StudyMed医師国家試験

片側の悪臭鼻漏に潜む影―骨を壊して広がる上顎癌

第100回医師国家試験 H問題 第9問

国試問題にチャレンジ

第100回 H問題 第9問

67歳の男性。悪臭鼻漏と複視とを主訴に来院した。4か月前から悪臭鼻漏と鼻出血とを繰り返すようになり,歯痛もある。右側の眼球突出と複視とが徐々に出現し,顔貌も変形してきた。副鼻腔単純CT冠状断像を示す。 考えられるのはどれか。

第100回 H問題 第9問の問題画像
  1. a.上顎癌
  2. b.上咽頭癌
  3. c.副鼻腔囊胞
  4. d.慢性副鼻腔炎
  5. e.歯性上顎洞炎

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、副鼻腔の病変を症状と画像から鑑別する問題だ。カギになるのは「片側性かどうか」と「周囲の骨を壊して広がっているかどうか」。まず、症状が右側だけに限られ、数か月かけて進行している点をどう捉えるかな。
医学生医学生
鼻の病気でも、片側だけというのは少し気になります。
ドクタードクター
いい感覚だね。慢性副鼻腔炎のようなよくある炎症は両側に起こることが多い。片側性、しかも鼻出血を繰り返す場合は、まず悪性腫瘍を念頭に置くのが鉄則なんだ。では、鼻以外の症状を整理してみよう。眼球突出と複視、歯痛、顔貌の変形。これらは上顎洞からみてどの方向の症状だろう。
医学生医学生
上顎洞の上は眼窩なので、眼の症状は上方向ですね。歯痛は下の歯槽側、顔の変形は前方でしょうか。
ドクタードクター
その通り。解剖学の実習で頭蓋骨を見たとき、上顎洞が眼窩・鼻腔・歯槽・頬に囲まれていたのを思い出してほしい。今回は上顎洞を中心に、上・下・前、そして鼻腔へと多方向に広がっている。こうした広がりは炎症や囊胞ではなかなか説明できない。悪臭鼻漏は腫瘍の壊死や二次感染によるものと考えられる。
医学生医学生
CTではどんな所見になっているんですか。
ドクタードクター
冠状断像では、右上顎洞を中心に、鼻腔や篩骨洞、さらに眼窩内にまで及ぶ軟部組織の腫瘤がある。内部は不均一で辺縁も不整、眼窩底などの洞壁が破壊されている。骨を押し広げて薄くするのではなく、骨を壊して周りへ浸潤している点が悪性を示す重要な所見なんだ。
医学生医学生
高齢男性で、片側性、血性の鼻漏、周囲への進展、骨破壊。上顎癌ですね。
ドクタードクター
正解。上顎癌は上顎洞粘膜から発生し、組織型の大部分は扁平上皮癌だ。洞内に収まっている間はほとんど症状がなく、洞壁を破って初めて症状が出るから、気づいたときには進行していることが多い。ほかの選択肢も見ていこう。上咽頭癌はどうかな。
医学生医学生
上咽頭癌でも複視が出ると習った気がします。
ドクタードクター
よく覚えているね。上咽頭癌は頭蓋底に浸潤して外転神経麻痺を起こし、複視が出ることがある。ほかに、耳管の出口がふさがって片側の滲出性中耳炎になったり、頸部リンパ節が腫れたりするのが特徴で、EBウイルスとの関連も深い。ただ病変の中心は鼻の奥の上咽頭だから、上顎洞の腫瘤や頬の膨隆、歯痛は通常起こさない。
医学生医学生
副鼻腔囊胞も眼球突出を起こすことがありますよね。CBTの問題で術後性上顎囊胞を見ました。
ドクタードクター
そうだね。囊胞は内容液がたまってゆっくり膨らむので、頬の腫れや眼球突出を起こしうる。でもCTでは、辺縁が平滑で内部が均一な、境界明瞭な類円形の病変として見え、骨は押し広げられて薄くなる。今回のような不整な腫瘤による浸潤性の破壊や、繰り返す鼻出血は囊胞では説明できない。術後性上顎囊胞なら上顎洞根治手術の既往が手がかりになるけれど、その記載もないね。
医学生医学生
片側の悪臭鼻漏と歯痛なら、歯性上顎洞炎も当てはまりそうで迷いました。
ドクタードクター
そこが一番の引っかけだ。歯性上顎洞炎は上の奥歯の根尖病巣から炎症が上顎洞に及んだもので、片側の悪臭を伴う膿性鼻漏と歯痛が特徴だから、症状の一部は確かに重なる。でも炎症だけで骨を壊す腫瘤はつくらないし、眼球突出や顔の変形も起こさない。慢性副鼻腔炎も同じで、両側の粘膜肥厚が中心で骨破壊は通常みられないんだ。
医学生医学生
共通する症状に引っ張られずに、「骨を壊して周りに広がっているか」で炎症と腫瘍を分けるんですね。
ドクタードクター
その通り。発展知識として、上顎癌の症状は進展方向で整理するといい。鼻腔なら鼻閉や血性鼻漏、眼窩なら眼球突出・複視・流涙、前方なら頬部腫脹、下方なら歯痛や歯の動揺、後方の翼口蓋窩や側頭下窩に進めば開口障害や、三叉神経第2枝の障害による頬や上口唇のしびれが出る。
医学生医学生
耳鼻咽喉科の実習で、MRIも撮っていた患者さんがいました。CTだけでは足りないんですか。
ドクタードクター
いい質問だ。CTは骨破壊の評価に優れているけれど、腫瘍と貯留液や炎症粘膜との区別、眼窩内や頭蓋内への広がりはMRIのほうが見やすい。そして確定診断はあくまで生検による病理診断だ。治療は手術、放射線、動注を含む化学療法を組み合わせた集学的治療で、顔の形や機能をどう残すかも大事なテーマになる。
医学生医学生
高齢者の片側性の血性鼻漏を見たら、ただの副鼻腔炎と決めつけずに腫瘍を疑う、と心に留めておきます。

