StudyMed医師国家試験

アルコールが効かない相手―高齢者施設の嘔吐・下痢集団発生を止める感染対策

第109回医師国家試験 A問題 第58問

国試問題にチャレンジ

第109回 A問題 第58問

介護老人福祉施設において多数の入所者が嘔吐と下痢とを発症した。複数の患者の糞便試料からPCR法によって原因ウイルスが同定された。  感染の拡大を抑えるために適切なのはどれか。2つ選べ。

  1. a.入所者への予防接種
  2. b.エタノールによる消毒
  3. c.塩素系薬剤による消毒
  4. d.マニュアルに沿った吐物の処理
  5. e.入所者への抗ウイルス薬の予防投与

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者施設で起きた感染性胃腸炎の集団発生に対して、どんな対策が有効かを問う問題だ。考える順番は2つ。まず原因ウイルスを推定すること、次にそのウイルスの性質から有効な対策を選ぶことだ。高齢者施設で嘔吐と下痢が一斉に広がるウイルスといえば何を思い浮かべる?
医学生医学生
冬の時期によく聞くノロウイルスだと思います。ロタウイルスも胃腸炎を起こしますが、小児科の実習で乳幼児の病気として習いました。
ドクタードクター
その通り。ロタウイルスは主に乳幼児、高齢者施設で爆発的な集団発生を起こすのはノロウイルスが圧倒的に多い。ノロウイルスは迅速抗原検査の感度が高くないので、確定にはPCR法などの遺伝子検査がよく使われる。問題の状況とも合致するね。
医学生医学生
ノロウイルスがここまで広がりやすいのはなぜなんでしょうか。
ドクタードクター
理由はいくつかある。ごく少量、10~100個程度のウイルスでも感染が成立すること。吐物や便に大量のウイルスが含まれること。そして環境中で長く感染力を保つことだ。この「しぶとさ」の理由が、消毒薬を選ぶうえで鍵になる。微生物学で習ったウイルスの構造を思い出してみよう。
医学生医学生
エンベロープの有無でしょうか。ノロウイルスはエンベロープがなかったと思います。
ドクタードクター
正解。エタノールは脂質を溶かしてエンベロープを壊すことで効く。だからエンベロープをもつインフルエンザウイルスやコロナウイルスにはよく効くけれど、ノンエンベロープのノロウイルスには十分な効果が得られないんだ。
医学生医学生
病院ではどこでもアルコールの手指消毒薬が置いてあるので、それで大丈夫だと思っていました。
ドクタードクター
多くの人がそう思い込むところだね。ノロウイルスの流行時は、アルコールだけに頼らず、流水と石けんでウイルスを物理的に洗い流す手洗いが基本になる。では、環境の消毒には何を使えばいいかな。
医学生医学生
次亜塩素酸ナトリウムのような塩素系薬剤ですね。
ドクタードクター
そう。塩素系薬剤は酸化作用でウイルスのタンパク質や核酸を直接傷害するから、エンベロープの有無に関係なく効く。目安として、吐物や便で汚染された部位には約1,000 ppm、ドアノブや手すり、トイレなど環境の消毒には約200 ppmが使われる。金属を腐食させるので、金属部分は消毒後に水拭きする。食器やリネンなら85~90℃で90秒以上の加熱も有効だ。
医学生医学生
吐物の処理をマニュアルに沿って行うのも、同じく感染経路を断つためですか。
ドクタードクター
その通り。吐物を放置して乾燥すると、ウイルスが舞い上がって吸い込まれる塵埃感染が起こる。だから処理者は使い捨ての手袋・マスク・ガウンを着け、飛び散らないよう外側から内側へ静かに拭き取り、塩素系薬剤で消毒し、ごみは袋に密閉して捨て、換気し、最後に石けんで手を洗う。職員によって手順がばらつかないよう、処理セットとマニュアルを事前に用意しておくことが大切なんだ。
医学生医学生
予防接種や抗ウイルス薬の予防投与はどうでしょう。インフルエンザの施設内流行ではオセルタミビルの予防投与をしますよね。
ドクタードクター
そこが混同しやすいポイントだね。ノロウイルスには実用化されたワクチンも、臨床で使える有効な抗ウイルス薬もない。仮にワクチンがあっても、潜伏期間が約24~48時間と短く、免疫ができるまでに数週間かかるから、流行中の拡大防止には間に合わない。治療は脱水を補う対症療法が中心になる。
医学生医学生
使える武器がないからこそ、手洗いと消毒と吐物処理で感染経路を断つしかない、ということですね。
ドクタードクター
その理解で完璧だ。ほかにも、可能なら患者を個室で管理し、難しければ同じ症状の人を同室にまとめるコホーティング、トイレの専用化、症状のある職員の就業制限なども行う。高齢者では脱水や、吐物の誤嚥による肺炎・窒息にも注意が必要だ。
医学生医学生
公衆衛生の講義で、集団発生は保健所に報告すると習いました。
ドクタードクター
そうだね。一定の基準を超える集団発生では保健所へ報告する。発症日や居室の分布を記録しておくと、共通の食事による食中毒なのか、人から人への伝播なのかの推定にも役立つ。それから、症状が治まった後も1週間から長いと1か月ほど便中にウイルスが出ることがあるから、回復後も手洗いを続けることが大事だよ。

