28年後に膨らんだ頰―昔の副鼻腔手術が残した「時限式」の術後性上顎嚢胞
第114回医師国家試験 D問題 第38問
国試問題にチャレンジ
66歳の女性。1か月前からの右頰部腫脹を主訴に来院した。28年前に両側慢性副鼻腔炎に対する手術の既往がある。腫脹した右上顎の歯肉部を穿刺すると粘稠な液体が吸引された。頭部CT(A)及び頭部MRI T1強調像(B)を別に示す。 診断として最も考えられるのはどれか。

- a.上顎洞癌
- b.歯性上顎洞炎
- c.副鼻腔真菌症
- d.慢性副鼻腔炎
- e.術後性上顎嚢胞
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
術後性上顎嚢胞は、上顎洞根本手術(Caldwell-Luc手術)の際に残った粘膜が瘢痕内に閉じ込められ、粘液を分泌し続けてできる嚢胞で、手術から十数年〜数十年後に頰部腫脹や歯肉部の膨隆、ときに眼症状で発症します。診断の手がかりは、遠い過去の副鼻腔手術歴、穿刺で粘稠な液体が引けること、そして画像で骨を膨張性に押し広げる境界明瞭な嚢胞性病変(MRI T1強調像では蛋白濃度の高い内容液により高信号のことが多い)です。上顎洞癌は骨を不規則に破壊する充実性腫瘤、副鼻腔真菌症はCTでの石灰化とMRIでの低信号、歯性上顎洞炎は歯根病変との連続が鑑別点となります。治療は内視鏡下の開窓術が主流で、視神経を圧迫する副鼻腔嚢胞では緊急手術が必要になることもあります。高齢者の顔面腫脹では既往手術を丁寧に聴取することが、正確な診断への近道です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・66歳の女性。1か月前から右頰部が腫れている。 ・28年前に両側の慢性副鼻腔炎の手術を受けている。当時の副鼻腔手術は、上顎洞の粘膜を広く取り除く上顎洞根本手術(Caldwell-Luc手術)が主流であった。 ・腫れている右上顎の歯肉部を穿刺すると、粘稠な液体が吸引された。中身が液体であり、充実性の腫瘍ではなく嚢胞性病変であることを示す。 ・頭部CT(冠状断):右上顎部に、内部が均一な軟部濃度の境界明瞭な病変がある。周囲の骨を内側から押し広げるように膨らんでおり、骨は薄くなって一部で途切れている。左上顎洞は術後の変化で狭くなっている。篩骨洞は両側とも手術で開放されており、異常な陰影はない。 ・頭部MRI T1強調像:右上顎の病変は境界明瞭で、内部が均一な高信号を示す。粘液の蛋白濃度が高い嚢胞の内容液は、T1強調像で高信号になることが多い。
診断へのプロセス
一側の頰部腫脹では、上顎洞や上顎骨の病変(悪性腫瘍、良性腫瘍、炎症、嚢胞)と、歯に由来する病変(歯性上顎洞炎、歯根嚢胞など)を鑑別する。 本例では次の3点から、術後性上顎嚢胞と考えられる。 (1) 数十年前に上顎洞の手術を受けている。 (2) 穿刺で粘稠な液体が引け、病変は嚢胞性である。 (3) 画像で境界明瞭な単房性〜分葉状の病変が、骨を壊しながら浸潤するのではなく、骨を押し広げて大きくなっている。 上顎洞癌のように骨を不規則に破壊する充実性腫瘤や、真菌症に特徴的な石灰化陰影はみられない。
選択肢考察
- ×a. 上顎洞癌
上顎洞癌は扁平上皮癌が大半を占め、中高年に多い。頰部腫脹、一側の血性鼻漏、歯痛、眼症状(眼球突出・複視)などで発症する。画像では、骨を不規則に破壊しながら周囲に浸潤する充実性の腫瘤として描出され、造影で増強される。本例は穿刺で粘稠な液体が吸引されており、病変は嚢胞性である。画像でも、骨を膨らませるように押し広げる境界明瞭な病変であり、浸潤性に増大する癌の所見とは異なる。
- ×b. 歯性上顎洞炎
歯性上顎洞炎は、上顎の小臼歯・大臼歯の根尖病巣(う歯や根管治療後の感染など)から上顎洞に炎症が広がる疾患である。通常は一側性で、悪臭のある膿性鼻漏を伴う。本例にはう歯や歯科治療の既往が示されていない。また右上顎洞はすでに手術で処理されており、CTでも病変と歯根との連続はみられない。病変は境界明瞭な膨張性の嚢胞であり、上顎洞の粘膜炎症とは考えにくい。
- ×c. 副鼻腔真菌症
