PaO2が保たれていても酸素が要る?―在宅酸素療法の適応と「数字の落とし穴」
第111回医師国家試験 I問題 第1問
国試問題にチャレンジ
在宅酸素療法について正しいのはどれか。
- a.高二酸化炭素血症には禁忌である。
- b.特発性肺線維症の生命予後を改善する。
- c.日本では肺結核後遺症が基礎疾患として最も多い。
- d.肺高血圧症は動脈血酸素分圧の値にかかわらず適応がある。
- e.運動時の酸素投与量はSpO2が80%以上を保つように設定する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
在宅酸素療法の保険適用は、安定期の安静時PaO2 55Torr以下、または60Torr以下で睡眠時・運動時に著しい低酸素血症を来す高度慢性呼吸不全に加え、肺高血圧症、条件を満たす慢性心不全、チアノーゼ型先天性心疾患が対象です。肺高血圧症では酸素が低酸素性肺血管攣縮を和らげて右心負荷を軽減するため、PaO2の値にかかわらず適応となります。生命予後の改善が示されているのは高度低酸素血症を伴うCOPDで、日本のHOT基礎疾患でもCOPDが最多であり、特発性肺線維症では症状やQOLの改善が主な目的です。酸素流量は安静時・労作時・睡眠時それぞれでSpO2 90%以上を目標に設定し、高二酸化炭素血症は禁忌ではなくCO2ナルコーシスに注意して低流量から慎重に調整します。適応の根拠となる病態生理と、火気厳禁などの生活指導まで含めて理解することが、実臨床でのHOT管理につながります。
解答・解説
正解はdです
在宅酸素療法の要点
在宅酸素療法(home oxygen therapy:HOT)は、慢性的な低酸素血症をもつ患者が、自宅に設置した酸素濃縮装置や携帯用酸素ボンベを用いて、日常生活の中で酸素を吸入する治療である。本問では、HOTの適応基準、予後改善効果が示されている疾患、日本における基礎疾患の内訳、酸素投与量の設定目標、高二酸化炭素血症の患者での扱いが問われている。
正解を導く考え方
わが国の健康保険でHOTが認められる対象は、大きく分けて次のとおりである。 ・高度慢性呼吸不全:安静時の動脈血酸素分圧(PaO2)が55Torr以下の者、およびPaO2 60Torr以下で睡眠時または運動負荷時に著しい低酸素血症を来す者であって、医師が必要と認めたもの(PaO2の代わりに経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)から推定した値を用いてもよい) ・肺高血圧症 ・慢性心不全(NYHA III度以上で、睡眠時チェーン・ストークス呼吸があり、無呼吸低呼吸指数が20以上と確認された者) ・チアノーゼ型先天性心疾患 このうち肺高血圧症にはPaO2の数値基準が設けられていない。酸素には肺血管を拡張させる作用があり、低酸素性肺血管攣縮を和らげて肺動脈圧の上昇や右心負荷を軽減することが期待されるため、PaO2の値にかかわらず適応となっている。この点を押さえれば正解を選べる。
選択肢考察
- ×a. 高二酸化炭素血症には禁忌である。
慢性的に高二酸化炭素血症がある患者では、呼吸中枢がCO2に慣れて反応が鈍くなり、低酸素が主な呼吸刺激になっていることがある。そこへ高濃度の酸素を投与すると換気が低下し、CO2がさらに蓄積して意識障害を来すCO2ナルコーシスを起こしうる。しかし、これは低流量から慎重に酸素を開始し、PaCO2を確認しながら投与量を調整すべきという注意点であって、HOTそのものが禁忌になるわけではない。高二酸化炭素血症を伴うCOPDなどでもHOTは広く行われており、必要に応じて非侵襲的陽圧換気(NPPV)を併用する。
- ×b. 特発性肺線維症の生命予後を改善する。
HOTによる生命予後の改善が大規模臨床試験で示されているのは、高度の安静時低酸素血症を伴うCOPDである(1日15〜18時間以上の長時間の酸素吸入で生存率が向上した)。特発性肺線維症(IPF)では、HOTは労作時の呼吸困難や運動耐容能の改善、生活の質(QOL)の向上を目的に行われるが、生命予後を改善するという明確な根拠は得られていない。
- ×c. 日本では肺結核後遺症が基礎疾患として最も多い。
