宿主はヒトだけ―天然痘が「根絶できた」理由を感染経路から読み解く
第103回医師国家試験 E問題 第18問
国試問題にチャレンジ
ヒト-ヒト間でのみ感染が伝播するのはどれか。
- a.天然痘
- b.炭疽
- c.ペスト
- d.ボツリヌス症
- e.野兎病
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
天然痘の原因である痘そうウイルスはヒト以外に自然宿主をもたず、飛沫や接触によるヒト-ヒト間の伝播のみで維持されてきました。炭疽・ペスト・野兎病は動物が病原体を保有する人獣共通感染症であり、ペストは齧歯類からノミを介して感染するのが基本で、肺ペストのときのみヒト-ヒト感染が起こります。ボツリヌス症は菌が産生する神経毒素による中毒で、ヒトからヒトへはうつりません。これら5疾患はいずれもCDCのバイオテロ病原体カテゴリーAに含まれますが、感染の成り立ちは大きく異なります。「宿主がヒトだけ」という性質が種痘による天然痘根絶を可能にしたことを理解すると、麻疹やポリオの排除戦略など、感染症対策全般の考え方にもつながります。
解答・解説
正解はaです
本問は、感染症の病原体が「どこに存在し(病原巣・保有宿主)」「どのようにヒトへ到達するか(感染経路)」を問う一般問題である。 選択肢に並ぶ5疾患(天然痘、炭疽、ペスト、ボツリヌス症、野兎病)は、いずれも米国疾病予防管理センター(CDC)がバイオテロに使われる危険性の最も高い病原体(カテゴリーA)として挙げているものである(カテゴリーAにはこのほかウイルス性出血熱が含まれる)。しかし感染の成り立ちはそれぞれ異なる。 ・炭疽、ペスト、野兎病は、動物が病原体を保有し、動物やその産物、あるいはノミ・マダニなどの節足動物を介してヒトへ感染する人獣共通感染症(動物由来感染症)である。 ・ボツリヌス症は、土壌などに広く存在する菌が産生する毒素による中毒性疾患であり、ヒトからヒトへはうつらない。 ・天然痘(痘そう)のウイルスは、ヒト以外に自然界の保有宿主をもたず、ヒトからヒトへの伝播によってのみ維持されていた。 したがって「ヒト-ヒト間でのみ伝播する」のは天然痘である。ヒト以外の保有宿主がないという性質は、ワクチン(種痘)の普及によって感染の連鎖を断ち切り、根絶に成功した理由の一つでもある。
選択肢考察
- ○a. 天然痘
天然痘は痘そうウイルス(ポックスウイルス科オルソポックスウイルス属)による感染症で、自然宿主はヒトのみである。患者から排出されるウイルスを含む飛沫・エアロゾルの吸入(飛沫感染、状況により空気感染)や、皮疹・かさぶたや汚染された衣類・寝具との接触によってヒトからヒトへ容易に広がる。動物や節足動物を介する経路はないため、ヒト-ヒト間でのみ伝播する疾患に該当する。WHOは1980年に天然痘の根絶を宣言したが、ウイルスが研究機関に保管されていることから、バイオテロへの悪用が懸念されている。
- ×b. 炭疽
炭疽は炭疽菌(Bacillus anthracis、芽胞を形成するグラム陽性桿菌)による人獣共通感染症である。ヒツジ・ヤギ・ウシなどの草食動物が主に感染し、ヒトは感染動物やその獣皮・獣毛・骨粉などとの接触、汚染肉の摂取、芽胞の吸入によって感染する。感染経路により皮膚炭疽、腸炭疽(消化器炭疽)、肺炭疽(吸入炭疽)に分けられる。肺炭疽を含め、ヒトからヒトへの感染は基本的に起こらない。芽胞は環境中で長期間生存し、2001年の米国では郵便物を用いたバイオテロに使われた。
- ×c. ペスト
