切るか、薬で闘うか―遠隔転移が決める進行胃癌の治療方針
第105回医師国家試験 A問題 第45問
国試問題にチャレンジ
75歳の女性。体重減少を主訴に来院した。4か月前から時々心窩部痛があり,体重が約10 kg減少した。身長153 cm,体重38 kg。眼瞼結膜に貧血を認める。腹部は平坦,軟で,腫瘤を触知しない。血液所見:赤血球295万,Hb 6.9 g/dL,Ht 26%。血液生化学所見:総蛋白6.0 g/dL,アルブミン3.3 g/dL,AST 30 IU/L,ALT 32 IU/L,LD 326 IU/L(基準176~353)。CEA 12 ng/mL(基準5以下)。上部消化管内視鏡検査を施行し,生検で印環細胞癌とHelicobacter pylori陽性と診断された。上部消化管内視鏡写真(A)と腹部造影CTの冠状断像(B)(C)とを別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.胃全摘術
- b.試験開腹術
- c.幽門側胃切除術
- d.全身抗癌化学療法
- e.Helicobacter pylori除菌治療
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
胃癌の治療方針は病期で決まり、腹膜播種や大動脈周囲リンパ節転移は遠隔転移(M1)としてStage Ⅳに分類されます。切除不能進行胃癌では原発巣切除による予後改善は期待できず、延命と症状緩和を目的とした全身抗癌化学療法が標準治療です。一次治療はフッ化ピリミジン系薬とプラチナ製剤の併用を基本に、HER2の状態などに応じて分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせ、高齢・低栄養例では全身状態を整えて強度を調整します。術式は腫瘍の位置で選び(胃上部の進行癌は胃全摘術、中下部は幽門側胃切除術)、播種の評価には審査腹腔鏡を、H. pylori除菌は発生予防や異時性癌予防に用いると整理しておきましょう。「診断の次に病期、病期で治療」という流れは、あらゆる固形癌の治療選択の基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・75歳女性。4か月前からの時々の心窩部痛と、約10 kgの体重減少(38 kgとやせ、BMI約16)。 ・眼瞼結膜の貧血、Hb 6.9 g/dLの高度貧血:腫瘍からの慢性的な出血が考えられる。 ・総蛋白6.0 g/dL、アルブミン3.3 g/dLと低下:低栄養を反映する。 ・CEA(癌胎児性抗原)12 ng/mLと上昇。 ・生検で印環細胞癌(細胞質内の粘液で核が端に押しやられ、指輪のように見える低分化な腺癌。胃癌の組織型の一つ)、Helicobacter pylori陽性。 ・上部消化管内視鏡(A):反転観察で、噴門部(胃の上部)に不整な潰瘍と周堤を伴う腫瘍を認め、周堤が崩れて境界が不明瞭な潰瘍浸潤型(肉眼型分類の3型)の進行胃癌と考えられる。 ・腹部造影CT冠状断(B):腹腔内の脂肪組織中に結節を認め、腹膜播種(腹膜転移)が疑われる。 ・腹部造影CT冠状断(C):腹部大動脈周囲(左腎静脈より尾側を含む)に腫大したリンパ節が多数みられ、大動脈周囲リンパ節転移が疑われる。
診断へのプロセス
体重減少、心窩部痛、出血による貧血、CEA上昇に、内視鏡と生検の所見を合わせて胃癌の診断は確定している。治療方針を決めるうえで重要なのは進行度(病期)の評価であり、CTで腹膜播種と大動脈周囲リンパ節転移がみられる。胃癌取扱い規約では、腹膜転移(P1)や大動脈周囲リンパ節(No.16)への転移は遠隔転移(M1)として扱われ、Stage Ⅳとなる。したがって本例は切除不能進行胃癌と判断される。
設問の考え方
遠隔転移を伴う切除不能進行胃癌では、原発巣を切除しても予後の改善は期待できない。胃癌治療ガイドラインでは、全身状態が保たれていれば、延命と症状緩和を目的とした全身抗癌化学療法(薬物療法)が標準治療とされる。なお、本例は高度貧血と低栄養を伴うため、輸血などで全身状態を整えたうえで、年齢や臓器機能に応じたレジメンを選択することになる。
選択肢考察
- ×a. 胃全摘術
胃全摘術は、噴門部を含む胃上部に及ぶ進行癌などで選択される根治的術式である。本例の腫瘍は胃上部にあるため、切除可能であれば術式としては胃全摘術が選ばれる。しかし、腹膜播種と大動脈周囲リンパ節転移というStage Ⅳの遠隔転移があるため、根治切除は望めず、原発巣を切除しても予後は改善しない(胃切除後に化学療法を行っても化学療法単独に勝らないことが臨床試験で示されている)。出血・狭窄などの症状緩和目的の手術を除き、手術の適応はない。
