小さな陥凹に潜む印環細胞―早期胃癌の治療は「組織型」と「リンパ節転移リスク」で決まる
第102回医師国家試験 G問題 第45問
国試問題にチャレンジ
52歳の男性。上腹部痛を主訴に来院した。1か月前から食後に上腹部痛を自覚するようになった。胃内視鏡写真(A)と生検組織H-E染色標本(B)とを別に示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.アルゴンプラズマ凝固
- b.抗癌化学療法
- c.放射線治療
- d.粘膜切除術
- e.胃切除
対話形式の解説
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ドクターまとめ
辺縁不整な浅い陥凹と陥凹内のインゼルは0-Ⅱc型早期胃癌を示し、生検で腺管をつくらない印環細胞癌がみられれば未分化型と分類されます。早期胃癌の治療は、リンパ節転移の可能性がきわめて低い病変に限って内視鏡的切除を行い、それ以外はリンパ節郭清を伴う胃切除を行うのが原則です。未分化型は側方へ広がりやすく境界が不明瞭で、リンパ節転移の危険も高いため、出題当時は内視鏡治療の適応外とされ、現在も「潰瘍なし・長径2 cm以下の粘膜内癌」に限ってESDの適応となります。化学療法や放射線治療は胃癌では補助的・緩和的な位置づけで、アルゴンプラズマ凝固は止血などに用いる焼灼法であり、いずれも切除可能な早期胃癌の根治治療ではありません。肉眼型と組織型からリンパ節転移リスクを見積もり治療法を選ぶ考え方は、消化管癌の治療方針を理解する基本になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・52歳男性。1か月前から食後の上腹部痛がある。 ・胃内視鏡写真(A):胃粘膜に発赤を伴う浅い陥凹があり、陥凹の辺縁は不整である。陥凹の底には小さな島状の隆起(インゼル)が残っている。 ・生検組織H-E染色標本(B):腺管をつくらずにばらばらに増殖する異型細胞がみられる。多くの細胞は細胞質に粘液をため込み、核が細胞の端に押しやられた「印環細胞」の形をとっている。核の大小不同や濃縮もみられる。
診断へのプロセス
上腹部痛は胃・十二指腸、肝・胆・膵、腹部血管などさまざまな疾患で起こるため、まず内視鏡所見で病変の性状を確認する。辺縁が不整な浅い陥凹と、陥凹内のインゼルは、陥凹型早期胃癌(0-Ⅱc型)を示す典型的な内視鏡像である。生検では腺管形成のない印環細胞癌が主体であり、組織型は未分化型(低分化腺癌と印環細胞癌をまとめて未分化型と呼ぶ)に分類される。以上から、0-Ⅱc型の未分化型(印環細胞癌)早期胃癌と診断する。
設問の考え方
早期胃癌の治療方針は、「リンパ節転移の可能性がきわめて低い病変だけを内視鏡で局所切除し、それ以外はリンパ節郭清を伴う胃切除を行う」という原則で決まる。未分化型癌は分化型癌に比べて粘膜内を側方へ広がりやすく、病変の境界(切除範囲)を決めにくいうえ、リンパ節転移の危険も高い。そのため本問の出題当時(2008年)の基準では、未分化型癌は組織型だけで内視鏡治療の適応外とされ、リンパ節郭清を伴う胃切除術が標準治療であった。本問はこの基準に基づき、胃切除を選ばせる問題である。 なお、現在の胃癌治療ガイドラインでは、潰瘍(瘢痕)を伴わず長径2 cm以下の未分化型粘膜内癌に限り、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の適応とされている。ただし本問の問題文と画像からは、病変の大きさ・深達度・潰瘍(瘢痕)の有無を確定できない。陥凹の周囲にひだのような構造もみえるが、潰瘍(瘢痕)があるかどうかを写真から判断することは難しい。したがって現行基準で内視鏡治療の適応を厳密に判定することはできず、情報が限られた状況では、未分化型であることを重視して胃切除を選ぶのが妥当である。
選択肢考察
- ×a. アルゴンプラズマ凝固
アルゴンプラズマ凝固(APC)は、イオン化したアルゴンガスを介して高周波電流を流し、組織に触れずに表面を焼灼する内視鏡治療である。凝固の深さが浅く組織の深部への影響が少ないため、広い粘膜面から滲み出るような出血(胃前庭部毛細血管拡張症〈GAVE〉や放射線性腸炎など)の止血に有効であり、内視鏡切除後の遺残病変の焼灼などにも用いられる。病変を焼いてしまうため組織を回収して深達度や断端を病理学的に評価できず、根治を目指す早期胃癌、とくに未分化型癌の治療法として選ぶものではない。
- ×b. 抗癌化学療法
化学療法は、切除不能・再発胃癌に対する治療や、根治切除後の再発予防(術後補助化学療法、主にStageⅡ・Ⅲが対象)として用いられる。早期胃癌は切除によって根治が期待できる段階であり、切除を優先すべきである。化学療法を用いるとしても補助的な位置づけであり、化学療法単独を治療として選ぶのは不適切である。
- ×c. 放射線治療
胃癌(多くは腺癌)は放射線感受性が高くなく、胃の周囲には放射線に弱い臓器(小腸、肝臓、腎臓など)が多い。わが国では胃癌に対する放射線治療は主に出血・狭窄・疼痛などを和らげる緩和目的で用いられ、補助的な治療にとどまる。切除で根治を目指せる早期胃癌に対し、放射線治療単独を選ぶのは不適切である。
