一人の油断が病棟に広げる―多剤耐性緑膿菌の感染対策は「全員で」が鉄則
第118回医師国家試験 D問題 第55問
国試問題にチャレンジ
78歳の男性。入院中に肺炎を発症し喀痰検査を施行したところ多剤耐性緑膿菌を検出した。 感染予防策で適切なのはどれか。
- a.個室管理は必要ない。
- b.N95マスクを着用し診察する。
- c.病室に出入りする人全員が同様に予防策を理解する。
- d.手袋を使用して患者に接触した場合,手袋を外せば手洗いは必要ない。
- e.痰の吸引をしなければPersonal Protective Equipment〈PPE〉は必要ない。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
多剤耐性緑膿菌はカルバペネム系・アミノグリコシド系・フルオロキノロン系の3系統に耐性を示し、治療薬が乏しいため院内での拡散防止が最優先となります。主な伝播経路は医療者の手指や物品を介した接触感染であり、標準予防策に加えて個室管理またはコホーティング、手袋・ガウンの着用、手袋を外した後の手指衛生などの接触予防策を行います。N95マスクは結核・麻疹・水痘などの空気感染対策であり、本菌には不要です。そして予防策は、医療者だけでなく清掃スタッフや家族を含め病室に出入りする全員が理解し実行して初めて効果を発揮します。感染経路ごとに対策を整理しておくことは、病棟で患者さんと仲間を守るための基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・78歳の男性で、入院中に肺炎を発症している。入院後48時間以降に発症した肺炎は院内肺炎(hospital-acquired pneumonia:HAP)に分類される。 ・喀痰から多剤耐性緑膿菌(multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa:MDRP)が検出されている。
病態の考え方
緑膿菌はブドウ糖非発酵のグラム陰性桿菌で、水回りや湿った環境に広く存在し、高齢者・基礎疾患のある患者・人工呼吸管理中の患者などで日和見感染や院内感染を起こす。MDRPはカルバペネム系・アミノグリコシド系(アミカシン)・フルオロキノロン系の3系統すべてに耐性を示す緑膿菌であり、治療薬の選択肢がきわめて乏しいため、院内での拡散防止が非常に重要である。
設問の考え方
病原体ごとの感染経路別予防策を正しく選べるかが問われている。MDRPを含む多剤耐性菌の主な伝播経路は、患者や患者周囲の環境(ベッド柵、シーツ、医療器具など)に触れた医療者の手指や物品を介した接触感染である。したがって、すべての患者に行う標準予防策に加えて接触予防策を行う。空気感染対策(N95マスク、陰圧個室)は不要であるが、喀痰を伴う肺炎であるため飛沫やしぶきへの曝露を見込んだPPE(personal protective equipment:個人防護具)の選択が必要になる。 そして、予防策は医師・看護師だけでなく、清掃員やリハビリスタッフ、家族・面会者など病室に出入りするすべての人が理解し、同じ水準で実行しなければ効果を発揮しない。一人でも手順を守らなければそこから菌が持ち出されるためである。
選択肢考察
- ×a. 個室管理は必要ない。
誤り。菌を保有する患者のベッド周囲やリネン類は菌で汚染されており、MDRPのような多剤耐性菌では周囲の患者への伝播を防ぐため、接触予防策の一環として個室管理が原則となる。個室が確保できない場合は、同じ菌を保有する患者を同室にまとめるコホーティング(集団隔離)で対応する。感受性が保たれた通常の緑膿菌であれば必ずしも個室は必須ではないが、多剤耐性株では厳重な対策が求められる。
- ×b. N95マスクを着用し診察する。
