StudyMed医師国家試験

息切れが落ち着いた、その次の一手―HFpEFの高齢女性に「心臓リハビリ」が選ばれる理由

第119回医師国家試験 A問題 第44問

国試問題にチャレンジ

第119回 A問題 第44問

76歳の女性。息切れを主訴に救急車で搬入された。2日前から風邪気味で食欲が低下していた。夜間に座位で呼吸が苦しそうなところを家族が気付き,救急車を要請した。既往歴に高血圧症があり,降圧薬を服薬している。意識は清明。身長150cm,体重38kg。体温35.8℃。心拍数92/分,整。血圧164/92mmHg。呼吸数24/分。SpO2 95%(リザーバー付マスク10L/分酸素投与下)。全身にるいそうを認める。眼瞼結膜に軽度の貧血を認める。頸静脈の怒張を認める。心音に異常は認めず,肺野背側下部にcoarse cracklesを聴取する。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。四肢に冷感を認める。下肢に軽度の浮腫を認める。血液所見:赤血球415万,Hb 9.8g/dL,Ht 40%,白血球9,200,血小板15万。血液生化学所見:アルブミン2.8g/dL,総ビリルビン1.1mg/dL,AST 26U/L,ALT 30U/L,CK 82U/L(基準41~153),尿素窒素18mg/dL,クレアチニン1.2mg/dL,血糖84mg/dL,HbA1c 6.2%(基準4.9~6.0),Na 132mEq/L,K 4.0mEq/L,BNP 422pg/mL(基準18.4以下)。CRP 2.4mg/dL。心電図でⅠ度房室ブロックを認める。胸部エックス線写真で心胸郭比56%,肺うっ血を認める。心エコー検査で,軽度の全周性の心肥大を認めるが,左室駆出率は65%と正常である。入院後,5日間で病状は落ち着いてきており,食事は摂取出来ている。体重36kg。脈拍60/分,整。血圧130/80mmHg。SpO2 97%(room air)である。  この患者に対する治療で適切なのはどれか。

