StudyMed医師国家試験

母から子へウイルスを渡さない―HIV母子感染予防は「時間軸」で考える

第102回医師国家試験 I問題 第34問

国試問題にチャレンジ

第102回 I問題 第34問

ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉感染妊娠への対応として適切なのはどれか。2つ選べ。

  1. a.妊娠中は妊婦への抗HIV薬投与を控える。
  2. b.経腟分娩が望ましい。
  3. c.出生時に児を清拭して母体血を除去する。
  4. d.児への予防的抗HIV薬投与を行う。
  5. e.母乳哺育を勧める。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回はHIV陽性の妊婦さんにどう対応するかを問う問題だ。ポイントは、母子感染が「いつ」「どの経路で」起こるのかを整理して、それぞれの時点でどんな手を打つかを考えること。まず、母子感染の経路にはどんなものがあるかな。
医学生医学生
胎盤を通る胎内感染、分娩のときの産道感染、それから母乳感染の3つだったと思います。
ドクタードクター
その通り。そして、このうち最も多いのが分娩時の感染なんだ。何も対策をしなければ母子感染率は20〜40%程度とされるけれど、適切な予防策を組み合わせれば1%未満まで下げられる。
医学生医学生
そんなに下がるんですね。でも妊娠中の抗HIV薬って、胎児への影響が心配で控えたほうがいい気がしてしまいます。薬理学の講義で催奇形性の話をたくさん聞いたので。
ドクタードクター
その心配はもっともだけれど、そこが一番の落とし穴だ。妊娠中の母体への抗HIV療法こそが母子感染予防の最も重要な柱なんだ。複数の薬を組み合わせて血中ウイルス量を検出限界未満に抑えると、胎内感染も分娩時感染も大きく減る。かつては催奇形性を懸念して妊娠14週以降に開始するという考え方もあったけれど、現在は妊娠がわかった時点で速やかに開始し、治療中なら継続するのが原則。薬は胎児への安全性が確認されたものから選ぶよ。
医学生医学生
控えるどころか、むしろ積極的に使うんですね。では分娩方法はどうでしょう。自然な経腟分娩のほうが母子ともに負担が少ないと思うのですが。
ドクタードクター
一般論としてはそうだね。でもHIVの場合、経腟分娩では児が産道を通る間に母体血や腟分泌物にさらされる時間が長くなる。だからわが国では、陣痛や破水が起こる前の妊娠37週前後に選択的帝王切開を行うことが推奨されているんだ。
医学生医学生
破水してから時間がたつほど危険が増す、ということですか。
ドクタードクター
そう。なお欧米の指針では、妊娠末期までウイルス量が十分に抑えられていれば経腟分娩を許容する場合もある。ただ、それは条件付きの選択肢であって、一般に「経腟分娩が望ましい」とはいえないよ。
医学生医学生
次は生まれた直後ですね。産婦人科の実習で、新生児を拭いてから処置していたのを見ました。
ドクタードクター
まさにそれが大事な対策の一つだ。出生直後の児の皮膚にはHIVを含む母体血や羊水が付いている。それが残ったままビタミンKの筋注や吸引で皮膚・粘膜に傷ができると、そこからウイルスが侵入するおそれがある。だから速やかに清拭や沐浴で母体血を除去し、侵襲的な処置はその後に行う。吸引も粘膜を傷つけないよう愛護的にね。
医学生医学生
赤ちゃん自身にも薬を飲ませるんでしょうか。
ドクタードクター
そう、これが曝露後予防の考え方だ。分娩時に曝露した可能性があるから、生後できるだけ早く、目安として6〜12時間以内に、核酸系逆転写酵素阻害薬のジドブジンのシロップを投与し、4〜6週間続ける。感染リスクが高い場合には複数の薬を使うこともあるし、投与中は貧血などの副作用に注意が必要だ。
医学生医学生
母乳はどうですか。母乳には免疫物質が入っているので勧めたくなりますが……。
ドクタードクター
HIVは母乳中にも含まれるから、授乳を続けると出生後も感染の機会がずっと続いてしまう。安全な人工乳が手に入る日本のような環境では、母乳は中止して人工栄養にする。必要に応じて乳汁分泌抑制薬も使うよ。
医学生医学生
整理すると、妊娠中は抗HIV療法、分娩は陣痛前の帝王切開、出生直後に清拭、新生児にジドブジン、そして母乳は禁止ですね。
ドクタードクター
完璧だね。最後に発展知識を押さえておこう。生まれた子が感染したかどうかは、抗体検査では判定できないんだ。なぜだと思う?
医学生医学生
母親のIgG抗体が胎盤を通って移行しているからでしょうか。小児科の講義で、母体由来のIgGはしばらく残ると習いました。
ドクタードクター
その通り。母体由来の抗体は生後1年半ほど残ることがあるから、HIVの核酸を検出するPCR検査を生後数か月にわたって繰り返して判定する。それから、ほかの母子感染と比べるのも有用だ。HBVは出生直後のHBグロブリンとワクチンで予防して母乳は禁止しない。HTLV-1は主に母乳感染なので、完全人工栄養などで感染を減らす。HIVは母体治療、帝王切開、児への抗HIV薬、母乳禁止を組み合わせる。そして、これらの予防はすべて妊婦健診でのHIVスクリーニングから始まる。スクリーニング陽性には偽陽性も含まれるから、確認検査で診断を確定することも忘れないでほしい。

