凍りついた表情が語るもの―熱傷の女児と児童虐待の通告先
第103回医師国家試験 G問題 第41問
国試問題にチャレンジ
10歳の女児。右肩から右腕にかけてのやけどを主訴に母親に伴われて来院した。台所で熱湯を浴びたという。発育は標準以下である。体や衣服は薄汚れており,表情は凍り付いたようで無反応であった。 届出先として適切なのはどれか。
- a.警察署
- b.保健所
- c.児童相談所
- d.市町村保健センター
- e.市(区)役所・町村役場
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
受傷機転と合わない外傷、発育不良、不衛生な身なり、凍りついた凝視(frozen watchfulness)が重なるときは、身体的虐待やネグレクトを強く疑います。児童虐待防止法では、虐待を受けたと思われる段階で市町村、福祉事務所、児童相談所のいずれかへ通告する義務があり、確証は不要で、通告は守秘義務違反にあたりません。なかでも児童相談所は専門職員を擁し、立入調査や一時保護の権限をもつため、重い虐待が疑われる事例での中心的な通告先となります。警察、保健所、市町村保健センターは法定の通告先ではなく、それぞれ連携や予防・早期発見の役割を担います。虐待の典型的な身体所見と通告の仕組みを知っておくことは、医師として子どもの安全を守るための基本的な素養です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・10歳女児の右肩から右腕にかけての熱傷。母親は「台所で熱湯を浴びた」と説明している。10歳であれば危険を理解して回避できる年齢であり、肩から腕にかけて熱湯を浴びるという受傷状況は不自然で、受傷機転と外傷の程度・部位が合わない可能性がある。 ・発育が標準以下 → 十分な食事が与えられていない(ネグレクト)可能性。 ・体や衣服が薄汚れている → 養育者による日常的な世話が欠けている。 ・表情が凍り付いたようで無反応 → 被虐待児に特徴的な「凍りついた凝視(frozen watchfulness)」と呼ばれる状態で、周囲の大人を警戒し、感情表出を抑えている。
診断へのプロセス
不自然な受傷機転の外傷、発育不良、不衛生、特有の表情が重なっており、身体的虐待とネグレクトを強く疑う。虐待は確証がなくても「疑い」の段階で通告すべきものであり、医師は職務上虐待を発見しやすい立場として、早期発見に努める義務を負っている。
設問の考え方
児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)第6条は、虐待を受けたと思われる児童を発見した者に対し、速やかに市町村、都道府県の設置する福祉事務所、または児童相談所へ通告することを義務づけている。このうち、専門職員(児童福祉司、児童心理司など)を擁し、立入調査や一時保護といった強い権限をもって対応できるのが児童相談所であり、本例のように身体的虐待が強く疑われる事例の通告先として最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 警察署
誤り。警察署は児童虐待防止法に定める通告先ではない。警察は児童相談所が立入調査などを行う際に援助を求められる立場にあり、生命の危険が差し迫った場合や明らかな犯罪行為がある場合には連携するが、医師が虐待を疑った時点の通告先としては、法で定められた児童相談所などを選ぶ。
- ×b. 保健所
誤り。保健所は都道府県や政令指定都市などが設置する地域保健の専門的・広域的な拠点で、感染症対策や食品衛生、精神保健などを担う。乳幼児健診などを通じて虐待の予防・早期発見に関わることはあるが、児童虐待防止法上の通告先には含まれていない。
- ○c. 児童相談所
正しい。児童相談所は児童福祉法に基づき都道府県・政令指定都市などに設置される専門機関で、児童虐待防止法の定める通告先の一つである。通告を受けると安全確認を行い、必要に応じて立入調査、一時保護、施設入所措置などを行う権限をもつ。身体的虐待やネグレクトが強く疑われる本例では、最も適切な通告先である。医師による通告は守秘義務違反にあたらないことも法律で明記されている。
- ×d. 市町村保健センター
誤り。市町村保健センターは、健康相談、保健指導、乳幼児健診、予防接種など住民に身近な対人保健サービスを行う施設である。虐待のリスクがある家庭の把握や支援に関わるが、児童虐待防止法上の通告先ではない。
- ×e. 市(区)役所・町村役場
本問では正解とされていない。ただし2004年の児童虐待防止法・児童福祉法の改正により、市町村も児童家庭相談の窓口として虐待の通告先に加えられており、法律上は通告先の一つである。しかし市町村は主に軽度から中等度の事例への相談支援や在宅支援を担い、立入調査や一時保護の権限は児童相談所にある。本例のように身体的虐待が強く疑われ、子どもの安全確保が急がれる事例では、児童相談所への通告がより適切と判断される。
児童虐待の4類型(児童虐待防止法第2条)
・身体的虐待:殴る、蹴る、熱湯をかける、たばこの火を押しつけるなど、身体に外傷を生じるおそれのある暴行。 ・性的虐待:わいせつな行為をする、またはさせること。 ・ネグレクト:食事を与えない、不潔なまま放置する、病気でも受診させないなど、養育の放棄・怠慢。 ・心理的虐待:暴言、無視、きょうだい間の差別、子どもの前での配偶者への暴力(面前DV)など。
虐待を疑う身体所見・状況
・説明と一致しない外傷、受診の遅れ、説明が二転三転する。 ・新旧混在する多数の打撲痕や骨折、乳幼児の骨幹端骨折・肋骨骨折。 ・境界明瞭な熱傷(手袋状・靴下状の浸水熱傷、円形のたばこ熱傷)。 ・発育不良、不衛生、う歯の放置。 ・凍りついた凝視、大人へのおびえ、無差別な愛着行動。 ・乳幼児の硬膜下血腫や網膜出血(乳幼児揺さぶられ症候群などの虐待による頭部外傷)。
通告に関するルール
・通告先:市町村、都道府県の設置する福祉事務所、児童相談所(児童委員を介してもよい)。 ・「虐待を受けたと思われる」段階で通告義務が生じ、確証は必要ない。 ・通告は守秘義務違反とならない。 ・医師、学校の教職員、児童福祉施設の職員、保健師、弁護士などは、児童虐待の早期発見に努める義務がある。 ・児童相談所全国共通ダイヤル「189(いちはやく)」で最寄りの児童相談所につながる。
POINT
・不自然な受傷機転、発育不良、不衛生、凍りついた凝視 → 児童虐待(身体的虐待・ネグレクト)を疑う。 ・児童虐待防止法上の通告先は、市町村、福祉事務所、児童相談所。 ・立入調査・一時保護の権限をもつ児童相談所が、重い虐待が疑われる事例での中心的な通告先。 ・確証がなくても疑いの段階で通告し、通告は守秘義務違反にあたらない。 ・警察、保健所、市町村保健センターは法定の通告先ではない。
