つまずいただけで立てない―高齢女性の股関節痛は「健側と比べる」目で見抜く
第107回医師国家試験 I問題 第66問
国試問題にチャレンジ
74歳の女性。右股関節部の運動痛と起立不能とを主訴に来院した。本日,自宅玄関の段差につまずいて転倒し,動けないところを家族が発見し救急外来を受診した。昨日までは手押し車を押して近所まで買い物に行くことが可能であった。意識は清明。右下肢以外の自動運動は可能である。座位では疼痛は少ないが,右股関節を内外旋させると疼痛が強い。支えても立位をとることはできない。四肢反射の亢進はなく,感覚障害を認めない。両股関節エックス線写真を別に示す。 診断はどれか。

- a.恥骨骨折
- b.腸骨骨折
- c.股関節脱臼
- d.大腿骨近位部骨折
- e.大腿骨転子下骨折
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢女性が軽い転倒のあとに股関節痛と起立不能をきたし、股関節の回旋時痛を認める場合は、まず大腿骨近位部骨折を疑います。神経所見が正常で受傷前に歩けていたことは、痛みによる急性の起立不能を支持します。嵌入型の頸部骨折は転位が小さく骨折線が目立たないため、エックス線では健側と比べて頸部の短縮や骨梁の乱れを探し、疑わしければMRIで不顕性骨折を検索します。恥骨骨折は臨床的な鑑別として重要ですが、腸骨骨折・股関節脱臼・転子下骨折は通常強い外力で生じ、画像所見も異なります。頸部骨折は骨頭壊死や偽関節のリスクから病型に応じて骨接合術か人工骨頭置換術を選び、早期手術・早期離床と骨粗鬆症治療による再骨折予防までを一連の診療として理解しておくことが大切です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・74歳女性。自宅玄関の段差につまずいて転倒した後、右股関節部の運動痛と起立不能を訴えている。 ・前日までは手押し車を使って近所に買い物に行けており、受傷前の歩行能力は保たれていた。 ・意識は清明で、右下肢以外は自動運動が可能である。 ・座位では痛みが少ないが、右股関節を内旋・外旋させると強い痛みが出る。支えても立つことができない。 ・四肢の腱反射亢進や感覚障害はなく、脳血管障害や脊髄障害などの神経疾患は考えにくい。
診断へのプロセス
高齢女性が立った高さからの転倒という軽微な外傷の後に股関節痛と起立不能をきたした場合、まず考えるべきは大腿骨近位部骨折(大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折)である。骨粗鬆症を基盤とする脆弱性骨折の代表であり、高齢者の転倒による股関節痛の原因として最も頻度が高い。股関節を回旋させたときの疼痛(回旋時痛)は、股関節内またはその近傍の骨折を強く示唆する所見である。受傷前は歩けていたことから、もともとの歩行障害ではなく今回の外傷による急性の変化とわかる。神経所見に異常がないことも、疼痛による起立不能を支持する。 両股関節エックス線正面像では、健側(左)と比べて右大腿骨頸部に短縮がみられ、骨折部が骨頭側に食い込んだ嵌入(インパクト)型の頸部骨折の所見である。股関節の脱臼や、恥骨・腸骨の骨折、転子下の骨折線は認めない。 以上より、右大腿骨近位部骨折(大腿骨頸部骨折)と診断する。
設問の考え方
嵌入型の頸部骨折は転位が小さく、骨折線がはっきりしないため見逃されやすい。読影では必ず健側と左右を比較し、頸部の長さ、頸体角、骨梁の走行の乱れ、骨頭と頸部の移行部の輪郭に注目する。単純エックス線で骨折がはっきりしなくても臨床的に疑わしい場合は、MRIやCTで不顕性骨折を検索することが重要である。
選択肢考察
- ×a. 恥骨骨折
恥骨骨折(恥骨上枝・下枝骨折)は、骨粗鬆症のある高齢者が転倒した際に起こる骨盤脆弱性骨折の代表であり、鼠径部痛や歩行困難を呈するため、臨床的には大腿骨近位部骨折との鑑別が必要である。しかし本例のエックス線写真では、左右の恥骨を比較しても骨折線や骨皮質の断裂は認めない。また、股関節の回旋時痛は股関節そのものの損傷をより強く示唆する。
- ×b. 腸骨骨折