まとめ

高齢者施設で嘔吐・下痢が集団発生し原因がウイルスと判明した場合は、まずノロウイルスを考えます。ノロウイルスはエンベロープをもたないためエタノールでは不活化が不十分で、環境消毒には次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素系薬剤(汚染部位は約1,000 ppm、環境は約200 ppm)や加熱を用い、手指衛生は流水と石けんによる手洗いが基本となります。吐物には大量のウイルスが含まれ乾燥すると塵埃感染を起こすため、防護具を着用しマニュアルに沿って飛散させずに処理することが重要です。ノロウイルスには実用化されたワクチンも有効な抗ウイルス薬もないため、予防接種や予防投与ではなく、感染経路の遮断、患者の隔離・コホーティング、職員の健康管理が対策の中心となります。ウイルスの構造から消毒法を選ぶ考え方は、院内感染対策全般に応用できる重要な基礎知識です。

解答・解説

正解はc, dです

状況の整理

介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)という高齢者が集団生活する場で、多数の入所者が短期間に嘔吐と下痢を起こしている。さらに複数人の糞便からPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法:ウイルスの遺伝子を増幅して検出する方法)で原因ウイルスが同定されている。つまり細菌性ではなくウイルス性の感染性胃腸炎の集団発生である。

原因ウイルスの推定

急性ウイルス性胃腸炎を起こす代表的なウイルスには、ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス(腸管アデノウイルス)、サポウイルス、アストロウイルスなどがある。このうちロタウイルスは主に乳幼児の疾患であり、高齢者施設で冬季を中心に爆発的な集団発生を起こすものとしてはノロウイルスが圧倒的に多い。ノロウイルスは迅速抗原検査の感度が高くないため、確定にはRT-PCR法などの遺伝子検査が用いられることが多く、本問の状況とも合致する。以上からノロウイルスによる集団感染と考えて対策を選べばよい。

対策を考える視点

ノロウイルスは、①ごく少量(10~100個程度とされる)のウイルスで感染が成立する、②エンベロープ(脂質の外膜)をもたないためアルコールや一般的な消毒薬に抵抗性で、環境中でも長期間感染力を保つ、③患者の吐物・便に大量のウイルスが含まれ、乾燥した吐物が舞い上がって塵埃感染・飛沫感染を起こす、④有効なワクチンや抗ウイルス薬が実用化されていない、という特徴をもつ。したがって感染拡大防止の中心は「感染経路の遮断」であり、具体的には次亜塩素酸ナトリウムなど塩素系消毒薬や加熱による消毒、吐物・便の適切な処理、流水と石けんによる手洗い、患者の隔離(個室管理やコホーティング)、職員の健康管理などである。

選択肢考察

  1. ×a.  入所者への予防接種

    ノロウイルスに対して実用化されたワクチンはなく、現時点では開発段階にとどまる。また、仮に何らかのワクチンが使えたとしても、ウイルス性胃腸炎は潜伏期間が短く(ノロウイルスで約24~48時間)、接種してから免疫が成立するまでに数週間を要するため、すでに流行が始まっている施設内の拡大防止策としての意義は乏しい。なお、ロタウイルスには経口生ワクチンがあるが、対象は乳児であり高齢者施設での対策にはならない。

  2. ×b.  エタノールによる消毒

    エタノールは脂質を溶かしてエンベロープを破壊することで消毒効果を発揮する。ノロウイルスはエンベロープをもたない(ノンエンベロープ)ウイルスであるため、通常の消毒用エタノールでは十分な不活化効果が得られない。手指衛生についても、アルコール手指消毒薬だけに頼らず、流水と石けんによる手洗いでウイルスを物理的に洗い流すことが重視される。