ペストはペスト菌(Yersinia pestis、グラム陰性桿菌)による感染症で、ネズミなどの齧歯類が保有宿主である。感染した齧歯類を吸血したノミ(ケオプスネズミノミなど)がヒトを刺すことで感染し、リンパ節が腫れる腺ペストとなる。菌血症となった敗血症ペストや、肺に病変が及んだ肺ペストもある。肺ペスト患者からは飛沫によってヒトからヒトへも感染するが、本来の伝播は動物とノミを介するものであり、ヒト-ヒト間のみで伝播する疾患ではない。
- ×d. ボツリヌス症
ボツリヌス症は、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum、偏性嫌気性で芽胞を形成するグラム陽性桿菌)が産生する神経毒素によって起こる。毒素は神経筋接合部でアセチルコリンの放出を阻害し、眼瞼下垂・複視・嚥下障害などから始まる下行性の弛緩性麻痺を起こす。病型には、毒素を含む食品(缶詰、いずしなど)による食餌性ボツリヌス症、乳児が芽胞を摂取して腸管内で菌が増えて毒素を産生する乳児ボツリヌス症(はちみつが原因として有名)、創傷ボツリヌス症がある。バイオテロでは毒素の食品・水への混入や噴霧が想定される。いずれもヒトからヒトへは感染しない。
- ×e. 野兎病
野兎病は野兎病菌(Francisella tularensis、グラム陰性小桿菌)による人獣共通感染症である。ノウサギや野生の齧歯類が保有宿主で、ヒトは感染動物の解体や死体への接触、マダニ・アブなど節足動物の刺咬、汚染された水や肉の摂取、菌を含む粉塵の吸入によって感染する。菌の感染力は非常に強く、ごく少量の菌で発症し、傷のない皮膚からも侵入しうる。一方、ヒトからヒトへの感染は知られていない。わが国では東北地方などでの発生が知られている。
CDCによるバイオテロ病原体カテゴリーA
ヒトからヒトへうつりやすい、あるいは散布が容易で致死率が高く、社会的影響が大きいものが指定されている。 ・天然痘(痘そうウイルス):ヒト-ヒト感染のみ ・炭疽(炭疽菌):人獣共通。ヒト-ヒト感染は基本的にない ・ペスト(ペスト菌):人獣共通。齧歯類→ノミ→ヒト。肺ペストはヒト-ヒト感染あり ・ボツリヌス症(ボツリヌス毒素):毒素による中毒。ヒト-ヒト感染なし ・野兎病(野兎病菌):人獣共通。ヒト-ヒト感染なし ・ウイルス性出血熱(エボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱など):動物由来で、患者の血液・体液を介したヒト-ヒト感染も起こる
天然痘の要点
・潜伏期はおよそ12日(7〜17日)。高熱・頭痛・腰痛などの前駆症状に続き発疹が出現する。 ・発疹は顔面・四肢に多い遠心性分布を示し、紅斑→丘疹→水疱→膿疱→痂皮と、全身の皮疹が同じ時期に同じ段階で進行する。これに対し水痘は体幹中心で、さまざまな段階の皮疹が混在する点が鑑別となる。 ・種痘(ワクシニアウイルスを用いた生ワクチン)の普及により、1977年のソマリアの患者を最後に自然感染例はなく、WHOは1980年に根絶を宣言した。 ・感染症法では一類感染症に分類される。
ヒトのみが自然宿主である感染症の例
天然痘のほか、麻疹、ポリオなどもヒト以外に自然宿主をもたないため、ワクチンによる根絶・排除の対象となりうる。
POINT
・天然痘ウイルスの自然宿主はヒトのみで、ヒト-ヒト間でのみ伝播する(これが根絶に成功できた理由の一つ)。 ・炭疽・ペスト・野兎病は人獣共通感染症、ボツリヌス症は毒素による中毒でヒトからはうつらない。 ・ペストは基本的に齧歯類→ノミ→ヒトだが、肺ペストのみヒト-ヒト感染が起こる。 ・5疾患はいずれもバイオテロのカテゴリーA病原体。
