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ボールが当たって上が見えない―小児の吹き抜け骨折と「悪心」のサイン

第114回医師国家試験 B問題 第12問

国試問題にチャレンジ

第114回 B問題 第12問

10歳の男児の左顔面にボールが当たり,その直後から物が二重に見え,悪心が出現している。上方視の状態を別に示す。  最も考えられる骨折部位はどれか。

第114回 B問題 第12問の問題画像
  1. a.頰骨
  2. b.鼻骨
  3. c.前頭骨
  4. d.眼窩下壁
  5. e.眼窩内壁

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、顔面への打撲のあとに出た複視と眼球運動の異常から、どこの骨が折れたかを推定する問題だ。注目してほしいのは、上方視の写真でどちらの眼がどう動いていないか、そして悪心という一見眼とは関係なさそうな症状の意味だよ。
医学生医学生
写真では、右眼はしっかり上を向いているのに、左眼が上がりきっていませんね。左眼の上転障害だと思います。
ドクタードクター
その通り。左右の眼の向きがずれるから、物が二重に見える。では、なぜボールが当たると眼が上を向かなくなるのか。受傷機転から考えてみよう。
医学生医学生
ボールって眼窩の入り口より少し大きいので、眼球そのものより眼窩の縁に当たるイメージでしょうか。
ドクタードクター
いい着眼点だ。眼窩の入り口とほぼ同じか少し大きい物体が前からぶつかると、眼窩の中の圧が一気に上がる。すると眼窩壁のうち薄くて弱い部分が、外側の副鼻腔のほうへ吹き抜けるように折れる。これが眼窩吹き抜け骨折、blowout fractureだ。
医学生医学生
解剖実習で頭蓋骨を見たとき、眼窩の内側が透けるほど薄くて驚きました。内壁が一番折れやすいんですよね。
ドクタードクター
内壁の篩骨の紙様板は確かに一番薄い。でも好発部位は内壁と下壁の2つなんだ。下壁はすぐ下が空洞の上顎洞で、しかも眼窩下神経の通る溝や管があるから構造的に弱い。そして、どちらの壁が折れたかは、どの外眼筋が挟まるかで見分けられる。
医学生医学生
下壁が折れると、すぐ上にある下直筋が挟まるということですか。でも下直筋は眼を下に向ける筋なので、障害されるなら下転障害になりそうな気がします。
ドクタードクター
そこが一番引っかかりやすいところだね。下直筋は麻痺しているわけじゃなく、骨折部に引っかかって伸びなくなっているんだ。眼を上に向けるには下直筋が伸びる必要があるから、それが妨げられて上転が制限される。いわば「筋がつなぎとめられている」状態なんだよ。
医学生医学生
なるほど、麻痺ではなく機械的な制限なんですね。だから左眼窩下壁の骨折が最も考えられる、と。
ドクタードクター
正解。では悪心はどう説明する?
医学生医学生
頭も打っているので、脳震盪かと思ってしまいました。
ドクタードクター
そう決めつけてしまうのが危ないところなんだ。外眼筋が挟まって引っ張られると、三叉神経を求心路、迷走神経を遠心路とする眼心臓反射が起こる。その結果、悪心・嘔吐や徐脈が出る。今回の悪心は、筋が強く絞扼されているサインと読むべきなんだ。
医学生医学生
内壁骨折だと、内直筋が挟まるわけですね。
ドクタードクター
そう。内直筋が絞扼されると、外転や内転、つまり水平方向の眼球運動が障害される。鼻をかんだあとにまぶたが腫れる眼窩気腫も内壁骨折の手がかりだ。今回のような上転障害とは合わない。ほかの骨も整理しておこう。頰骨は眼窩の外側壁を作るけれど、外側壁は眼窩壁の中で最も厚く丈夫だ。頰骨骨折では頰の平坦化や開口障害が目立ち、下壁に骨折が及べば複視が出ることもあるけれど、上転障害と悪心が前面に出る今回の病像は下壁の吹き抜け骨折で説明するのが自然だ。
医学生医学生
鼻骨は眼窩壁を作っていないので、眼球運動とは関係ないですね。前頭骨は眼窩の上壁でしたっけ。
ドクタードクター
その通り。鼻骨骨折は鼻出血や鼻の変形が主体で、眼球運動障害は起こさない。前頭骨の作る上壁は厚く、ボールで吹き抜け骨折を起こすことはまれだ。前頭骨骨折で気をつけるのは、前頭洞の損傷や髄液漏などの頭蓋内損傷のほうだね。
医学生医学生
小児であることにも何か意味がありますか。
ドクタードクター
大いにある。子どもの骨は弾力があるから、粉々に砕けずに若木のように割れて、開いた骨片がまた元に戻り、筋や組織を挟み込んでしまう。これを閉鎖型、トラップドア型骨折という。外見の腫れや皮下出血が軽いことも多くて、white-eyed blowout fractureと呼ばれるけれど、中では筋がきつく絞扼されているから眼心臓反射が強く出やすい。絞扼が続くと筋が虚血に陥って運動障害が残るおそれがあるので、緊急の整復手術の適応になる。
医学生医学生
救急外来で子どもが打撲後に吐いていたら、頭部CTだけでなく眼球運動も必ず確認しないといけませんね。
ドクタードクター
まさにそれが臨床で一番伝えたいことだ。診断にはCT、特に冠状断が有用で、骨折部位と筋や脂肪の脱出・嵌頓を評価できる。Hess赤緑試験で眼球運動障害を定量的に評価することもある。下壁骨折では眼窩下神経領域、つまり頰や上口唇のしびれや眼球陥凹を伴うこともあるし、受傷後は眼窩気腫を防ぐために鼻を強くかまないよう指導しておこう。成人に多い開放型なら、眼球運動障害が軽ければ経過観察して、複視や眼球陥凹が残るときに待機的に手術するのが一般的だよ。

