肺炎球菌性肺炎で隔離は要る?―すべての患者に共通する「手指衛生」という基本
第101回医師国家試験 D問題 第30問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。3日前からの発熱と湿性咳嗽とを主訴に来院した。10年前から高血圧と糖尿病とで内服治療中である。体温38.5℃。呼吸数24/分。右下肺野にcoarse cracklesを認める。喀痰は膿性で,Gram染色によりグラム陽性双球菌を認める。 入院後の対応として必要なのはどれか。
- a.病室専用のスリッパに履き替える。
- b.診察する際にガウンを着用する。
- c.病室ではN95マスクを着用する。
- d.患者と接触する前後に手を洗う。
- e.陰圧個室に入院させる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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医学生
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医学生
ドクターまとめ
喀痰Gram染色でグラム陽性双球菌を認める細菌性肺炎は肺炎球菌性肺炎と推定でき、一般病棟での感染対策は標準予防策が基本となります。標準予防策の中核は、診断にかかわらずすべての患者に行う手指衛生であり、患者と接触する前後の手洗い・擦式消毒が必要な対応です。陰圧個室とN95マスクは結核・麻疹・水痘を対象とする空気予防策、診察時のガウン常時着用はMRSAやC. difficileなどを対象とする接触予防策であり、病室専用スリッパには予防効果の根拠がありません。病原体の伝播経路から必要な予防策を選び分ける考え方は、臨床実習から研修医以降まで院内感染を防ぐための基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・72歳男性、3日前からの発熱と湿性咳嗽(痰を伴う咳)。 ・基礎疾患として高血圧と糖尿病がある。糖尿病は好中球機能の低下などを介して感染症にかかりやすく、重症化しやすい背景因子である。 ・体温38.5℃、呼吸数24/分(成人の正常はおおむね12〜20/分であり頻呼吸)。 ・右下肺野でcoarse crackles(水泡音:気道内の分泌物を空気が通過する際の粗い断続性ラ音)を聴取する。 ・膿性痰のGram染色でグラム陽性双球菌(ランセット形の双球菌)を認める。
診断
発熱・膿性痰・局所の断続性ラ音から細菌性肺炎と考えられ、喀痰Gram染色でグラム陽性双球菌が見えることから、起炎菌は肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)と推定できる。肺炎球菌は市中肺炎の起炎菌として最も頻度が高い。
設問の考え方
問われているのは治療ではなく、入院後の院内感染対策である。感染対策は二段構えで考える。 1. 標準予防策(スタンダードプリコーション):感染症の有無にかかわらず、すべての患者に適用する基本の対策。手指衛生が中心であり、血液・体液・分泌物・排泄物に触れるおそれがあるときに手袋・ガウン・サージカルマスク・ゴーグルなどを使用する。 2. 感染経路別予防策:標準予防策に上乗せして、病原体の伝播経路(空気・飛沫・接触)に応じて行う対策。 肺炎球菌は通常、健常者の鼻咽頭にも常在しうる菌であり、一般病棟での肺炎球菌性肺炎患者に対しては標準予防策で対応するのが原則である(施設内での伝播が疑われる場合などには飛沫予防策を追加することがある)。患者自身には咳エチケット(マスク着用など)を促す。空気予防策(陰圧個室、N95マスク)や接触予防策(ガウン・手袋の常時使用)は本症例では不要であり、全患者に共通する手指衛生が「必要な対応」となる。
選択肢考察
- ×a. 病室専用のスリッパに履き替える。