まとめ

HIVの母子感染は胎内感染・分娩時感染・母乳感染の3経路で起こり、最も多いのは分娩時感染です。予防策を組み合わせることで、無対策では20〜40%程度とされる感染率を1%未満まで下げられます。柱となるのは、妊娠中の母体への抗HIV療法(控えずに速やかに開始・継続)、陣痛・破水前の選択的帝王切開、出生直後の清拭による母体血の除去と新生児へのジドブジン予防投与、そして母乳を中止しての人工栄養です。児の感染判定は母体由来IgGが残るため抗体ではなくPCRで行い、HBVやHTLV-1との予防策の違いも合わせて整理しておくと理解が深まります。「妊娠中・分娩時・出生直後・出生後」という時間軸で対策を並べる考え方は、母子感染全般の診療に応用できる基本となります。

解答・解説

正解はc, dです

HIV(human immunodeficiency virus、ヒト免疫不全ウイルス)の母子感染は、胎内感染(経胎盤)、分娩時の産道感染(母体血・腟分泌物への曝露)、出生後の母乳感染の3つの経路で起こる。このうち最も多いのは分娩時の感染であり、何も対策をとらなければ母子感染率は20~40%程度に達するとされる。 一方、適切な予防策を組み合わせると母子感染率は1%未満まで下げられる。その柱は次の4つである。 (1) 妊娠中からの母体への抗HIV療法(ウイルス量を下げ、胎内・分娩時の感染を減らす) (2) 陣痛発来前の選択的帝王切開(産道での曝露を避ける) (3) 新生児への予防的抗HIV薬投与と、出生直後の清拭による母体血・分泌物の除去 (4) 母乳を止めて人工栄養とする(母乳感染を防ぐ) 本問は、この予防策の流れを「妊娠中・分娩時・出生直後・出生後」の時間軸で整理できているかを問う。選択肢のうち、上記の対策に合致するのは、出生時の清拭と児への予防的抗HIV薬投与の2つである。

選択肢考察

  1. ×a.  妊娠中は妊婦への抗HIV薬投与を控える。

    誤り。妊娠中の母体への抗HIV療法は、母子感染予防の最も重要な柱である。複数の抗HIV薬を組み合わせて血中ウイルス量を検出限界未満まで下げると、胎内感染・分娩時感染のいずれも大きく減る。現在では、妊娠が判明した時点で速やかに抗HIV療法を開始し、すでに治療中であれば原則として継続する。かつては妊娠初期の薬剤による催奇形性を懸念して妊娠14週以降に開始するとされたこともあったが、現在は母体の健康とウイルス抑制を優先し、開始を遅らせない。使用薬は胎児への安全性が確認されたものから選ぶ。