副鼻腔真菌症は、アスペルギルスなどの真菌が副鼻腔に増殖する疾患で、多くは一側の上顎洞に起こる。非浸潤型(真菌塊型)は健常者にもみられるが、浸潤型は糖尿病、ステロイド使用、免疫抑制状態などで起こりやすく、重症化する。典型的な画像所見は、CTで軟部陰影の内部に点状・砂粒状の石灰化(高吸収域)がみられ、MRIでは真菌塊がT1・T2強調像とも低信号〜無信号になることである。本例のCTに石灰化はなく、MRI T1強調像で内容は均一な高信号であり、真菌症の所見と合わない。
- ×d. 慢性副鼻腔炎
慢性副鼻腔炎は、鼻閉、膿性・粘性鼻漏、後鼻漏、頭重感、嗅覚障害などが3か月以上続く疾患である。画像では、副鼻腔の粘膜肥厚や液体貯留が両側・複数の洞にみられることが多い。頰部が膨らむように腫れることは通常ない。本例は1か月前からの一側の頰部腫脹で、骨を押し広げる嚢胞性病変が主体である。また、手術で開放された篩骨洞などに副鼻腔炎を示す陰影はない。慢性副鼻腔炎の再発とは考えにくい。
- ○e. 術後性上顎嚢胞
術後性上顎嚢胞は、上顎洞根本手術(Caldwell-Luc手術)の後、残った粘膜や瘢痕組織に囲まれた腔に粘液がたまってできる嚢胞である。多くは手術から十数年〜数十年たってから症状が出る。嚢胞はゆっくり大きくなり、周囲の骨を押し広げて薄くするため、頰部の腫脹・痛み、歯肉部(口腔前庭)の膨隆、ときに眼球偏位や複視を起こす。本例は28年前の副鼻腔手術歴があり、穿刺で粘稠な液体が引けている。さらにCTで骨を膨らませる境界明瞭な病変、MRI T1強調像で均一な高信号の内容がみられ、本症に典型的である。
術後性上顎嚢胞の概要
・原因:上顎洞根本手術(Caldwell-Luc手術:口腔前庭から上顎洞前壁を開けて洞内の粘膜を除去し、下鼻道に対孔を作る手術)の後に発生する。残った粘膜上皮が瘢痕の中に閉じ込められ、粘液を分泌し続けて嚢胞になる。 ・発症時期:手術から20年前後以上たってから発症することが多く、40〜50年後に見つかることもある。日本では慢性副鼻腔炎に対して根本手術が広く行われたため、症例が多い。現在は内視鏡下鼻副鼻腔手術(ESS)が主流で、新たに発生する例は減っているが、過去に手術を受けた高齢者を中心に今でもみられる。 ・症状:頰部の腫脹と痛み、歯肉部の膨隆や違和感、歯痛様の症状。嚢胞が上方に広がると、眼球の偏位、複視、流涙(鼻涙管の圧迫による)を起こす。感染すると急に痛みや腫脹が強くなる。腫脹部に波動や、骨が薄くなったことによる羊皮紙様の感触を触れることがある。 ・画像:CTで境界明瞭な単房性〜多房性の嚢胞性病変として描出される。周囲の骨は膨張性に薄くなり、一部欠損することもある。MRIでの信号は内容液の蛋白濃度によって変わり、T1強調像で高信号を示す例が多い。 ・治療:現在は内視鏡下に嚢胞の壁を大きく開けて鼻腔と交通させる開窓術(鼻内開放術)が主流である。
鑑別のポイント
・歯根嚢胞:臨床所見だけでは区別が難しい。歯の根尖と連続しているか、上顎洞手術歴があるかが手がかりになる。ただし手術歴がある人にも歯根嚢胞は起こりうる。 ・上顎洞癌:骨を不規則に破壊し浸潤する充実性腫瘤である。血性鼻漏、頰部の知覚低下、開口障害、眼症状に注意する。 ・副鼻腔真菌症:CTで洞内の石灰化陰影がみられ、MRIで低信号となる。
他の副鼻腔の術後性嚢胞・粘液嚢胞
前頭洞、篩骨洞、蝶形骨洞にも術後性嚢胞や粘液嚢胞ができることがある。前頭洞・篩骨洞では眼球突出や複視、蝶形骨洞・後部篩骨洞では視神経の圧迫による急速な視力低下を起こしうる。視力低下があれば、失明を防ぐために緊急の内視鏡下開放術が必要になる。
POINT
・数十年前の上顎洞根本手術(Caldwell-Luc手術)歴+頰部腫脹+穿刺で粘稠な液体 → 術後性上顎嚢胞を考える。 ・画像は、骨を膨張性に押し広げる境界明瞭な嚢胞で、MRI T1強調像では高信号のことが多い。 ・上顎洞癌(浸潤性の骨破壊を伴う充実性腫瘤)、副鼻腔真菌症(CTで石灰化、MRIで低信号)、歯性上顎洞炎・歯根嚢胞(歯との連続)と区別する。 ・治療は内視鏡下の開窓術(鼻内開放術)が主流である。 ・眼窩に近い副鼻腔の嚢胞が視神経を圧迫して視力が低下した場合は、緊急手術の適応となる。