まとめ

眼窩の入り口ほどの大きさのボールや拳による打撲では、眼窩内圧の上昇により薄い眼窩壁が副鼻腔側へ折れる眼窩吹き抜け骨折が起こり、好発部位は下壁と内壁です。下壁骨折では下直筋が骨折部に嵌頓して伸展できなくなるため上転障害と上方視での複視が生じ、内壁骨折では内直筋の絞扼により水平方向の運動障害が生じます。小児では骨片が元に戻って筋を挟み込む閉鎖型(トラップドア型)が多く、外見が軽微でも眼心臓反射による悪心・嘔吐や徐脈が強く出やすく、筋の虚血を防ぐため緊急手術の適応となります。診断にはCT冠状断が有用で、眼窩下神経領域のしびれや眼球陥凹も下壁骨折を示唆します。打撲後の悪心を頭部外傷だけで片付けず眼球運動を確認する姿勢は、救急外来で見逃しを防ぐうえで重要です。

解答・解説

正解はdです

顔面外傷後の複視と眼球運動障害から、眼窩の骨折部位を推定する問題である。

所見の整理

・10歳の男児、左顔面へのボールの打撲:眼窩部に、眼窩の入り口より大きな球状の物体が当たる典型的な受傷機転である。 ・受傷直後からの複視(物が二重に見える):左右の眼の向きがずれる眼位異常、すなわち外眼筋の動きの障害を示唆する。 ・悪心:外眼筋が骨折部に挟み込まれて牽引されたことによる迷走神経反射(眼心臓反射)を示唆する。 ・上方視の写真:上方を見ようとしたとき、右眼は上を向くのに左眼が十分に上を向かない(左眼の上転障害)。

診断に至る考え方

眼窩に前方から鈍的な外力が加わると眼窩内の圧が急上昇し、眼窩壁のうち薄く弱い部分が外側(副鼻腔側)へ吹き抜けるように折れる。これを眼窩吹き抜け骨折(blowout fracture)という。眼窩下壁が骨折すると、眼窩内の脂肪組織や下直筋、その周囲の結合組織が骨折部から上顎洞側へ脱出・嵌頓する。下直筋が引っかかって伸びなくなるため、眼球を上に向ける動き(上転)が制限され、上方視で複視が生じる。 本例の左眼上転障害はこの機序で説明でき、左眼窩下壁の吹き抜け骨折が最も考えられる。

小児に特徴的な病型

小児の骨は弾力に富むため、骨が粉々に砕けずに若木のように割れ、いったん開いた骨片が元の位置に戻って筋や組織を挟み込む「閉鎖型(トラップドア型)」骨折を起こしやすい。外見上は腫れや皮下出血が軽く目立たないこともある(white-eyed blowout fracture)が、筋が強く絞扼されて眼心臓反射による悪心・嘔吐や徐脈が強く出やすい。絞扼が続くと筋が虚血に陥り、永続的な眼球運動障害を残すおそれがあるため、緊急手術の適応となる。悪心を単なる頭部外傷の症状と決めつけず、眼球運動を確認することが重要である。

選択肢考察

  1. ×a.  頰骨

    頰骨は眼窩の外側壁と下壁の外側部を構成する骨である。頰骨骨折では頰部の平坦化、開口障害、眼窩下神経領域のしびれなどがみられ、骨折が眼窩下壁に及べば複視をきたすこともある。しかし眼窩外側壁は眼窩壁の中で最も厚く丈夫であり、本例のように顔面打撲直後から上転障害のみが目立ち、眼心臓反射による悪心を伴う病像は、頰骨骨折よりも眼窩下壁の吹き抜け骨折による下直筋の絞扼で説明するのが最も適切である。