  3. ○c.  塩素系薬剤による消毒

    次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素系薬剤は、酸化作用によりウイルスのタンパク質や核酸を直接傷害するため、エンベロープの有無にかかわらず効果があり、ノロウイルスの消毒に推奨される。目安として、吐物・便そのものや、それらで汚染された部位には約1,000 ppm(0.1%)、ドアノブ・手すり・トイレなど環境の消毒には約200 ppm(0.02%)の濃度が用いられる。金属を腐食させるため、金属部分は消毒後に水拭きする。なお、食器やリネンなどは85~90℃で90秒以上の加熱処理も有効である。

  4. ○d.  マニュアルに沿った吐物の処理

    吐物には大量のウイルスが含まれ、放置して乾燥すると空中に舞い上がり、周囲の人が吸い込んだり飲み込んだりして感染が広がる。そのため、手順を定めたマニュアルに沿って速やかに処理することが重要である。代表的な手順は、①処理者は使い捨ての手袋・マスク・ガウン(エプロン)を着用する、②ウイルスを飛散させないように、吐物をペーパータオルなどで外側から内側へ静かに拭き取る、③拭き取った後の床を次亜塩素酸ナトリウムで浸すように拭き、その後水拭きする、④使用したペーパータオルや防護具はビニール袋に密閉して廃棄し(袋内にも消毒液を入れる)、処理後は石けんと流水で十分に手洗いする、⑤処理中・処理後は換気を行う、というものである。職員によって手順がばらつかないよう、あらかじめ処理セットとマニュアルを準備しておくことが勧められる。

  5. ×e.  入所者への抗ウイルス薬の予防投与

    ノロウイルスをはじめとするウイルス性胃腸炎に対して、臨床で使用できる有効な抗ウイルス薬は存在しない。治療は脱水の補正(経口補水や輸液)を中心とした対症療法であり、予防投与という手段もとれない。インフルエンザの施設内流行時に行われるオセルタミビルなどの予防投与と混同しないよう注意する。

ノロウイルス感染症の概要

ノロウイルスはカリシウイルス科に属する、エンベロープをもたない小型の一本鎖RNAウイルスである。冬季(11月~3月頃)に流行のピークがあり、食中毒の原因としても、施設内集団感染の原因としても最も多いウイルスの一つである。 ・感染経路:汚染された食品(二枚貝など)の摂取による食品媒介感染、患者の便や吐物に触れた手指を介した接触感染(糞口感染)、吐物処理時などの飛沫感染、乾燥した吐物・便が舞い上がることによる塵埃感染がある。 ・潜伏期間:約24~48時間。 ・症状:悪心・嘔吐、下痢、腹痛、微熱。通常1~2日で軽快するが、高齢者や乳幼児では脱水や、吐物の誤嚥による誤嚥性肺炎・窒息に注意が必要である。 ・症状消失後も1週間から長いときには1か月程度、便中にウイルスが排出されることがあり、回復後も手洗いの徹底が必要である。 ・免疫は長続きせず、遺伝子型も多様なため、何度も感染しうる。

高齢者施設での感染拡大防止策のまとめ

・手指衛生:流水と石けんによる手洗いが基本(アルコールは効果が不十分)。 ・環境消毒:次亜塩素酸ナトリウム(環境は約200 ppm、吐物・便の汚染部位は約1,000 ppm)または加熱。 ・吐物・便の処理:防護具を着用し、飛散させずに拭き取り、消毒・密閉廃棄・換気。 ・患者対応:可能であれば個室管理、難しければ同じ症状の患者を同室にまとめる(コホーティング)。トイレの専用化。 ・職員対策:症状のある職員は就業を控える。調理従事者の健康管理。 ・発生時の対応:患者数や発症日、居室の分布を記録し、食中毒(共通の食事)か人から人への伝播かを推定する。一定の基準を超える集団発生では保健所へ報告する。

エンベロープの有無と消毒薬

エンベロープをもつウイルス(インフルエンザウイルス、コロナウイルス、ヘルペスウイルス、HIVなど)はアルコールで容易に不活化される。一方、エンベロープをもたないウイルス(ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルス、A型肝炎ウイルスなど)はアルコールが効きにくく、次亜塩素酸ナトリウムや加熱が推奨される。

POINT

・高齢者施設での嘔吐・下痢の集団発生で、原因がウイルス→まずノロウイルスを考える。 ・ノロウイルスはエンベロープがないため、エタノールは効果不十分。消毒は次亜塩素酸ナトリウム(塩素系薬剤)か加熱。 ・吐物・便には大量のウイルスが含まれる。防護具着用のうえマニュアルに沿って処理し、乾燥による塵埃感染を防ぐ。 ・ノロウイルスにはワクチンも抗ウイルス薬もない。対策の基本は感染経路の遮断(手洗い・消毒・隔離)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。