胃全摘から1年、膨らむお腹の正体―腹水を「抜いて調べる」ことが診断への最短ルート
第110回医師国家試験 A問題 第30問
国試問題にチャレンジ
75歳の男性。食欲不振と腹部膨満感とを主訴に来院した。1年前に進行胃癌で胃全摘術を受けている。術後に抗癌化学療法が行われたが,その後は通院していなかった。3週前から少しずつ食欲不振と腹部膨満感とを認め,2日前から急激に増悪した。食事摂取量は低下していたが,排便と排ガスは認めていた。身長167 cm,体重45 kg。体温36.6℃。脈拍84/分,整。血圧136/80 mmHg。眼球結膜は軽度貧血様である。手掌紅斑やくも状血管腫は認めない。腹部は全体に膨隆,緊満し,臍窩の平坦化,波動を認める。肝・脾を触知しない。下腿に浮腫を認める。腹部単純CTを別に示す。 次に行うべき検査はどれか。

- a.PET/CT
- b.腹水細胞診
- c.腹部単純MRI
- d.上部消化管内視鏡検査
- e.下部消化管内視鏡検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胃切除後の腹部膨満では、排便・排ガスの有無、波動、CTでの液体貯留からイレウスと腹水を区別し、本例では腹水と判断します。進行胃癌の術後で、肝硬変や心不全を示す所見が乏しい場合、わが国で最も多い再発形式である腹膜播種による癌性腹膜炎をまず疑います。確定には腹腔穿刺による腹水細胞診が最も直接的で、同時にSAAGや総蛋白、LDなどで腹水の性状を評価でき、治療的排液も兼ねられます。PET/CTやMRIは癌細胞の存在を確定できず、内視鏡は消化管内腔しか観察できないため、腹膜播種の診断には向きません。「目の前の検体を直接調べる」という発想は、腹水や胸水の原因検索全般に通じる臨床の基本です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・75歳男性。1年前に進行胃癌で胃全摘術を受け、術後化学療法の後は通院が途絶えていた。 ・3週前から徐々に食欲不振と腹部膨満感が進み、2日前から急に増悪した。食事量は減っているが、排便・排ガスはある。 ・身長167 cm、体重45 kgでBMIは約16.1と高度のやせがある。眼球結膜は軽度貧血様。 ・腹部は全体に膨隆・緊満し、臍窩が平坦化して波動(腹壁の一側を叩くと反対側に液体の振動が伝わる所見)を認める。下腿浮腫あり。 ・手掌紅斑・くも状血管腫はなく、肝・脾も触知しない。 ・腹部単純CTでは腹腔内に大量の液体貯留(腹水)を認める。
診断へのプロセス
胃切除後の患者の腹部膨満では、まずイレウス(腸閉塞)と腹水を区別する。排便・排ガスが保たれており、診察で波動を認め、CTで腹水が確認できることから、腹部膨満の原因は腹水である。 次に腹水の原因を考える。肝硬変を示す皮膚所見(手掌紅斑・くも状血管腫)や肝脾腫がなく、心不全を示す所見も乏しい。低栄養による低アルブミン血症も腹水や下腿浮腫の一因になりうるが、本例には進行胃癌の切除歴という重要な背景がある。胃癌の再発形式として最も多いのは腹膜播種であり、術後1年で通院が途絶えていた経過も踏まえると、胃癌の腹膜播種による癌性腹膜炎が最も疑われる。
設問の考え方
腹水の原因を確定するには、腹水そのものを調べるのが最も直接的である。腹腔穿刺で腹水を採取し、細胞診で癌細胞を証明できれば癌性腹膜炎と確定診断できる。同時に腹水の性状(外観、総蛋白、血清−腹水アルブミン勾配〈SAAG〉、LD、細胞数など)を調べ、漏出性か滲出性か、門脈圧亢進によるものかどうかも評価できる。さらに大量腹水による苦痛を和らげる治療的排液も兼ねられる。したがって次に行うべき検査は腹水細胞診である。