腸骨骨折は、交通事故や高所からの転落などの強い外力で生じることが多く、骨盤輪骨折の一部として起こる場合は大量出血を伴いうる。軽微な転倒で生じることは少ない。本例のエックス線写真では腸骨に骨折線を認めず、症状も股関節の回旋時痛が中心で、腸骨骨折の所見とは合わない。
- ×c. 股関節脱臼
外傷性股関節脱臼は、交通事故のダッシュボード損傷(膝をぶつけて大腿骨が後方へ押し込まれる)など強い外力で起こることがほとんどで、後方脱臼が多い。後方脱臼では患肢が屈曲・内転・内旋位をとり短縮する。人工股関節置換術後でなければ、段差でのつまずき程度の外力で生じることはまれである。本例のエックス線写真では大腿骨頭は寛骨臼内に収まっており、関節の適合性は保たれていて脱臼はない。
- ○d. 大腿骨近位部骨折
大腿骨近位部骨折は、骨粗鬆症を有する高齢者、特に女性が立った高さからの転倒で受傷する代表的な脆弱性骨折であり、頸部骨折と転子部骨折に大別される。股関節痛、起立・歩行不能、股関節の回旋時痛を呈し、転位があれば患肢は短縮・外旋位をとる。本例は典型的な受傷機転と症状に加え、エックス線写真で右大腿骨頸部の短縮と骨頭側への嵌入を認め、嵌入型の大腿骨頸部骨折と判断できる。嵌入型は転位が小さく、まれに歩行可能なこともあるため見逃されやすいが、放置すると転位して治療が難しくなるので、早期の診断と治療が必要である。
- ×e. 大腿骨転子下骨折
大腿骨転子下骨折は、小転子の下縁から遠位(おおむね5cm程度まで)の範囲に生じる骨折である。若年者では交通事故などの高エネルギー外傷で起こることが多く、高齢者では骨粗鬆症による骨折のほか、ビスホスホネート製剤の長期使用に関連した非定型大腿骨骨折が問題となる。筋の牽引によって近位骨片が屈曲・外転・外旋するため転位しやすく、大腿部の変形と腫脹が目立つ。本例のエックス線写真では転子下に骨折線を認めず、異常所見は頸部に限られる。
大腿骨近位部骨折の分類
・大腿骨頸部骨折(関節包内骨折):骨頭への血流(主に内側大腿回旋動脈の枝)が障害されやすく、骨膜がないため骨癒合に不利である。偽関節や大腿骨頭壊死を起こしやすい。 ・大腿骨転子部骨折(関節包外骨折):血流が豊富で骨癒合は得られやすい。出血量が多く、貧血をきたしやすい。
頸部骨折のGarden分類
・stageⅠ:不完全骨折(外反嵌入型を含む)。 ・stageⅡ:転位のない完全骨折。 ・stageⅢ:部分的に転位した完全骨折。 ・stageⅣ:完全に転位した完全骨折。 臨床的には、Ⅰ・Ⅱを非転位型、Ⅲ・Ⅳを転位型として治療方針を決めることが多い。
治療
・原則として手術療法を行い、早期離床を図る。長期臥床は肺炎、深部静脈血栓症・肺塞栓症、褥瘡、廃用症候群、認知機能低下などを招き、生命予後や日常生活動作(ADL)を悪化させるため、全身状態が許せば受傷後できるだけ早期(48時間以内が目安)に手術することが推奨されている。 ・非転位型頸部骨折:スクリューなどによる骨接合術。 ・転位型頸部骨折:高齢者では人工骨頭置換術(または人工股関節全置換術)。骨頭壊死・偽関節のリスクが高いためである。若年者では骨頭温存を目指して骨接合術を行う。 ・転子部骨折:髄内釘(ガンマネイルなど)やsliding hip screwによる骨接合術。
高齢者の四大骨折(骨粗鬆症性骨折)
大腿骨近位部骨折、脊椎椎体骨折、橈骨遠位端骨折、上腕骨近位部骨折。大腿骨近位部骨折を起こした患者には、再骨折予防のため骨粗鬆症の評価と治療(薬物療法)、転倒予防を行う。
見逃しを防ぐために
・両股関節正面像で必ず健側と比較する。側面像(ラウエンシュタイン像など)も撮影する。 ・単純エックス線で骨折が明らかでなくても、疑わしい場合はMRI(T1強調像で骨折線が低信号)で不顕性骨折を検索する。
POINT
・高齢女性の転倒後の股関節痛・起立不能 → まず大腿骨近位部骨折(頸部骨折・転子部骨折)を考える。 ・股関節の回旋時痛は股関節内の骨折を示唆する。 ・嵌入型頸部骨折は転位が小さく見逃されやすい。健側との比較を徹底し、疑わしければMRIを行う。 ・頸部骨折は関節包内骨折で、骨頭壊死・偽関節を起こしやすい。転位型の高齢者は人工骨頭置換術が基本。 ・早期手術・早期離床により合併症を防ぐ。