  2. ×b.  経腟分娩が望ましい。

    誤り。経腟分娩では、児が産道を通る際に母体血や腟分泌物にさらされる時間が長く、感染の危険が高まる。わが国では、陣痛発来前・破水前の妊娠37週前後に選択的帝王切開を行うことが推奨されている。なお、欧米の指針では、妊娠末期まで抗HIV療法によってウイルス量が十分に抑えられている場合に経腟分娩を許容しているが、それは条件を満たす場合の選択肢であり、一般に「経腟分娩が望ましい」とはいえない。

  3. ○c.  出生時に児を清拭して母体血を除去する。

    正しい。出生直後の児の皮膚には、HIVを含む母体血や羊水・分泌物が付着している。これが残っていると、注射や吸引などの処置で皮膚・粘膜に傷ができた際にウイルスが侵入するおそれがある。そのため、出生後速やかに児を清拭(または沐浴)して母体血を除去する。口腔・鼻腔の吸引も粘膜を傷つけないよう愛護的に行う。清拭は、筋肉内注射(ビタミンKなど)などの侵襲的処置の前に済ませておく。

  4. ○d.  児への予防的抗HIV薬投与を行う。

    正しい。分娩時に児がウイルスに曝露された可能性があるため、出生後できるだけ早期(生後6~12時間以内が目安)に、核酸系逆転写酵素阻害薬であるジドブジン(zidovudine、AZT)のシロップを児に投与し、4~6週間継続する。これは曝露後予防の考え方に基づくもので、母体のウイルス量が十分に抑えられていない場合など感染リスクが高いときには、複数薬剤を用いることもある。投与中は貧血などの副作用に注意する。

  5. ×e.  母乳哺育を勧める。

    誤り。HIVは母乳中にも含まれ、母乳を介して児に感染しうる。母乳哺育を続けると、出生後も感染の機会が長期にわたって続くことになる。安全な人工乳を入手できるわが国のような環境では、母乳は中止し、人工栄養とする。母乳分泌を止めるために、必要に応じて乳汁分泌抑制薬を用いる。

HIV母子感染の経路

・胎内感染(経胎盤):妊娠後期に多い ・分娩時感染(産道感染):母子感染の中で最も多い。破水から分娩までの時間が長いほど危険が増す ・母乳感染:授乳期間が長いほど危険が増す

母子感染予防の流れ

1. 妊娠初期のスクリーニング:わが国では妊婦健診でHIV抗体(スクリーニング検査)を行う。スクリーニング陽性には偽陽性が含まれるため、ウェスタンブロット法や核酸増幅検査などの確認検査で診断を確定する 2. 妊娠中:抗HIV療法(多剤併用療法)でウイルス量を検出限界未満に抑える 3. 分娩:妊娠37週前後に陣痛・破水前の選択的帝王切開。ウイルス量が十分に抑制されていない場合などには、分娩前からジドブジンの点滴静注を併用する 4. 出生直後:児の清拭で母体血を除去、侵襲的処置は清拭後に 5. 新生児期:ジドブジンシロップを生後早期から4~6週間投与 6. 栄養:母乳を禁止し人工栄養 7. 児の感染の有無の判定:母体由来のIgG抗体が生後1年半ほど残るため、抗体検査では判定できない。HIVの核酸(RNA/DNA)を検出するPCR検査を生後数か月にわたり繰り返して判定する

母子感染を起こす主なウイルスと予防策の比較

・B型肝炎ウイルス(HBV):出生直後の児へのHBグロブリンとHBワクチン。母乳は禁止しない ・HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型):主に母乳感染。完全人工栄養などで母乳を介した感染を減らす ・HIV:母体の抗HIV療法、帝王切開、児への抗HIV薬、母乳禁止を組み合わせる

POINT

・HIV母子感染は分娩時感染が最多。対策をすれば感染率は1%未満に下げられる ・予防の4本柱:妊娠中の母体への抗HIV療法、選択的帝王切開、新生児への抗HIV薬(ジドブジン)投与と出生直後の清拭、母乳禁止(人工栄養) ・抗HIV薬は妊娠中も控えない(開始・継続する) ・児の感染判定は抗体ではなくPCRで行う(母体由来の抗体が残るため)

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。