- ×d. 粘膜切除術
内視鏡的粘膜切除術(EMR)は、リンパ節転移の可能性がきわめて低い早期胃癌に行う局所治療である。未分化型癌は粘膜固有層内を側方へ浸潤して病変の境界が不明瞭になりやすく、切除断端に癌が残っていないかの判定が難しい。またリンパ節転移の危険も分化型癌より高い。このため出題当時は、未分化型癌は内視鏡的切除の適応外(禁忌)とされていた。現在の基準では、未分化型でも「粘膜内癌・潰瘍(瘢痕)なし・長径2 cm以下」に限りESDの適応とされるが、本問では病変の大きさ・深達度・潰瘍の有無が示されておらず、この条件を満たすとは判断できない。さらに、一括切除できる大きさに限りがあるEMRは、現行基準でも未分化型癌の切除法としては推奨されない(EMRが選択されうるのは長径2 cm以下の潰瘍を伴わない分化型粘膜内癌に限られ、それ以外はESDが推奨される)。したがって本問の治療として不適切である。
- ○e. 胃切除
早期胃癌の治療は切除が原則であり、内視鏡治療の適応とならない病変では、リンパ節郭清を伴う胃切除術が標準治療となる。本例は未分化型(印環細胞癌)の早期胃癌で、出題当時の基準では組織型から内視鏡治療の適応外とされ、胃切除が第一選択であった。胃切除では原発巣とともに所属リンパ節を郭清できるため、リンパ節転移の危険がある病変でも根治が期待できる。早期胃癌(cT1)でリンパ節転移を疑わない場合には、郭清範囲を縮小したD1またはD1+郭清が標準とされ、腹腔鏡下手術も広く行われている。したがって胃切除が適切であり、正解である。
早期胃癌とは
癌の浸潤が粘膜(M、T1a)または粘膜下層(SM、T1b)までにとどまる胃癌をいい、リンパ節転移の有無は問わない。肉眼型は0型(表在型)として、0-Ⅰ(隆起型)、0-Ⅱa(表面隆起型)、0-Ⅱb(表面平坦型)、0-Ⅱc(表面陥凹型)、0-Ⅲ(陥凹型)に分類され、0-Ⅱcが最も多い。
0-Ⅱc型の内視鏡所見
・発赤または褪色を伴う浅い不整形の陥凹、陥凹辺縁の蚕食像(虫が食べたようなぎざぎざした縁)。 ・陥凹内のインゼル(島状の粘膜残存)。 ・潰瘍(瘢痕)を伴う場合は、陥凹へ向かうひだ集中がみられることがある。集中するひだの先端の変化(先細り、中断、棍棒状の肥大、癒合)は癌の存在を示唆し、先端の肥大や癒合は粘膜下層への浸潤を疑わせる。
組織型の分類
・分化型:乳頭腺癌(pap)、高分化管状腺癌(tub1)、中分化管状腺癌(tub2)。高齢男性に多く、腸上皮化生を背景に発生しやすい。 ・未分化型:低分化腺癌(por)、印環細胞癌(sig)。比較的若年者や女性にも多く、びまん性に浸潤しやすい。進行するとスキルス胃癌(4型)の形をとることがある。
内視鏡的切除の適応(胃癌治療ガイドライン・ESD/EMRガイドライン)
いずれも「リンパ節転移の可能性がきわめて低く、一括切除できる大きさと部位にあること」が前提である。 ・絶対適応:①潰瘍(瘢痕)を伴わない(UL0)分化型の粘膜内癌(cT1a)(大きさを問わない)、②潰瘍(瘢痕)を伴う(UL1)分化型の粘膜内癌で長径3 cm以下、③UL0の未分化型の粘膜内癌で長径2 cm以下。 ・切除方法:長径2 cm以下のUL0分化型粘膜内癌ではEMRも選択されうるが、それ以外ではESDが推奨される。 ・適応外:粘膜下層への浸潤が疑われる癌、上記の条件を満たさない未分化型癌(潰瘍を伴うもの、2 cmを超えるもの)など。これらはリンパ節郭清を伴う胃切除が標準治療となる。 ・切除後は病理学的に深達度、脈管侵襲、断端などを評価し、根治性が不十分であれば追加の外科的切除を検討する。
基準の変遷
本問の出題当時(2008年)は、内視鏡的切除の対象は主に分化型の粘膜内癌であり、未分化型癌は内視鏡治療の適応外として胃切除が原則であった。その後、UL0・長径2 cm以下の未分化型粘膜内癌は「適応拡大病変」として扱われるようになり、臨床試験の結果を受けて現在は絶対適応に加えられている。現行基準で適応を判断するには、病変の大きさ、深達度、潰瘍(瘢痕)の有無の評価が必要である。
胃癌の非切除治療
化学療法、放射線療法などがあるが、胃癌では切除不能・再発例への治療、術後補助療法、緩和目的などが中心であり、切除可能な早期胃癌に単独で行うものではない。
アルゴンプラズマ凝固(APC)の主な用途
・広範な粘膜からのびまん性出血(GAVE、放射線性直腸炎など)の止血。 ・内視鏡切除後の遺残病変の焼灼、手術困難例での姑息的治療など。
POINT
・辺縁不整な浅い陥凹と陥凹内インゼル → 0-Ⅱc型早期胃癌。 ・印環細胞癌・低分化腺癌は未分化型。側方に広がりやすく境界が不明瞭で、リンパ節転移の危険も分化型より高い。 ・内視鏡的切除の適応は、リンパ節転移の可能性がきわめて低い病変に限られる。出題当時は未分化型は適応外であり、胃切除が原則であった。 ・現行基準では、未分化型は「粘膜内癌・潰瘍(瘢痕)なし・長径2 cm以下」に限りESDの適応。それ以外の未分化型早期胃癌は、リンパ節郭清を伴う胃切除術が標準治療。 ・化学療法・放射線療法は胃癌では補助的・緩和的な位置づけ。APCは止血などに用いる焼灼法で、早期胃癌の根治治療ではない。