誤り。N95マスクは直径5μm以下の飛沫核を介する空気感染への対策で用いる高性能マスクであり、対象は結核・麻疹・水痘(播種性帯状疱疹を含む)である。MDRPは空気感染しないため不要である。喀痰の飛散が予想される処置ではサージカルマスクやゴーグル・フェイスシールドで顔面を防護すれば十分である。
- ○c. 病室に出入りする人全員が同様に予防策を理解する。
正しい。接触予防策は、汚染区域である病室に出入りする者が一人でも手順を守らなければ、その人の手指や衣服を介して菌が病棟内へ広がってしまう。医師・看護師のほか、清掃スタッフ、リハビリテーションや検査の担当者、家族や面会者まで含めて、入退室時の手指衛生、ガウン・手袋の着脱、物品の持ち出し制限などを共通に理解し実行することが不可欠である。これは施設全体の感染管理(リスクマネジメント)としても重要である。
- ×d. 手袋を使用して患者に接触した場合,手袋を外せば手洗いは必要ない。
誤り。手袋には目に見えない微小な穴(ピンホール)が生じうるうえ、手袋を外す動作の際に表面の汚染が手指に付着することが知られている。そのため手袋を外した後にも必ず手指衛生(擦式アルコール製剤による手指消毒、または目に見える汚れがあれば石けんと流水による手洗い)を行う。WHOの「手指衛生の5つのタイミング」でも、患者に触れた後・患者周囲環境に触れた後は手袋の使用の有無にかかわらず手指衛生が求められる。
- ×e. 痰の吸引をしなければPersonal Protective Equipment〈PPE〉は必要ない。
誤り。接触予防策では、喀痰吸引のような処置に限らず、診察、看護・介助、体位変換、さらには患者周囲環境に触れる清掃なども含め、入室して患者や環境に接触する際には手袋・ガウン(エプロン)などのPPEを着用する。加えて本症例は肺炎で喀痰の飛散が想定されるため、状況に応じてマスクやアイシールドも用いる。PPEは病室を出る前に外し、その後手指衛生を行う。
感染対策の体系
・標準予防策(スタンダードプリコーション):感染症の有無にかかわらず、すべての患者の血液、体液、分泌物(汗を除く)、排泄物、損傷した皮膚、粘膜を感染の可能性があるものとして扱う考え方。手指衛生、PPEの適切な使用、咳エチケット、器具・環境の管理などが含まれる。 ・感染経路別予防策:標準予防策に上乗せして、病原体の伝播経路に応じて行う。 接触予防策:MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、MDRP、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)、CRE(カルバペネム耐性腸内細菌目細菌)、ESBL産生菌、Clostridioides difficile、ノロウイルスなど。個室またはコホーティング、入室時の手袋・ガウン、聴診器や血圧計などの患者専用化、環境清掃の強化。 飛沫予防策:インフルエンザ、マイコプラズマ、百日咳、風疹、ムンプスなど。サージカルマスク、個室またはベッド間隔の確保(約1m以上)。 空気予防策:結核、麻疹、水痘。陰圧個室、入室者はN95マスク(麻疹・水痘は免疫のある職員が担当)。
MDRPについて
・カルバペネム系、アミノグリコシド系、フルオロキノロン系の3系統に同時に耐性を示す緑膿菌。感染症法では「薬剤耐性緑膿菌感染症」として5類感染症(基幹定点把握)に位置づけられている。 ・治療薬が限られ、コリスチンなどの使用や、感受性結果に基づく併用療法が検討される。 ・緑膿菌は湿潤環境(流し台、加湿器、吸引関連物品など)で生存しやすく、水回りの管理も院内伝播対策として重要である。
POINT
・MDRPなど多剤耐性菌は接触感染で伝播する → 標準予防策+接触予防策(個室またはコホーティング、手袋・ガウン)。 ・N95マスクは空気感染する結核・麻疹・水痘で使用する。 ・手袋を外した後も必ず手指衛生を行う。 ・PPEは特定の処置時だけでなく、患者や周囲環境に触れる行為全般で着用する。 ・予防策は病室に出入りする全員(家族・清掃員を含む)が理解・実行して初めて効果がある。
