アルコールが効かない相手には石鹸と流水で―学校で広がるノロウイルスと家族への説明
第106回医師国家試験 G問題 第48問
国試問題にチャレンジ
12歳の男児と7歳の男児。兄弟で同じ小学校に通っている。兄は昨日から,38℃の発熱があり,血便を伴わない下痢,腹痛および嘔吐がみられている。弟は今朝から腹痛と嘔吐とを訴えている。兄の学級では36人中8人が,弟の学級では30人中7人が下痢や嘔吐などの消化器症状で欠席している。欠席者の便からノロウイルスが検出されたと保健所から連絡があったという。 この兄弟の保護者への説明として正しいのはどれか。
- a.「便でベロトキシンの検査を行います」
- b.「家族の検診について市から連絡が来ます」
- c.「食中毒の疑いとして教育委員会に届け出ます」
- d.「通常の石鹸と流水とで手洗いを励行して下さい」
- e.「ウイルスが検出されなくなるまで学校は出席停止になります」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
学校で嘔吐・下痢が集団発生し便からノロウイルスが検出された場合は、ノロウイルスによる感染性胃腸炎と考え、家庭内の二次感染予防を中心に説明します。ノロウイルスはエンベロープをもたずアルコールが効きにくいため、石鹸と流水による手洗いが予防の基本であり、吐物や環境の消毒には次亜塩素酸ナトリウムを用います。ベロトキシンは血便やHUSと結びつく腸管出血性大腸菌の毒素であり、食中毒の届出先は教育委員会ではなく保健所長、感染性胃腸炎は5類の定点把握疾患です。学校保健安全法では第三種「その他の感染症」として出席停止期間の一律の基準はなく、症状が治まり全身状態が良ければ登校可能とされます。病原体の性質と関連法規を結びつけて家族に正確に伝える力は、日常診療と地域の感染対策の両方で欠かせません。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・同じ小学校に通う兄弟が相次いで発症している。兄は昨日から38℃の発熱、非血性の下痢、腹痛、嘔吐があり、弟は今朝から腹痛と嘔吐を訴えている。 ・兄の学級では36人中8人、弟の学級では30人中7人が消化器症状で欠席しており、学年をまたいだ集団発生(アウトブレイク)が起きている。 ・欠席者の便からノロウイルスが検出されたと保健所から連絡を受けている。
診断へのプロセス
嘔吐が目立ち、下痢は血便を伴わず、短期間に複数の学級で同時多発している点は、ノロウイルスによる感染性胃腸炎の典型像である。病原体も保健所の検査で既に特定されているため、兄弟もノロウイルス感染症と考えてよい。血便がないことから、腸管出血性大腸菌(EHEC)や赤痢菌、カンピロバクターなどの細菌性腸炎を積極的に疑う状況ではない。
設問の考え方
問われているのは、診断ではなく保護者への説明内容である。ノロウイルスは少量(10〜100個程度)のウイルス粒子でも感染が成立し、患者の便や吐物には大量のウイルスが含まれるため、家庭内での二次感染が起こりやすい。したがって家庭で実行できる感染対策、特に手洗いの励行を具体的に伝えることが最も重要である。一方、検査の必要性、届出先、出席停止の扱いについては、法令上の位置づけを正しく理解したうえで説明しなければならない。
選択肢考察
- ×a. 「便でベロトキシンの検査を行います」
ベロトキシン(志賀毒素)は腸管出血性大腸菌(O157など)が産生する毒素で、赤痢菌が産生する志賀毒素と同じ系統のものである。腸管出血性大腸菌感染症では血便(出血性大腸炎)を伴うことが多く、溶血性尿毒症症候群(HUS)への進展が問題となる。本例は血便がなく、集団内でノロウイルスが既に検出されているため、ベロトキシン検査を行う根拠に乏しい。
- ×b. 「家族の検診について市から連絡が来ます」
行政が家族などの接触者に検診を行うのは、結核のように公衆衛生上の重要性が高く、接触者健診が法律で定められている疾患の場合である。ノロウイルス感染症は多くが数日で自然軽快し、接触者の検診制度は存在しない。家族に必要なのは検診ではなく、手洗いや吐物処理などの感染予防策である。