  1. a.輸血
  2. b.酸素療法
  3. c.β遮断薬の内服
  4. d.高カロリー輸液
  5. e.心臓リハビリテーション

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は高血圧のある高齢女性が急性心不全で運ばれてきて、入院5日目に病状が落ち着いた段階で何をするか、という問題だ。ポイントは2つ。どんなタイプの心不全なのかを見極めることと、問われているのが「搬入時」ではなく「安定した後」の治療だという点だよ。まずは搬入時の状態をどう捉える?
医学生医学生
夜間に座って苦しそうにしていたのは起坐呼吸ですよね。頸静脈怒張、coarse crackles、BNP高値、肺うっ血もそろっているので、急性心不全だと思います。
ドクタードクター
その通り。横になると静脈還流が増えて肺うっ血が悪化するから、患者さんは自然と座る。では心エコーで左室駆出率が65%と保たれていた点はどう解釈する?
医学生医学生
収縮が正常なら心不全ではない、と最初は思ってしまいました…。
ドクタードクター
そこがよくある誤解だね。左室駆出率が50%以上に保たれていても心不全は起こる。これがHFpEF、駆出率の保たれた心不全だ。長年の高血圧で左室が全周性に肥大して硬くなり、拡張期に血液を十分受け入れられない。すると左房圧が上がり、肺うっ血が起きるんだ。今回は風邪という感染と血圧上昇が引き金になって急性増悪したと考えられる。
医学生医学生
循環器内科の実習で、HFpEFは高齢女性や高血圧の患者さんに多いと教わりました。まさに今回の患者さんですね。
ドクタードクター
よく覚えているね。心不全患者のおよそ半数がHFpEFといわれている。さて本題。入院5日目には酸素なしでSpO2が保たれ、血圧も脈拍も落ち着き、体重も2kg減ってうっ血が取れてきた。食事も摂れている。この段階の目標は何だと思う?
医学生医学生
急性期の救命は済んだので、再入院を防ぐことと、体力を戻すことでしょうか。
ドクタードクター
まさにそれ。だから答えは心臓リハビリテーションだ。運動療法に加えて、塩分・体重管理や服薬の指導、心理的支援まで含む包括的なプログラムで、運動耐容能と生活の質を改善し、心不全での再入院を減らすことが示されている。HFpEFは予後をはっきり改善する薬が限られるので、なおさら重要なんだ。
医学生医学生
この方はるいそうがあって、アルブミンも低いですよね。入院で寝ていたら、さらに筋力が落ちてしまいそうです。
ドクタードクター
いい着眼点だ。高齢心不全患者はサルコペニアやフレイルを合併しやすく、入院自体がそれを悪化させる。安定したら早期から離床と運動療法を始めることが大切だ。では他の選択肢も見ていこう。貧血があるから輸血、という考えはどうかな。
医学生医学生
Hbは9.8g/dLなので、輸血の目安よりは高いと思います。
ドクタードクター
そうだね。輸血はおおむねHb 7g/dL未満、心疾患があっても8g/dL未満や症状がある場合を目安に考える。しかも心不全患者への輸血は容量負荷になって肺うっ血を再燃させかねない。貧血は増悪因子なので、鉄欠乏など原因を調べて対処するのが筋だ。酸素療法は?
医学生医学生
今はroom airでSpO2 97%なので、続ける理由がありませんね。
ドクタードクター
その通り。低酸素血症がなければ酸素投与に利益はない。次にβ遮断薬はどうだろう。心不全といえばβ遮断薬、というイメージがあるかもしれない。
医学生医学生
CBTの勉強で、心不全の予後改善薬として覚えました。でも、それは駆出率が低下したHFrEFの話だったような…。
ドクタードクター
そう、β遮断薬が生命予後と再入院を改善するのはHFrEFで、HFpEFでは明確な予後改善効果は示されていない。加えて、この患者さんはⅠ度房室ブロックがあり、脈拍はすでに60/分と遅め。房室伝導を抑えて心拍数を下げる薬を新たに始めると、ブロックの進行や徐脈を招くおそれがある。
医学生医学生
高カロリー輸液は、低栄養を補う目的なら一見よさそうですが…。
ドクタードクター
中心静脈栄養は、消化管が使えない場合や経口で必要量を満たせない場合の手段だ。この方は食事が摂れているから、腸を使うのが原則。カテーテル感染のリスクもあるし、大量の輸液は心不全には容量負荷になる。低栄養には食事内容の調整や栄養指導、必要なら経口栄養補助食品で対応する。
医学生医学生
搬入時に必要だった治療と、安定後に必要な治療をきちんと切り分けて考えることが大事なんですね。
ドクタードクター
その通り。最後に発展知識を。HFpEFの治療の基本は、うっ血に対する利尿薬と、高血圧・心房細動・糖尿病などの併存疾患の管理だ。薬物では近年、SGLT2阻害薬が心不全入院などを減らすことが示され、推奨されるようになった。そして退院後も、感染、塩分や水分の摂りすぎ、服薬中断、血圧上昇などの増悪因子を避けることが再入院予防のカギになる。
医学生医学生
患者さんとご家族に、毎日の体重測定や塩分制限を指導するのも心臓リハビリの一部ということですね。
ドクタードクター
そうだね。体重が数日で急に増えたら受診する、といった増悪のサインを本人と家族が知っておくことが、心不全の長い経過を支える力になるんだ。

まとめ

高血圧を背景に全周性左室肥大があり、左室駆出率が50%以上に保たれた心不全はHFpEF(駆出率の保たれた心不全)で、心室の拡張障害が本態です。感染や血圧上昇を誘因に急性増悪しても、急性期を脱して安定した後は、再入院予防と身体機能の回復が治療目標となり、運動療法・患者教育・栄養管理を含む包括的な心臓リハビリテーションが中心的な役割を担います。β遮断薬はHFrEFの予後改善薬でありHFpEFでは明確な効果が示されておらず、房室ブロックや徐脈傾向があれば新規開始は慎重であるべきです。低酸素血症のない酸素投与、輸血基準を満たさない貧血への輸血、経口摂取可能な患者への高カロリー輸液も適応になりません。病期に応じて治療目標を切り替える視点は、高齢化で増え続ける心不全診療の基本となります。