まとめ

高齢者に片側性の悪臭・血性鼻漏がみられ、眼球突出や複視、歯痛、顔貌変形など上顎洞の周囲への進展症状を伴う場合は、上顎癌を疑います。上顎癌は大部分が扁平上皮癌で、洞内に限局する早期は無症状のことが多く、症状は腫瘍が鼻腔・眼窩・頬部・歯槽・後方へと洞壁を越えて広がる方向に対応して現れます。CTで内部不均一な腫瘤と浸潤性の骨破壊を認めることが悪性の決め手で、骨を圧排・菲薄化させる副鼻腔囊胞、骨破壊を伴わない慢性副鼻腔炎や歯性上顎洞炎、上咽頭を主座とする上咽頭癌とはここで区別できます。MRIで進展範囲を評価し、生検で確定したうえで集学的治療を行います。「片側性」「血性鼻漏」「骨破壊」という3つの手がかりは、副鼻腔の腫瘍を見逃さないための基本的な視点です。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・67歳男性という高齢者 ・4か月前からの悪臭を伴う鼻漏と、繰り返す鼻出血(血性鼻漏) ・歯痛(う歯などの明らかな歯の原因がない歯痛は、腫瘍が上顎洞の下壁=歯槽側へ進展したことを示唆する) ・右側の眼球突出と複視(上顎洞の上壁=眼窩底を越えて眼窩内へ進展した所見) ・顔貌の変形(上顎洞の前壁を破壊して頬部が膨隆した所見) ・症状が片側(右)に限局し、数か月の経過で徐々に進行している