- ×c. 「食中毒の疑いとして教育委員会に届け出ます」
医師が食中毒(またはその疑い)の患者を診断した場合、食品衛生法に基づき直ちに届け出る先は保健所長であり、教育委員会ではない。さらに本例では、給食で生カキを提供したなどの共通食品の情報はなく、学級をまたいで広がっている状況からはヒトからヒトへの接触感染による集団発生の可能性も高い。食中毒と断定する根拠も乏しく、保護者への説明としては不適切である。なお、感染性胃腸炎は感染症法の5類感染症(小児科定点把握)であり、医師が個々の患者を届け出る必要はない。
- ○d. 「通常の石鹸と流水とで手洗いを励行して下さい」
ノロウイルスはエンベロープ(脂質の外膜)をもたないウイルスで、アルコール系手指消毒薬が効きにくい。そのため、石鹸を泡立てて流水でしっかり洗い流し、ウイルスを物理的に除去する手洗いが最も確実な予防策となる。特にトイレの後、調理や食事の前、患者の便や吐物を処理した後の手洗いが重要である。家庭内での二次感染を防ぐための説明として適切である。
- ×e. 「ウイルスが検出されなくなるまで学校は出席停止になります」
学校保健安全法施行規則では、ノロウイルス感染症を含む感染性胃腸炎について出席停止期間の基準は定められていない。感染性胃腸炎は第三種の「その他の感染症」として扱われ、流行状況に応じて学校長の判断で出席停止とすることはあるが、一般的には下痢・嘔吐が治まり全身状態が良ければ登校可能とされる。また、ノロウイルスは症状消失後も1週間から1か月程度便中に排出されることがあり、「検出されなくなるまで」を基準とするのは現実的でない。
ノロウイルス感染症の概要
・カリシウイルス科に属する、エンベロープをもたない小型RNAウイルスである。 ・冬季を中心に流行し、学校、保育所、高齢者施設、病院などで集団発生を起こしやすい。 ・感染経路:汚染された食品(生や加熱不十分の二枚貝、感染者が調理した食品など)による経口感染、患者の便や吐物を介した接触感染、乾燥した吐物などが舞い上がって吸い込む塵埃感染がある。飛散した吐物のエアロゾルを介した伝播も指摘されている。 ・潜伏期は24〜48時間程度で、嘔吐、下痢、腹痛、微熱が主症状である。多くは1〜3日で自然に回復する。 ・治療は対症療法が中心で、脱水の補正(経口補水療法、必要に応じて輸液)を行う。抗ウイルス薬やワクチンは実用化されていない。
感染対策
・手洗い:石鹸と流水による手洗いが基本である。アルコールは効果が不十分である。 ・吐物・便の処理:使い捨ての手袋、マスク、エプロンを着用し、ペーパータオルで静かに拭き取った後、次亜塩素酸ナトリウムで消毒する(吐物などが付着した場所ではおおむね0.1%、ドアノブなど環境の消毒ではおおむね0.02%)。 ・食品:二枚貝は中心部まで十分に加熱する(85〜90℃で90秒以上が目安)。
届出と学校での扱いの整理
・食中毒(疑いを含む)を診断した医師は、食品衛生法に基づき直ちに保健所長へ届け出る。 ・感染性胃腸炎は感染症法の5類感染症(定点把握)であり、指定された定点医療機関が患者数を報告する。 ・学校保健安全法では第三種の「その他の感染症」にあたり、出席停止の期間は一律には定められていない。
POINT
・学校で嘔吐・下痢が集団発生し、便からノロウイルスが検出されれば、ノロウイルスによる感染性胃腸炎と考える。 ・ノロウイルスはエンベロープをもたないためアルコールが効きにくく、石鹸と流水による手洗いが予防の基本である。環境や吐物の消毒には次亜塩素酸ナトリウムを用いる。 ・食中毒の届出先は保健所長であり、教育委員会ではない。 ・ベロトキシンは腸管出血性大腸菌の毒素であり、血便やHUSと結びつけて考える。 ・学校保健安全法にノロウイルス感染症の出席停止基準はない(第三種「その他の感染症」)。症状が治まり全身状態が良ければ登校できる。