解答・解説

正解はeです

搬入時の所見の整理

・76歳女性、高血圧症で治療中。感冒様症状と食欲低下の2日後に、夜間に座位をとって呼吸が苦しそうになった → 起坐呼吸(横になると肺うっ血が増して苦しくなるため座る)で、急性の左心不全を強く示唆する。 ・血圧164/92mmHgと高く、呼吸数24/分の頻呼吸、リザーバー付マスク10L/分の高流量酸素でもSpO2 95%にとどまる → 重度の低酸素血症。 ・頸静脈怒張、下肢浮腫 → 体液貯留・右心系の圧上昇。肺野背側下部のcoarse crackles、胸部エックス線の肺うっ血、心胸郭比56%の心拡大 → 肺水腫。 ・BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド:心室壁の伸展で分泌される)422pg/mLと著明高値 → 心不全を裏づける。 ・四肢冷感 → 末梢循環不全の徴候。 ・心音に異常なく弁膜症を示唆する所見はない。心エコーで軽度の全周性(求心性)左室肥大、左室駆出率(LVEF)65%と収縮能は保たれている。 ・身長150cm・体重38kg(BMI約16.9)でるいそうがあり、アルブミン2.8g/dLと低栄養。Hb 9.8g/dLの軽度貧血、CRP 2.4mg/dLの軽度炎症(感冒様症状)を伴う。

診断

長年の高血圧による左室肥大で心筋が硬くなり(拡張障害)、そこに感染(かぜ)や高血圧が誘因として加わって急性増悪した心不全である。LVEFが50%以上に保たれているので、左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF:heart failure with preserved ejection fraction)に分類される。高血圧による後負荷の急上昇で急激な肺水腫をきたす病態は、急性期の分類ではクリニカルシナリオ1(CS1、収縮期血圧140mmHg超)に相当する。

設問の考え方

問われているのは急性期を脱した後の治療である。入院5日目には、room airでSpO2 97%、血圧130/80mmHg、脈拍60/分と安定し、食事も摂れ、体重は38kgから36kgへ減って体液貯留は改善している。この段階では、再入院予防と身体機能の回復を目的とした慢性期の管理に移る。HFpEFでは予後を明らかに改善する薬物が限られており、運動耐容能・生活の質(QOL)の改善と再入院の抑制が確認されている心臓リハビリテーションが中心的な治療の一つとなる。さらに本例は高齢でるいそう・低栄養があり、入院による筋力低下(サルコペニアやフレイル)の進行が懸念されるため、運動療法・栄養指導・服薬や塩分管理の教育を含む包括的な心臓リハビリテーションが適切である。

選択肢考察

  1. ×a.  輸血

    Hb 9.8g/dLの軽度貧血はあるが、出血などの急性の原因はなく、循環動態も安定している。赤血球輸血は一般にHb 7g/dL未満(心疾患のある患者ではおおむね8g/dL未満や症状のある場合)を目安に考慮するもので、本例は適応にならない。むしろ心不全患者への輸血は容量負荷となり、肺うっ血を再燃させるおそれがある。貧血は心不全増悪因子であるため、鉄欠乏の有無など原因を検索して対処すればよい。

  2. ×b.  酸素療法

    搬入時は高流量酸素が必要な低酸素血症であったが、入院5日目にはroom air(酸素投与なし)でSpO2 97%を保てている。低酸素血症がない状態での酸素投与は利益がなく、継続する理由はない。

  3. ×c.  β遮断薬の内服

    β遮断薬は左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)では生命予後と再入院を改善する基本薬であるが、HFpEFでは予後改善効果が示されていない。さらに本例は心電図でⅠ度房室ブロックがあり、現在の脈拍は60/分とすでに遅めである。β遮断薬は房室伝導を抑制し心拍数を下げるため、房室ブロックの進行や徐脈を招くおそれがあり、現時点で新たに開始する治療として適切ではない。