診断へのプロセス

副鼻腔の病変が一側性で、しかも鼻出血を伴う場合は、まず悪性腫瘍を念頭に置く。本例では上顎洞を中心に、上方(眼窩:眼球突出・複視)、下方(歯槽・口蓋:歯痛)、前方(頬部:顔貌変形)と、上顎洞を取り囲む骨壁を越えて多方向に病変が広がっていることが症状から読み取れる。このような周囲骨の破壊を伴う進行性の病変は、炎症性疾患や囊胞では説明しにくく、悪性腫瘍の浸潤を考えるのが自然である。悪臭鼻漏は腫瘍の壊死や二次感染によるものと考えられる。 副鼻腔単純CT冠状断像では、右上顎洞を中心に、鼻腔、篩骨洞、さらに眼窩内にまで及ぶ内部濃度が不均一で辺縁不整な軟部組織腫瘤を認め、上顎洞壁(眼窩底など)の骨破壊を伴っている。骨を圧排して菲薄化させるのではなく、骨を「破壊」して周囲へ浸潤している点が悪性腫瘍を示す重要な所見である。 以上から、臨床像・画像所見とも上顎癌として典型的である。

設問の考え方

選択肢には、同じ副鼻腔・鼻領域に生じる疾患が並んでいる。鑑別の鍵は「高齢」「一側性」「血性・悪臭鼻漏」「眼症状・歯痛・顔面変形という周囲への進展症状」「CTでの骨破壊を伴う不均一な腫瘤」の組み合わせであり、これらをすべて満たすのは上顎癌である。

選択肢考察

  1. ○a.  上顎癌

    上顎癌は上顎洞粘膜から発生する悪性腫瘍で、組織型の大部分は扁平上皮癌である。上顎洞内に限局している間は無症状のことが多く、腫瘍が洞壁を破壊して周囲に広がって初めて症状が出る。内側(鼻腔)へ進めば血性・悪臭鼻漏や鼻閉、上方(眼窩)へ進めば眼球突出・複視・流涙、前方へ進めば頬部腫脹・顔貌変形、下方へ進めば歯痛・歯の動揺・口蓋の腫脹、後方(翼口蓋窩・側頭下窩)へ進めば開口障害や頬部のしびれ(三叉神経第2枝障害)を生じる。本例の悪臭鼻漏・鼻出血・歯痛・眼球突出・複視・顔貌変形はいずれもこれで説明でき、CTの骨破壊を伴う不均一な腫瘤とも合致するため、最も考えられる。

  2. ×b.  上咽頭癌

    上咽頭癌は鼻腔の後方にある上咽頭(咽頭円蓋・側壁)から発生し、EBウイルス(Epstein-Barr virus)との関連が深い。症状は、耳管咽頭口の閉塞による片側の滲出性中耳炎(耳閉感・難聴)、頸部リンパ節腫脹、鼻閉・血性鼻漏、頭蓋底浸潤による脳神経麻痺(外転神経麻痺による複視など)が特徴である。血性鼻漏や複視は生じうるが、病変の主座は上咽頭であり、上顎洞を中心とした腫瘤や頬部の膨隆による顔貌変形、歯痛は通常きたさない。CTでも病変の中心が上顎洞にある本例とは一致しない。

  3. ×c.  副鼻腔囊胞

    副鼻腔囊胞(術後性上顎囊胞や前頭洞・篩骨洞の粘液囊胞など)は、内容液が貯留してゆっくり膨張し、周囲の骨を圧排・菲薄化させる。そのため頬部腫脹や眼球突出、複視をきたすことはある。しかしCTでは辺縁が平滑で内部が均一な、境界明瞭な類円形の病変として描出され、骨は「押し広げられて薄くなる」のが特徴である。本例のような内部不均一で辺縁不整な腫瘤による浸潤性の骨破壊や、繰り返す鼻出血は囊胞では説明できない。なお術後性上顎囊胞は上顎洞根治手術(Caldwell-Luc手術)の既往が手がかりとなるが、本例ではその記載もない。