- ×b. 試験開腹術
試験開腹術は、画像では切除可能性が判断できない場合に、開腹して腹腔内を直接観察し、生検などを行う手技である。本例は画像で腹膜播種と大動脈周囲リンパ節転移が明らかで、すでに組織診断もついており、侵襲の大きい開腹を行う意義は乏しい。75歳で低栄養・高度貧血の患者には負担も大きい。現在は、腹膜播種の有無を確認する目的では、低侵襲な審査腹腔鏡(staging laparoscopy)が用いられる。
- ×c. 幽門側胃切除術
幽門側胃切除術は、胃の中部〜下部(幽門側)の癌に対して行われる術式で、噴門を温存する。本例は腫瘍が噴門部を含む胃上部にあり、仮に切除可能であっても幽門側胃切除では腫瘍を取り切れない。さらに遠隔転移を伴うStage Ⅳで手術適応自体がないため、二重の意味で不適切である。
- ○d. 全身抗癌化学療法
腹膜播種と大動脈周囲リンパ節転移を伴う切除不能進行胃癌(Stage Ⅳ)では、全身抗癌化学療法が標準治療であり、延命と症状の緩和が得られる。一次治療では、フッ化ピリミジン系薬剤(S-1、カペシタビンなど)とプラチナ製剤(オキサリプラチン、シスプラチン)の併用が基本で、腫瘍のHER2(ヒト上皮成長因子受容体2)陽性例ではトラスツズマブを、陰性例では免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブなど)の併用を検討する。高度の貧血と低栄養があるため、輸血や栄養管理で全身状態を整えつつ、高齢であることを考慮して治療強度を調整する。
- ×e. Helicobacter pylori除菌治療
H. pylori感染は胃癌発生の重要な危険因子であり、除菌によって胃癌の発生リスクが低下する。除菌が特に重要なのは、胃・十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫、早期胃癌の内視鏡的治療後(異時性多発癌の予防)、免疫性血小板減少症などである。しかし、すでに遠隔転移を伴う進行胃癌が生じている本例では、除菌しても癌の進行や予後には影響せず、現時点で優先すべき対応ではない。
胃癌の肉眼型分類(胃癌取扱い規約)
0型(表在型)、1型(腫瘤型)、2型(潰瘍限局型)、3型(潰瘍浸潤型)、4型(びまん浸潤型)、5型(分類不能)。3型は周堤の一部が崩れて周囲へ浸潤し、境界が不明瞭になる。4型は印環細胞癌などの低分化型に多く、スキルス胃癌とも呼ばれ、腹膜播種をきたしやすい。
遠隔転移の代表
・腹膜播種:腹水、Douglas窩への播種(Schnitzler転移)、卵巣転移(Krukenberg腫瘍)、腸管狭窄・水腎症の原因となる。 ・リンパ行性:大動脈周囲リンパ節、左鎖骨上窩リンパ節(Virchow転移)。 ・血行性:肝転移、肺転移、骨転移。
胃癌の治療方針の概略(胃癌治療ガイドライン)
・早期癌の一部(リンパ節転移の可能性が極めて低い粘膜内癌など):内視鏡的切除(EMR、ESD)。 ・内視鏡治療の適応外で遠隔転移のない例:リンパ節郭清を伴う胃切除術。術後の病理病期がStage Ⅱ〜Ⅲなら術後補助化学療法を行う。 ・切除不能進行・再発胃癌(Stage Ⅳなど):全身薬物療法が中心。出血や通過障害に対しては、姑息的な胃切除・胃空腸バイパス術・ステント留置・放射線療法などで症状緩和を図る。
術式の選択
・胃上部の進行癌(噴門にかかるもの):胃全摘術。 ・胃上部の早期癌で噴門側1/2以上を温存できるもの:噴門側胃切除術も選択肢。 ・胃中部〜下部の癌:幽門側胃切除術(中部の早期癌では幽門保存胃切除術も)。
切除不能進行胃癌の薬物療法
治療前にHER2の発現を調べる。一次治療はフッ化ピリミジン系薬とプラチナ製剤の併用を基本とし、HER2陽性ではトラスツズマブ、HER2陰性ではニボルマブなどの免疫チェックポイント阻害薬(PD-L1発現などを参考に)を併用する。近年はClaudin18.2陽性例に対するゾルベツキシマブも用いられる。二次治療以降ではラムシルマブ+パクリタキセル、ニボルマブ、トリフルリジン・チピラシル、トラスツズマブ デルクステカン(HER2陽性例)などがある。
POINT
・胃癌の治療方針は病期で決まる。腹膜播種や大動脈周囲リンパ節転移は遠隔転移(M1)でStage Ⅳ。 ・切除不能進行胃癌の標準治療は全身抗癌化学療法(胃切除は症状緩和目的以外は行わない)。 ・腫瘍の位置で術式が決まる:胃上部の進行癌は胃全摘術、中下部は幽門側胃切除術。 ・腹膜播種の評価には試験開腹ではなく審査腹腔鏡を用いる。 ・H. pylori除菌は進行胃癌の治療にはならない(胃癌の発生予防や内視鏡治療後の異時性癌予防に意義がある)。