床は手が触れる機会が少なく、床からの病原体の伝播が感染の原因となることはほとんどない。履物の履き替えはどの感染経路に対しても予防効果の根拠がなく、むしろ履き替えの際に手が汚染されうる。かつては慣習的に行われていたが、現在の感染対策では推奨されない。
- ×b. 診察する際にガウンを着用する。
診察時に常にガウンを着用するのは接触予防策であり、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などの多剤耐性菌、Clostridioides difficile、疥癬などが対象である。本症例は肺炎球菌性肺炎で、耐性菌の検出も示されていないため、ルーチンのガウン着用は不要である。なお標準予防策としても、体液や分泌物で衣服が汚染されそうな処置(吸引など)を行う場合にはガウンを用いるが、単なる診察で一律に着用する必要はない。
- ×c. 病室ではN95マスクを着用する。
N95マスクは、直径0.3μmの微粒子を95%以上捕集できる医療者用の呼吸器防護具であり、空気感染(飛沫核感染)する病原体に対して用いる。空気予防策の対象は結核、麻疹、水痘(播種性帯状疱疹を含む)である。肺炎球菌は空気感染しないため不要である。
- ○d. 患者と接触する前後に手を洗う。
手指衛生は標準予防策の中核であり、診断や感染症の有無にかかわらず、すべての患者に対して行う。医療者の手は院内感染の最も重要な媒介経路であり、患者に触れる前と触れた後、清潔・無菌操作の前、体液に曝露した可能性のあるとき、患者周囲の環境に触れた後に手指衛生を行う(WHOの「手指衛生の5つのタイミング」)。目に見える汚れがなければアルコール性手指消毒薬による擦式消毒、汚れがあれば流水と石けんによる手洗いを行う。本症例でも入院後に必要な対応である。
- ×e. 陰圧個室に入院させる。
陰圧個室(空気感染隔離室)は、室内の空気が廊下などへ流出しないよう気圧を低く保った部屋で、空気予防策の一環として結核・麻疹・水痘などの患者を収容する。肺炎球菌性肺炎は空気感染しないため、陰圧個室への入院は不要である。
標準予防策と感染経路別予防策
・標準予防策:すべての患者の血液、体液、分泌物(汗を除く)、排泄物、損傷した皮膚、粘膜は感染性があるものとして扱うという考え方。手指衛生、状況に応じた個人防護具(手袋・ガウン・マスク・ゴーグル)、咳エチケット、器材や環境の適切な処理、安全な注射手技などを含む。 ・空気予防策:飛沫核(5μm以下)が長時間空中を漂い広範囲に拡散する病原体が対象。結核、麻疹、水痘。陰圧個室、医療者はN95マスクを着用する。 ・飛沫予防策:咳・くしゃみなどによる飛沫(5μmより大きく、おおむね1〜2m以内に落下)で伝播する病原体が対象。インフルエンザ、風疹、流行性耳下腺炎、百日咳、マイコプラズマ、髄膜炎菌など。個室または患者間の距離の確保、医療者はサージカルマスクを着用する。 ・接触予防策:直接接触や汚染された物品を介して伝播する病原体が対象。MRSAなどの多剤耐性菌、C. difficile、ノロウイルスなどの感染性胃腸炎、疥癬など。手袋・ガウンの着用、器具の専用化を行う。
肺炎球菌性肺炎の要点
・市中肺炎の起炎菌として最多。高齢者、糖尿病、慢性心肺疾患、脾摘後などはリスクが高い。 ・喀痰Gram染色でグラム陽性の双球菌(莢膜のため周囲が抜けて見えることがある)。尿中肺炎球菌抗原検査が迅速診断に有用である。 ・典型的には大葉性肺炎の像をとり、さび色痰を伴うことがある。 ・治療はペニシリン系(アンピシリンなど)が基本で、重症度や耐性状況に応じてセフトリアキソンなどを用いる。 ・予防として65歳以上の高齢者などに肺炎球菌ワクチンの接種が推奨される。
POINT
・喀痰Gram染色でグラム陽性双球菌 → 肺炎球菌性肺炎を考える。 ・肺炎球菌性肺炎の院内感染対策は標準予防策が基本(患者には咳エチケットを指導)。 ・手指衛生はすべての患者に行う標準予防策の中心。 ・陰圧個室・N95マスクは空気予防策(結核・麻疹・水痘)、ガウンの常時着用は接触予防策(多剤耐性菌など)。 ・病室専用スリッパへの履き替えには感染予防効果がない。