  4. ×d.  慢性副鼻腔炎

    慢性副鼻腔炎は副鼻腔粘膜の慢性炎症で、膿性・粘性鼻漏、後鼻漏、鼻閉、嗅覚障害、頭重感などを呈し、両側性に生じることが多い。CTでは副鼻腔内の粘膜肥厚や陰影を認めるが、骨破壊は通常みられず、眼球突出・複視・顔貌変形といった周囲への進展症状も起こさない。片側性で鼻出血と骨破壊を伴う本例は、慢性副鼻腔炎としては非典型的である。

  5. ×e.  歯性上顎洞炎

    歯性上顎洞炎は、上顎の小臼歯・大臼歯の根尖病巣(う歯、根管治療後など)の炎症が上顎洞底を通じて波及して起こる副鼻腔炎で、片側性の悪臭を伴う膿性鼻漏と歯痛を特徴とする。このため、一側性の悪臭鼻漏と歯痛という点では本例と共通し、鑑別上重要である。しかし炎症性疾患であるため骨破壊を伴う腫瘤を形成することは通常なく、眼球突出・複視・顔貌変形も起こさない。反復する鼻出血も炎症だけでは説明しにくい。

上顎癌の概要

・副鼻腔悪性腫瘍の中で最も多いのが上顎洞原発で、組織型は扁平上皮癌が大半を占める。50〜60歳代以降の男性に多い。 ・わが国では慢性副鼻腔炎の減少に伴い、上顎癌の発生は以前に比べて減少してきたとされる。 ・上顎洞内に限局している早期は無症状のことが多く、症状が出た時点ではすでに進行していることが多い。

進展方向と症状

・内側(鼻腔):鼻閉、血性・悪臭鼻漏、鼻出血 ・上方(眼窩):眼球突出、眼球偏位、複視、流涙(鼻涙管閉塞) ・前方(頬部):頬部腫脹、顔面の変形 ・下方(歯槽・口蓋):歯痛、歯の動揺、口蓋・歯肉の腫脹 ・後方(翼口蓋窩・側頭下窩・翼突筋):開口障害(牙関緊急)、頬部や上口唇のしびれ(三叉神経第2枝=上顎神経の障害) ・頭蓋底方向:脳神経症状

検査

・CT:上顎洞を中心とする不均一な軟部組織腫瘤と骨破壊(特に洞壁の浸潤性破壊)が特徴。 ・MRI:腫瘍と貯留液・炎症性粘膜との区別、眼窩内や頭蓋内への進展範囲の評価に優れる。 ・確定診断は生検による病理組織診断。

治療

・手術(上顎部分切除・全摘、眼窩内容摘出を含む拡大手術など)、放射線治療、化学療法(動注化学療法を含む)を組み合わせた集学的治療が行われる。顔面の形態・機能の温存も考慮される。

副鼻腔病変の鑑別の視点

・一側性+血性鼻漏+骨破壊 → 悪性腫瘍(上顎癌など)を疑う ・一側性+悪臭鼻漏+歯の病変 → 歯性上顎洞炎 ・一側性+膨張性・境界明瞭・骨の菲薄化 → 副鼻腔囊胞(術後性上顎囊胞など) ・両側性+粘膜肥厚 → 慢性副鼻腔炎 ・一側性の乳頭状腫瘤 → 内反性乳頭腫(再発や癌化に注意)

POINT

・高齢者の一側性の血性・悪臭鼻漏は、上顎癌をはじめとする副鼻腔悪性腫瘍を疑う。 ・上顎癌の症状は腫瘍の進展方向で整理する:鼻腔(鼻出血・鼻閉)、眼窩(眼球突出・複視)、頬部(顔貌変形)、歯槽(歯痛)、後方(開口障害・頬部しびれ)。 ・CTで骨破壊を伴う内部不均一な腫瘤は悪性腫瘍を示す。囊胞は骨を圧排・菲薄化させるが、浸潤性に破壊はしない。 ・歯性上顎洞炎は一側性の悪臭鼻漏と歯痛が共通するため重要な鑑別疾患であるが、骨破壊は伴わない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。