日本でHOTを受けている患者の基礎疾患として最も多いのは慢性閉塞性肺疾患(COPD)であり、全体の4割前後を占める。肺結核後遺症は、かつて結核が多かった世代を中心に重要な基礎疾患の一つであったが、高齢化に伴い患者数は減少しており、近年は間質性肺炎や肺癌などが増えている。最多ではない。
- ○d. 肺高血圧症は動脈血酸素分圧の値にかかわらず適応がある。
健康保険上のHOTの対象疾患には肺高血圧症が独立して含まれており、慢性呼吸不全のようなPaO2の基準値は設けられていない。肺高血圧症では、酸素吸入により低酸素性の肺血管収縮が緩和され、肺血管抵抗・肺動脈圧の上昇や右心不全の進行を抑える効果が期待される。とくに労作時や睡眠時の酸素飽和度低下は肺動脈圧の悪化要因となるため、安静時のPaO2が保たれていても酸素療法が考慮される。
- ×e. 運動時の酸素投与量はSpO2が80%以上を保つように設定する。
SpO2 80%は酸素分圧に換算するとおよそ45Torr前後に相当する高度の低酸素状態であり、目標としては低すぎる。HOTでは安静時・労作時・睡眠時のそれぞれでSpO2が90%以上(PaO2 60Torr以上)を保てるように酸素流量を決めるのが基本である。運動時は酸素消費量が増えて飽和度が下がりやすいため、安静時より流量を増やして設定することが多い。ただし高二酸化炭素血症のある例では、過剰な酸素投与を避けるため目標SpO2を88〜92%程度とやや低めにすることもある。
HOTの保険適用基準(要約)
1. 高度慢性呼吸不全例:病状が安定した状態でPaO2 55Torr以下の者、およびPaO2 60Torr以下で睡眠時または運動負荷時に著しい低酸素血症を来す者で、医師がHOTを必要と認めたもの。PaO2の代わりにパルスオキシメータによるSpO2から求めた値を用いてもよい 2. 肺高血圧症 3. 慢性心不全:NYHA III度以上で、睡眠時のチェーン・ストークス呼吸がみられ、無呼吸低呼吸指数(1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数)が20以上であることが睡眠ポリグラフィーで確認されている症例 4. チアノーゼ型先天性心疾患
SpO2とPaO2の目安(酸素解離曲線)
SpO2 90% ≒ PaO2 60Torr、SpO2 75% ≒ PaO2 40Torr。PaO2 60Torr未満では解離曲線の傾きが急になり、わずかなPaO2の低下で酸素飽和度が急激に下がる。呼吸不全の定義(室内気吸入時PaO2 60Torr以下)もこの点に基づいている。
COPDにおける長期酸素療法のエビデンス
高度の安静時低酸素血症を伴うCOPDでは、長時間(1日15時間以上)の酸素吸入が生存期間を延長させることが古典的な臨床試験で示されている。一方、中等度の低酸素血症にとどまるCOPDでは、長期酸素療法による生存率改善は認められていない。
CO2ナルコーシス
慢性的に高二酸化炭素血症がある患者に高濃度酸素を投与した際、換気量の低下や換気血流比の変化によりCO2が急速に蓄積し、呼吸性アシドーシスと意識障害(傾眠〜昏睡)を来す状態である。予防には低流量(例:鼻カニューラ0.5〜1L/分程度)から開始し、動脈血ガス分析でPaCO2とpHを確認しながら調整する。
HOTの実際と注意点
酸素供給源には、空気から酸素を濃縮する設置型の酸素濃縮装置と、外出用の携帯型酸素ボンベ(呼吸同調器付き)がある。酸素は燃焼を助けるため、使用中の喫煙や火気の使用は火災・熱傷の原因となり厳禁である。
POINT
・HOTの適応:PaO2 55Torr以下、またはPaO2 60Torr以下で睡眠時・運動時に著しい低酸素血症を来すもの、肺高血圧症、慢性心不全(条件付き)、チアノーゼ型先天性心疾患 ・肺高血圧症はPaO2の値にかかわらず適応となる ・生命予後改善が示されているのは高度低酸素血症を伴うCOPD。日本のHOT基礎疾患もCOPDが最多 ・酸素流量はSpO2 90%以上(PaO2 60Torr以上)を目標に、安静時・労作時・睡眠時それぞれで設定する ・高二酸化炭素血症は禁忌ではなく、CO2ナルコーシスに注意して低流量から慎重に投与する