  2. ×b.  鼻骨

    鼻骨は鼻背(鼻すじ)を形成する骨で、眼窩壁を構成しない。鼻骨骨折では鼻出血、鼻の変形・腫脹、鼻閉などがみられるが、外眼筋に影響しないため、眼球運動障害や複視の原因にはならない。

  3. ×c.  前頭骨

    前頭骨は眼窩の上壁(眼窩上壁)の大部分を構成する。眼窩上壁は厚く、ボールによる打撲で吹き抜け骨折を起こすことはまれである。また上壁の骨折が仮に生じても、下直筋の絞扼による上転障害という本例の所見とは結び付かない。前頭骨骨折では前頭洞の損傷や頭蓋内損傷(髄液漏など)に注意が必要となる。

  4. ○d.  眼窩下壁

    眼窩下壁(眼窩底)は主に上顎骨で構成され、すぐ下に空洞である上顎洞があり、さらに眼窩下神経の通る溝・管があるため構造的に弱く、内壁と並んで吹き抜け骨折の好発部位である。下壁が骨折すると下直筋やその周囲組織が骨折部に嵌頓し、筋が伸展できなくなるため眼球の上転が障害され、上方視で複視が生じる。筋が牽引されると三叉神経を求心路、迷走神経を遠心路とする眼心臓反射が起こり、悪心・嘔吐、徐脈を生じる。本例の左眼上転障害と悪心はこれによく合致する。そのほか眼窩下神経障害による頰部・上口唇のしびれ、眼窩内容の上顎洞への脱出による眼球陥凹も下壁骨折を示唆する所見である。

  5. ×e.  眼窩内壁

    眼窩内壁は主に篩骨の眼窩板(紙様板)で構成され、紙のように薄いため、下壁と並んで吹き抜け骨折を起こしやすい部位である(下壁骨折に合併することも多い)。内壁が骨折すると内直筋が絞扼され、主に外転障害(外側を見る動きの制限)や内転障害、すなわち水平方向の眼球運動障害が生じる。鼻をかんだ後の眼瞼の腫れ(眼窩気腫)も内壁骨折の手がかりとなる。本例でみられる上転障害とは合わない。

眼窩を構成する骨

・上壁:前頭骨、蝶形骨小翼 ・外側壁:頰骨、蝶形骨大翼(最も厚く丈夫) ・下壁:上顎骨、頰骨、口蓋骨(直下に上顎洞) ・内側壁:篩骨(紙様板)、涙骨、上顎骨、蝶形骨(最も薄い)

眼窩吹き抜け骨折の要点

・受傷機転:ボール、拳、肘など、眼窩の入り口とほぼ同じかやや大きい物体による打撲。 ・好発部位:下壁と内壁。 ・症状:複視・眼球運動障害(下壁骨折では上転障害、内壁骨折では水平方向の運動障害)、眼球陥凹、眼窩下神経領域(頰部・上口唇・歯肉)の知覚低下、鼻出血、眼窩気腫。 ・眼心臓反射:外眼筋の牽引や眼球の圧迫により、三叉神経(求心路)→迷走神経(遠心路)の反射が起こり、徐脈、悪心・嘔吐、失神をきたす。 ・検査:CT(特に冠状断)で骨折部位と、筋・脂肪の脱出や嵌頓を評価する。Hess赤緑試験などで眼球運動障害を定量的に評価する。

病型と治療

・開放型(打ち抜き型):骨片が大きく偏位して骨欠損となるもの。成人に多い。眼球運動障害が軽ければ経過観察し、複視や眼球陥凹が残る場合に待機的に手術を行う。 ・閉鎖型(トラップドア型):骨片が元に戻って筋や軟部組織を挟み込むもの。小児・若年者に多い。外眼筋の絞扼による虚血・壊死を防ぐため、早期(できるだけ速やかに)の整復手術が必要となる。 ・受傷後は、眼窩内に空気が入って眼窩気腫を生じるのを防ぐため、鼻を強くかまないよう指導する。

POINT

・顔面打撲後の複視と上転障害は眼窩下壁の吹き抜け骨折(下直筋の嵌頓)を考える。 ・吹き抜け骨折の好発部位は下壁と内壁。内壁骨折では内直筋が障害され水平方向の運動障害が出る。 ・小児では閉鎖型(トラップドア型)骨折が多く、外見の所見が軽くても眼心臓反射による悪心・嘔吐や徐脈が強く出る。緊急手術の適応である。 ・下壁骨折では眼窩下神経領域のしびれ、眼球陥凹も伴いうる。 ・診断にはCT冠状断が有用である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。