選択肢考察
- ×a. PET/CT
PET/CTはブドウ糖類似物質(FDG)の集積をもとに、癌の局在や遠隔転移、再発巣の検索に用いる画像検査である。しかし小さな腹膜播種結節は描出されにくいことが多く、病変の存在を推測できても組織学的・細胞学的な確定診断はできない。腹水が貯留している本例では、より簡便かつ確実な腹水細胞診を先に行うべきである。
- ○b. 腹水細胞診
腹腔穿刺で得た腹水中に癌細胞を証明すれば、胃癌の腹膜播種による癌性腹膜炎と確定できる。同じ検体で腹水の性状(滲出性か漏出性か、SAAGなど)も評価でき、肝硬変や低アルブミン血症による腹水との鑑別にも役立つ。大量腹水による腹部膨満や食欲不振を和らげる治療的な排液も同時に行えるため、本例で最初に選ぶべき検査である。
- ×c. 腹部単純MRI
腹水の存在はすでに単純CTで確認されており、MRIを追加しても腹水の原因、すなわち癌細胞の有無を確定することはできない。MRIは肝転移の評価や骨盤内臓器の病変検索などに有用だが、本例で次に行う検査としての優先度は低い。
- ×d. 上部消化管内視鏡検査
上部消化管内視鏡検査は、吻合部(食道空腸吻合部)の局所再発や上部消化管出血の評価には有用である。しかし内視鏡は消化管の内腔側しか観察できず、腹膜播種や腹水の原因を診断することはできない。
- ×e. 下部消化管内視鏡検査
下部消化管内視鏡検査は大腸病変や下部消化管出血の評価、腹膜播種による大腸の壁外性狭窄の確認などに用いることはあるが、腹膜播種の確定診断や腹水の原因特定はできない。本例では排便・排ガスがあり、通過障害を示す所見もないため優先度は低い。
胃癌の再発形式
胃癌の術後再発は、腹膜再発(腹膜播種)、血行性再発(肝転移など)、リンパ節再発、局所再発に分けられる。わが国では腹膜再発が最も多く、特に深達度が漿膜に達した進行癌やスキルス胃癌(びまん浸潤型)で起こりやすい。腹膜播種は腹水、腸管狭窄によるイレウス、水腎症(尿管狭窄)、直腸周囲への転移(Schnitzler転移)、卵巣転移(Krukenberg腫瘍)などを引き起こす。
腹水の鑑別に用いる検査
・血清−腹水アルブミン勾配(SAAG)=血清アルブミン−腹水アルブミン 1.1 g/dL以上:門脈圧亢進による腹水(肝硬変、うっ血性心不全、Budd-Chiari症候群など) 1.1 g/dL未満:門脈圧亢進によらない腹水(癌性腹膜炎、結核性腹膜炎、膵性腹水、ネフローゼ症候群など) ・滲出性か漏出性か:総蛋白、LD、比重、細胞数など。癌性腹膜炎は通常滲出性で、腹水LDが高い。 ・細胞診:癌細胞の証明で癌性腹膜炎が確定する。 ・その他:好中球数(特発性細菌性腹膜炎では250/μL以上)、アミラーゼ(膵性腹水)、ADA(結核性腹膜炎)、培養など。
胃全摘後に起こりやすい問題
・貧血:内因子欠乏によるビタミンB12吸収障害(巨赤芽球性貧血、術後数年で顕在化)、胃酸低下による鉄吸収障害(鉄欠乏性貧血)。 ・体重減少、ダンピング症候群、逆流性食道炎、骨代謝障害など。 本例のやせ・貧血・下腿浮腫には、癌の進行(悪液質)や胃全摘後の栄養障害が関与していると考えられる。
POINT
・胃切除後の腹部膨満:排便・排ガスあり、波動あり、CTで液体貯留 → イレウスではなく腹水。 ・進行胃癌術後の腹水 → 最も多い再発形式である腹膜播種(癌性腹膜炎)をまず疑う。 ・腹水の原因検索には腹腔穿刺による腹水検査(細胞診、性状、SAAG)が第一。治療的排液も兼ねる。 ・内視鏡は内腔の病変しか見られず、腹膜播種の診断には向かない。