  4. ×d.  高カロリー輸液

    高カロリー輸液(中心静脈栄養)は、消化管が使えない、あるいは経口・経腸栄養で必要量を満たせない場合に用いる方法である。本例は食事を摂取できており、消化管を使った栄養補給が可能である。中心静脈カテーテルには感染などの合併症があり、また大量の輸液は心不全患者では容量負荷となる。低栄養への対応は食事内容の調整や栄養指導(必要なら経口栄養補助食品)で行う。

  5. ○e.  心臓リハビリテーション

    心臓リハビリテーションは、運動療法に加えて、食事・塩分・体重管理や服薬の指導、心理的支援を含む包括的なプログラムである。心不全患者において運動耐容能とQOLを改善し、心不全による再入院を減らすことが示されており、わが国の心不全診療ガイドラインでも強く推奨されている。予後改善薬の選択肢が限られるHFpEFでは特に重要である。本例は病状が安定し、高齢・るいそう・低アルブミン血症があって入院を契機とする筋力低下やフレイルが懸念されるため、早期から開始すべき治療として適切である。

左室駆出率による心不全の分類(わが国のガイドライン)

・HFrEF(駆出率の低下した心不全):LVEF 40%未満 ・HFmrEF(駆出率が軽度低下した心不全):LVEF 40%以上50%未満 ・HFpEF(駆出率の保たれた心不全):LVEF 50%以上 ・HFimpEF/HFrecEF(駆出率が改善した心不全):以前40%未満だったものが改善したもの

HFpEFの特徴

・高齢者、女性、高血圧、心房細動、糖尿病、肥満、腎機能障害を背景にもつ患者に多い。心不全患者のおよそ半数を占める。 ・左室肥大や線維化で心室が硬くなり、拡張期に十分血液を受け入れられない(拡張障害)ため、左房圧・肺静脈圧が上昇して肺うっ血をきたす。血圧の急上昇(後負荷増大)で急速に肺水腫となりやすい。 ・治療:うっ血に対する利尿薬、原因・併存疾患(高血圧、心房細動、糖尿病など)の管理が基本。薬物ではSGLT2阻害薬が心不全入院などの複合エンドポイントを減らすことが大規模試験で示され、推奨されるようになった。β遮断薬やACE阻害薬・ARBは、HFrEFのような明確な予後改善効果はHFpEFでは示されていない。

心不全の増悪因子

感染症、高血圧の悪化、塩分・水分の過剰摂取、服薬中断、不整脈(心房細動など)、心筋虚血、貧血、腎機能悪化、過労など。本例では感冒(感染)と高血圧、貧血が関与したと考えられる。

心臓リハビリテーション

・急性期の病状が安定したら早期から離床・運動療法を始め、回復期、維持期へと継続する。 ・内容:有酸素運動(心肺運動負荷試験などで強度を決める)、レジスタンストレーニング、患者・家族教育(体重測定、塩分制限、服薬遵守、増悪徴候の把握)、栄養管理、心理的サポート。 ・高齢心不全患者ではサルコペニア・フレイルの合併が多く、その予防・改善の点でも重要である。

POINT

・高血圧+全周性左室肥大+LVEF正常(≧50%)の心不全 → HFpEF(拡張障害)。 ・起坐呼吸、頸静脈怒張、coarse crackles、BNP高値、肺うっ血 → 急性心不全。 ・急性期離脱後は再入院予防と身体機能回復が目標。心臓リハビリテーションは運動耐容能・QOL改善、再入院減少に有効。 ・β遮断薬はHFrEFの予後改善薬で、HFpEFでは予後改善の証拠に乏しい。Ⅰ度房室ブロック・徐脈傾向では開始しにくい。 ・低酸素血症のない酸素投与、Hb 7g/dL以上での輸血、経口摂取可能な患者への高カロリー輸液は不要。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。