を生じる。心房細動を合併すると、房室結節の「関所」を通らずに興奮が心室へ伝わり、非常に速い心室拍動から心室細動に至る危険がある(偽性心室頻拍)。このときジギタリスやベラパミルなど房室結節の伝導を抑える薬は、副伝導路の伝導を相対的に促進しうるため禁忌とされる。
POINT
・刺激伝導の順序:洞結節→心房→房室結節→His束→左右脚→Purkinje線維→心室筋。 ・伝導が最も遅く時間がかかるのは房室結節(約0.1秒の遅延)で、心房収縮による心室充満の時間を確保し、PQ時間の大部分を占める。 ・伝導が最も速いのはPurkinje線維系。 ・Kent束はWPW症候群の副伝導路で、房室結節の遅延を迂回するためPQ短縮・デルタ波を生じる。
